第14話「氷の蓮が再び咲く戦場」

 巨大な影が太陽を背に、滅びし遺都いと睥睨へいげいしていた。

 赤と白と、そして黄色とでいろどられたその身には、背には鮮血のように赤いマントを広げている。頭部には耳にも見える左右の角が生え、修羅道しゅらどうちし羅刹らせつの如き威容を見るものに刻んでいた。

 その魔神デーモンにも似た姿を人は、天使の名で呼ぶ。

 謎の飛行型パラレイドは三機合体で、セラフ級の姿を現したのだ。


統矢トウヤ君、あれは」

「ああ……間違いない! あの人をかたどる姿、セラフ級だ!」


 吹き荒ぶ風の中、胸元のバスタオルを抑えながら五百雀千雪イオジャクチユキは空を見上げる。共に天を仰ぐ摺木統矢スルギトウヤの声は、戦慄で震えながら煮えたぎっていた。

 統矢の見開く瞳が、暗い光に炎と燃える。

 そのギラつく輝きに、気付けば千雪は魅入みいっていた。

 そして、宙へと浮かぶセラフ級に、真っ直ぐに飛び込んでゆく影がある。それは異次元の性能と技術を持つ、謎のパンツァー・モータロイド……【シンデレラ】だ。

 苦悶し苦悩してうめ更紗サラサれんふぁを乗せた、トリコロールの機体が飛んでゆく。


「統矢君っ、とにかく私の改型参号機かいがたさんごうきに乗ってください! 羅臼らうすは高高度へと退避します、ピックアップしてもらう余裕はありません」


 言うが早いか、千雪は愛機のコクピットを開放して乗り込む。マント状のアンチビーム用クロークに厳つい全身を包んだ89式【幻雷げんらい】改型参号機が屈んでいる。背後で走って続く統矢を振り返ると同時に、千雪は機体を起動させた。

 先日と違って、イルミネートリンクも回復し、すぐさま改型参号機は震え出した。

 腹の底に響くような重々しい駆動音を轟かせて、剥き出しの肌を空気の振動が包む。ハイチューンの常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターが火をともせば、操縦桿に内包されたGx感応流素ジンキ・ファンクションを通して千雪の意思がラジカルシリンダーへと注ぎ込まれる。

 続いて乗り込もうとする統矢を確認しつつ、手早く機体をチェック。

 同時に、電子機器と一緒に回復した無線から、緊張感を欠く声が響き渡る。


『そこにいるかい? 統矢。小生しょうせいだ、八十島彌助ヤソジマヤスケだ! おはようございますだな!』

「……統矢君、呼び出してますが」

「ああ。俺だ、統矢だ! 彌助か? ひょっとして」


 咄嗟とっさのことで、統矢は無意識に千雪に密着しながら、かじりつくようにして通信相手にがなる。甲高い金属音で徐々に熱くなる改型参号機のコクピットには、こびりついて取れないオイルの臭いがけて鼻孔を刺す。

 千雪がハッチを閉めようとした、その時……統矢の顔がパッと明るくなった。

 それは、彌助の意外な一言が引きずり出した強気な笑顔だった。


『97式【氷蓮ひょうれん】、修理を完了しておる! その名も、セカンド・リペア! 小生の自信作であるぞ? トルクやモーメントバランスの根本的な見直しによる――』

「直ったんだな! なあ、もう戦えるんだな! 今、急いでるんだよ!」

『待て待て、焦るな。統矢、まだ新装備の説明が』

「いいから俺を【氷蓮】に乗せろ! 大至急だ! れんふぁが……このままじゃ、れんふぁがセラフ級にやられちまう!」

『ええい、せっかちな! しかし、非常時であるな……よし、五分! いや、三分待つのである! 小生がこれから地上へと【氷蓮】を射出する!』


 その声を聞いて、統矢は改型参号機のコクピットから飛び降りた。

 同時に千雪は愛機を立たせつつ、身を乗り出して下を覗き込む。そこには、空を見上げる不敵な統矢の横顔があった。瞳に闘志を燃やした、ありとあらゆるパラレイドを駆逐くちく殲滅せんめつする意思に身も心もたぎる少年……統矢は千雪に叫ぶや走り出した。

 一層身を乗り出す千雪は、暗く響く怨嗟えんさ憎悪ぞうおに満ちた声を聴く。


「千雪、悪ぃ! 三分、三分だけれんふぁを守ってくれ! 俺は……ここで【氷蓮】を待つ!」

「わかりました。統矢君……お待ちしてます。私に任せてください」

「おうっ! ……セラフ級だろうがなんだろうが、ブッ潰す。俺が、全て! 残さずあまさず……叩き潰してやるっ」


 統矢の背を見送って、再び千雪は狭いコクピットの中へと自分を収める。

 その時、彼女は気付かなかった……唯一身につけていたバスタオルがほどけてはだけ、ハッチに引っかかっているのを。そのままシートに座って機体の一部と化し、ハーネスで身を固定しようとした瞬間に、違和感。

