[18]

 真壁がタクシー代をはたいて上野南署に着くと、玄関前の雰囲気が少しおかしかった。普段は見かけない車が3台止まっていたし、見る間にタクシーが次々にやって来て男たちを降ろしていく。

 何事かと思わず足が止まったら、明かりを灯した玄関からでかい男が現れて外を見回し始めた。須藤だった。眼が合った。

「あ!」と須藤が気づき、「早く来い!」と手招きする。

「探してたんだぞ!早く来い!金町で早紀を捕まえたの、お前だろ!30分ほど前に、亀有南署から連絡があって・・・」

「それがどうした?」

「吐いたんだよ、吐いたんだ、全部!」

 飛び出しそうになった心臓を抑えて、真壁は「何だって?」と声を低くした。

「殺したのは本田。現場にいて、遺体に触ってコートを整えたのは早紀。本田に亭主の散歩コースを教えたのは百合子」

 須藤の声を聞きながら、真壁は一瞬ぼうっとなった。この1か月間、頭にたまっていた血がすっと下りていったような感じだった。身体が軽くなり、脚が浮いてくる。酔いも手伝って、足元はかなり不安定だった。

 3階の会議室には、一報を聞きつけ、大慌てで駆けつけてきた刑事たちが10人ばかり集まっていた。真壁が姿を見せると、ざわめきがぴたりと止んだ。どの顔にも、困惑や疑念を全部混ぜたような、複雑怪奇な表情が浮かんでいた。平阪は真壁の顔を見るなり、絶句してしまった。

 そこへ人垣をかき分けるようにして、刑事課長代理の瀬川が顔を覗かせた。

「遅くなってすみません」真壁は潔く一礼した。実のところ、こんなに急に度胸がつくとは思っていなかった。

 瀬川が咳払いをし、「その・・・重大な展開があった」と言った。続いて「とんでもないことになった」と唸った。

「早紀とは偶然、金町で出くわしただけで・・・こんな結果になるとは思ってもみませんでした」

「まぁ、ゴミ箱あさりの成果があったということにしておこう」

 そう言って、瀬川は幹部席の方へ戻っていった。

 傍でにやにやと笑っている男がいて、真壁がちらりと眼を向けると、小野寺だった。真壁の肩を軽く叩くなり、「やってくれたなぁ、真壁ちゃんは」と笑った。

「課長は?」

「さっきから署長室で、本庁の連中と雁首そろえて会議中」

 真壁の後ろで、須藤が「こりゃ嶋田さんの胃、かなり痛いだろうぜ」と笑った。

 皆が席に着いたところで、瀬川は亀有南署からファックスで届けられた調書の一部を読み上げた。

 調書はたぶん字数にして2000字もない短いものだった。瀬川の朗読を聞いている間、真壁の心身は茫洋と膨らみ、ある種の充足感で静かに満たされた。だが警察にとっては大失態であり、3人の男女にとっては不幸で残酷な話であった。

 そのとき読み上げられたのは、事件のほんの大枠であり、ことに愛憎の部分については供述が食い違っている部分が多かった。三者三様の思い込みのずれがあってこその三角関係だったと、真壁は思えた。

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