第1話「プロローグ」
それは、四月も
確か、
そのことを
そして、いつでも思い出せる……
きっと、いつまでも忘れないだろう。
「おう、千雪。お前、なにそんなに急いでんだ? ミーティングだ、まずは部室に顔を出せっての。……おい、千雪っ! あー、たまにはかわいい
兄の
部室には必ず顔を出す、後でミーティングにも参加する。
でも、今この瞬間だけは、自分のことを優先させたかった。
滑るように階段を降りる千雪の背に、部活の……
こうしている間にも、敵は迫っている。
長らく人類が戦い続けている、謎の
既に先の戦いで北海道が地球上から消滅した今、この青森は最前線の緊張感を
「あーあ、行っちゃったじゃない。で? 誰がかわいい兄貴なんだか。辰馬、アンタさ、千雪のこと甘やかし過ぎ。そりゃ、パンツァー・モータロイドの扱いは凄いけどさ。……ア、アッ、アタシの次にね! 次に!」
「あら、ラスカさん。辰馬さんはとてもかわいい人ですよ? とても、かわいい人なんです」
「おいおい
キンキンと耳に響く楽器のような声は、ラスカ・ランシング。この
それに追従する声は副部長の
どうやら桔梗は、風の噂で聞いたが兄の辰馬と付き合っているらしい。
もう、とっくに男女の仲だとか。
だが、そんなことも今は千雪の意識の
「もう搬入が始まってるでしょうか……急がなければいけませんね」
長く伸ばした黒い髪が、走る千雪を追うように翻る。
息は
均整の取れた体は、しなやかな筋肉を少女期特有の柔らかな
この学園、皇立兵練予備校は生徒全員が
誰もが皆、パンツァー・モータロイド……通称
そして、千雪はPMRが好きだった。
乗るのは勿論、見るのも大好きだ。
世が世ならPMRオタクと呼ばれていたかもしれない。
「97式【
――97式【氷蓮】
それは、
その【氷蓮】が、転校生と共にこの青森校区へやってきたというのだ。
噂では、北海道がパラレイドによって消滅させられ、生き残った者たちは数える程……それだけ過酷な戦いを生き抜いてきた、軍の最新鋭機。千雪は胸を踊らせた。
「標準的な89式【
あまりに楽しみな気持ちが
フェンリルと恐れられた青森校区の戦技教導部でエースを張る美少女、才色兼備で文武両道の五百雀千雪は全校生徒の憧れだ。
だが、本人には男子諸君の
誰が呼んだか、フェンリルの
外へと飛び出た千雪を待っていたのは、一面を覆う白い闇だった。
「っ! ……コートを着てくれば、よかったですね。
荒れ狂う風は氷雪を
さながら、
そんな中、凍える身体をすっと伸ばして、背筋をピンと真っ直ぐに千雪は歩く。
逆巻く吹雪は容赦なく吹き付け、脚を格納庫へと向ければ自然とオイルの
「……あれは。PMRキャリア? 今、搬入ですか。間に合い、ましたね」
巨大なトレーラーが一台、格納庫へと入ろうとしていた。
駆け寄り脚を止めた千雪の前で、ゆっくりとPMRキャリアは格納庫へ入ってゆく。
それを右から左へと見送って、後に続こうとした、その時だった。
ふと、千雪の視野を支配する白一色の世界に、黒い影が
「あら? あの方は……?」
目の前をPMRキャリアが通り過ぎた、その向こうに一人の少年が立っていた。
他校の生徒だろうか、それとも……? 彼はこの青森校区の制服、ブレザーにネクタイではない。
だが、刺々しい髪型の少年は、じっと格納庫へ消えたPMRキャリアを見詰めていた。
間違いない……噂の転校生だ。
あの北海道での激戦を生き抜いた、地獄からの
「あの……中、入りませんか? こちらの校区は初めてかと思いますが」
千雪が掛けた声も、彼には届いてないようだった。
そして千雪は、気付けば見に来た最新鋭機ではなく、それを凝視して動かぬ少年に興味を奪われていた。
心も奪われていたのだと、後に知る。
その少年は、酷く暗い瞳に黒い炎を燃やしていた。
まるで自分自身さえ焼き尽くすかのような、怨嗟と憎悪。
そして、死地からの
その彼が、口を開いた。
「――全てのパラレイドを、駆逐する。……殲滅してやる」
固く拳を握って、その少年ははっきりとそう言った。
千雪が見詰める少年は、千雪を見もせず、その存在に気付きもしない。
なのに千雪は、呼吸も鼓動も奪われたまま立ち尽くした。
それが、五百雀千雪と
一瞬で、永遠に……心を奪われる千雪。
それ程までに少年の瞳は危うい鋭さで、周囲の吹雪さえ
そして知ることになる……まだ出会いすら終えてない二人の手で蘇る【氷蓮】が、次第に世界の戦況へと大きな意味を持つことに。
西暦2098年、四月……春がまだまだ遠い厳寒の吹雪が、少年と少女を包んで吹き荒れていた。
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