[17]
実際の犯罪者のように後部座席で上体を屈めて、真壁を乗せたパトカーで亀有南署に入った。腕時計を覗くと、すでに8月1日になっていた。カメラのフラッシュが一瞬たかれ、その中に富樫の姿をちらりと見た。
当直の刑事が本田、百合子、早紀の3名から事情を聞いている間、真壁は別の取調室で生まれて初めて自分の供述調書を取られた。いったん沸き立った頭も静まり、真壁は心身ともに鉛のようになっていた。ろくに口をきく気にもなれず、ただ疲れていた。
同年代ぐらいの巡査に「氏名、年齢、住所、職業は?」と聞かれ、真壁が答えを考えあぐねていると、取調室のドアが開いた。
「身分を明かさない筋者ってのは、お前のことか?」と耳なじみのある声がかけられ、真壁は顔を上げた。
落合諒介。
以前、新宿西署で一緒に交番勤務したことがあり、今では本庁の組織犯罪対策部四課に所属する「マル暴」刑事だった。その落合のおかげで、真壁は手帳を見せることになり、「一体、どうしたんだ?」と訝られた。
「いろいろ、あるんスよ」と、真壁はお茶を濁した。
「まぁ、そうだろうな」
落合は若い巡査を人払いすると、形通りの質問をし、調書を作成した。金町の繁華街にいたことについては「所用で通行中・・・」云々という、いい加減な供述内容で済んだ。
聴取が終わると、一階の受付前のベンチに2人で坐り、少し世間話をした。
「まさか、ヤクザと勘違いされて取り押さえられるとはな」
落合はタバコに火をつけた。
「本庁が出張るヤマがあったんスか?」
「東金町の第一病院に今、瀧谷組の若頭が入院しててな。まぁ入院つっても、夜な夜な繁華街に繰り出してんだが・・・」
紫煙をゆっくりと吐き出し、ゴミ箱に灰を落とす。
「昨日、シャブで捕まったチンピラ2人が、自分たちは吉河組の鉄砲玉で瀧谷の若頭のタマ取りに来たと吐いて・・・あの通りの吉河組の事務所でガサ入れしてたら、お前が女と騒ぎを起こしたってわけ」
「こんな時間に、ガサ入れ?」
「逮捕したとき、2人とも景気づけにとばかり、たっぷりと打ってやがってな。薬が抜けてようやくまともになったのが・・・今日の夜7時だぞ。7時!」
鼻息を荒く吐き、落合はタバコをゴミ箱に捨てた。
「ところで、あの早紀、何と言ってるんですか?」
「『殺すつもりだった』とか、言ってるようだがな」
「取り押さえたとき、酒臭かった。飲んでたんでしょう?」
「包丁突き出して走った以上、どうしようもないな。逮捕したよ」
「動機は?」
「さぁ、詳しい聴取は明日だろう」
「男女の方は?何か言ってるんスか?」
「狙われる心当たりは無いと言ってるらしいが、臭いな。二人とも、早紀を知ってる。そういう眼だ」
何も知らない落合に、真壁は「実は・・・」と本田、百合子、早紀の3人を追っていたことを手短に話し、「ウチの署には内緒です」とささやいた。
「へぇ、なんでだ・・・」
「まあ・・・いろいろあって」
「何の容疑だ?」
「今夜の通りです。三角関係がこじれて・・・ひょっとしたら、ある事件とつながってるかも知れないと思ってるんですが、そっちの方は証拠がない。今夜分かったのは、三角関係でも揉めてたのは間違いないということだけです」
「まぁ、お前の事件だからな」
そう言うと、落合は受付台の下から真壁のネクタイが入ったビニール袋を取り出し、真壁に投げつけた。
「今度、ノー・ネクタイでうろついたら、また逮捕するからな」
落合は意地悪く笑った。
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