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 会議室の片隅で、真壁はつらつらとそんなことを考えているうちに、「以上、今日も全力を尽くして裏付けを固めて下さい」という嶋田の声が聞こえた。ガタガタと椅子を鳴らして、捜査員たちが席を立ち始めた。

「真壁、どうする?」

 そう呼ばれて振り返ると、事件発生からずっと捜査で組んでいた知能犯係の同期、須藤守が立っていた。

「今日から機捜と組めと言われて、これから行くんだが・・・どうする、あのゴミ箱あさり?」

 これまで2人は機会あるごとに「被害者の顔見知りの犯行」の線を追うという、うわべだけの理由をつけて被害者の杉原精二宅と杉原卓郎宅に出入りした者の有無を調べていた。双方の家のゴミ箱を収集日の早朝にこっそりあさってきたのだった。真壁が精二宅を受け持ち、須藤が卓郎宅だった。

 女を追っているという本当の理由は、須藤には内緒にしていた。それでも須藤は何の疑問も持たずに、黙々とゴミ箱をあさり、タバコの吸い殻や出前の割り箸を拾い、日付を入れたビニール袋に入れて鑑識に回してきた。もっとも卓郎に24時間の行確がつくようになってから、卓郎宅のゴミ箱あさりはそうそうにできなくなった。

 今のところ、吸い殻などから検出された指紋や唾液から判明した血液型からは、これといった成果が上がっていない。卓郎宅のゴミ箱から、ひょっとしたら女の存在を示す何かが出てこないかと狙ってはいた。

 一方、今は未亡人の百合子ひとりが住む杉原精二宅では、この1か月に三度、1人で訪れた者がいた。その何者かはタバコを、フィルターぎりぎりまで吸う癖があることが分かった。指紋に該当する者はなく、その何者かには前科なし。卓郎でもない。また、その人物のタバコの吸い殻は、いつも出前の寿司屋の箸と一緒に捨てられている。寿司屋でちらりと聞いてみたところでは、注文はきまって特上にぎりが2人前。配達に行くと、3回とも玄関に男物の革靴が一足脱いであったという。よく磨かれた上質の皮革で、色は黒。時刻はいずれも夜の8時ごろ。

 被害者宅を訪れそうな男のひとり客といえば、杉原精二が会社経営の相談をしていた弁護士がいるが、その男はタバコを吸わない。昨日まで、杉原精二の知人や親戚を一人ひとり調べてきたが、まだ該当するような男は見つかっていない。

 未亡人の百合子には、男がいるのかもしれない。そんな勘が自ずと働くが、だからといって事件と結びつける理由は何もない現状だった。

「もういい」真壁は言った。「ゴミ箱からはたぶん、もう何も出てこないだろ」

「今日は卓郎の家のゴミ収集日だぜ。ついでだから、見ておくよ」

「何、考えてんだよ。今日はテレビに映るかもしれねぇぞ」

「まかしとけって」

 そう言ってニヤりと笑うと、須藤は立ち去り際、「お前の相方はアッチ」と指で教えてくれた。真壁が須藤の指した先に眼をやると、小野寺と課長の嶋田が話していた。

「シゲさんは、今日どうする?」嶋田が言った。

 小野寺は終始、おどけた調子だった。

「どうするって?」

「だって、今日で最後の・・・」

「ええ、今日で終わりですが。遊ばせてくれるんですか」

「ええと・・・どうしたものかな。あんたに任せるよ。いずれにしろ、適当な時間で切り上げたらいい。いろいろ予定もあるだろうし」

 小野寺は「それはどうも」と嶋田との話を打ち切り、「じゃあ、行こうか」と真壁の肩をたたいた。

 真壁が腰を上げたとき、無線の声が《タクシーを発見。日暮里駅前。卓郎を確認。山手線に乗り込む様子》と告げた。また、別の声が《山崎、武下、谷岡、岡田の4名がこれから接触します》という。

「慎重にやれ。逃がすな」嶋田が声高に指示を出す。無線の声が続いた。

《卓郎は改札を通り、内回りのホームへ・・・》

 真壁と小野寺はそれらの声を背中で聞きながら、会議室を抜け出した。

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