[14]
「須藤か。待たせてすまん。よく聞け、杉原百合子の二番目の亭主を覚えてるか?」
「たしか・・・本田、和宏とかいうヒモ野郎だったかな・・・」
「そいつだ。7月の20日に、荻窪のマンションに本田を訪ねたことがあっただろ」
「ああ」
「そのとき、マンションにいた女、覚えてるか?」
「木暮、早紀とかなんとか・・・」
「そうだ、木暮早紀って女だ。いいか、よく聞け。その早紀は、21日からバーを無断欠勤してる。マンションの電話は切れてる。マンションの住所、覚えてるな?ちょっと今からマンションを見てくれ」
「今から?」
「急げ。あの百合子の家に3回来て、寿司を食った男は本田だ。今、金町のバーで百合子と会ってる」
「何だって・・・?」
詐欺事件となると、人一倍勘の鋭い須藤も分野が違えば、鈍い返事が返ってくるばかりだった。もっと言ってやらなければピンと来ないだろうと思ったら、続けて須藤は「そういえば・・・」と言った。
「今朝、百合子の家のゴミ箱をあさったら・・・『エルム』のマッチが出てきたな。すると、あれは本田が使ったんじゃないか」
当たるときは当たる。上司の平阪から言われ続けていたことが、ようやく実感できた。
「そのマッチ、大事にとっとけ。百合子と本田と早紀の三角関係を裏付けるマッチだ」
「そうじゃないかと、思ってたよ」
「ええ?」今度は真壁が聞き返した。
「ほら、荻窪の早紀のマンションに聞き込みに行ったとき、お前が本田と話してる間に、早紀がベランダに出てきて洗濯物を干しながら、じろじろと本田を睨んでたからな」
結局、真壁がゴミ箱あさりをしながら執拗に百合子の家の訪問者を探していた真意を、須藤はそれなりに察していたらしい。
百合子と本田がいる雑居ビルの入口に眼をやりながら、「だから?」と真壁は怒鳴った。
「早紀を探すんだろ?でも・・・」
「でも、何だ?」
「まさかお前、杉原卓郎がシロだと・・・」
「それで恥をかくのは本庁の連中だろ」
「そうだと言ってもだな・・・」
「つべこべ言わずに早紀を探せって。いいか、マンションに行って居なかったら、『エルム』へ行け。手帳見せて早紀はどこだと脅せ。いいな?」
電話の向こうで、須藤はしぶしぶ返事をした。
「・・・分かった。でも、なんで早紀なんだ?」
「事件当夜、遺体の半コートを整えた者がいる。それは男じゃない。女がいたと俺は思ってるが、百合子じゃない。それにもう一つ、遺体が倒れていたあの姿勢だ。ホシが初めから殺そうと手を下した結果の姿勢だとは、俺にはどうしても思えない」
「要するに、遺体に触ったのが早紀・・・?」
「そんなこと、誰が言った。俺は万一の話をしてるんだ。それとな、本部に伝えるときは全部、俺が言い出したことにしとけ、いいな」
須藤の返事を待たずに、真壁は電話を切った。
すでに警視庁として犯人逮捕を発表してしまった今、万が一、真犯人が別に出てきたとなれば、面倒なことになるのは明白だった。そういう場合、先に逮捕された者は処分保留で釈放されるが、警察は十中八九、誤認逮捕を認めない。こっそり真犯人を逮捕し直すのはいいが、本庁と所轄の力関係によっては、真犯人を挙げた者が針のむしろになる。
その覚悟ができたのか、いまの真壁は肝が坐って落ち着いていた。須藤にあんなことを言ったが、全くの思い込みにすぎないことに、結果が出るのを期待する方がおかしかった。おそらく空振りに終わるだろうと、自虐的な感じになった。
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