 白いバスタオルはもう、改型参号機が巻き上げる風圧の外へと飛び去っていた。


「っ! い、いけません! ……でも、今はそれどころでは」


 全裸にハーネスを装着するや、愛機へとむちを入れる千雪。

 千雪が駆る89式【幻雷】改型参号機は、極限まで近接格闘性能を突き詰めたじゃじゃ馬仕様だ。高回転域でピークパワーを絞り出す機体には、通常の二倍近くのラジカルシリンダーが両腕両足を肥大化させている。空色に塗られた一角獣ユニコーンは、豪腕の拳で全てを砕き、地を蹴る脚部であらゆるものを叩き割る。

 千雪はスラスターを全開にさせ、重量級の機体を空へと跳躍ちょうやくさせた。

 【シンデレラ】と違って、通常のパンツァー・モータロイド……PMRパメラには飛行能力はない。だが、短時間なら滞空は可能であり、異常なまでの突進力を得るために、千雪の改型参号機は背部にスラスターを増設していた。


「れんふぁさん! 今、行きます……早まらないでくだい」


 だが、空では既に死の天使が動き出していた。

 そして【シンデレラ】は、高度を上げて退避しようとする羅臼から距離を取り、自分へとセラフ級の注意を引きつけるように飛ぶ。

 今の【シンデレラ】に武器は搭載されていない。

 それでも、あの温和で柔和なれんふぁから想像もつかない機動で飛翔し、セラフ級へと吸い込まれていった。敵もまた、【シンデレラ】を認めて待ち受ける。

 セラフ級は両肩から突然、左右一対の巨大な手斧トマホークを取り出した。

 両の手に輝く断頭の刃ギロチンを握るや、空気を切り裂き風になる。

 千雪は必至で愛機で空を目指すが、空中戦を展開し始めた二機が遠い。


「避けてください、れんふぁさん! ……クッ、【シンデレラ】とは通信が……羅臼、応答願います。援護を……誰かすぐに出れますか? 兄様たちは」


 千雪が小さく叫んだその時には、死の天使がすさぶ。悪鬼オーガの絶叫にも似たおぞましい駆動音と共に、セラフ級は左右に握った手斧を投げつけた。

 一発目を避けた【シンデレラ】の機動を読むように、二発目が迫る。

 目算で40m程の巨大人型兵器が投擲とうてきする武器は、小さなPMRを超える大きさだ。

 だが、驚きの光景に千雪は絶句させられ、同時に無線から騒がしい声が響く。


『おおお! 刹那セツナ見給みたまえよ! 重力制御にあんな使い方が……嗚呼、今すぐ調べたい! 【シンデレラ】を回収し、解体して、調べ尽くしたい! 小生、興奮が止まらぬっ!』

『ええい、この馬鹿を黙らせろ! 出られる奴から順次出せ、皇国海軍PMR戦術実験小隊こうこくかいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい、スクランブル! ラスカ・ランシングが出れるのか、出せ! いいから出せっ!』


 彌助の気味が悪くて気持ち悪い声に、御堂刹那ミドウセツナの怒鳴り声が重なる。

 そして、重力につかまり限界点で落ち始めた改型参号機の中で、確かに千雪は目撃した。一発目を避けたところに二発目の直撃を受けた【シンデレラ】は……その手をかざして、全身を覆うほどに巨大な手斧を弾き返した。

 肉眼で確認できた、が【シンデレラ】を覆っている。

 力場フィールドが干渉するような音が響いて、黒い闇のようなものが一瞬だけ見えた。それは、まるで【シンデレラ】を包むバリアのように攻撃を無効化したのだ。


『刹那、小生はあれがわかるぞ! 名付けるならそう、グラビティ・ケイジ! 【シンデレラ】は重力制御で空中を自在に飛び回り、さらに重力場を発生させ斥力反発によって――』

『やかましい! 黙れと言ったぞ、私は! ……なるほど、使えるな』


 限界高度で跳躍の頂点を通り過ぎた千雪が、落ち始める。彼女を包んで部品の一部として取り込んだ改型参号機は、千雪に特異な戦いを見せ付けながら落下した。

 その頭上を突如、轟音ごうおんと共に影が包む。


「ラスカさん? それは……【幻雷げんらい改型四号機かいがたよんごうき!」

『千雪っ、見てなさい! アタシとアルレインの、新しい力を!』


 ラスカがアルレインと呼んで溺愛できあいする、改型四号機が空を飛んでいた。

 そう、

 元より軽量級、大半の装甲をいさぎよく取っ払った改型四号機は、軽い。その細いフレーム剥き出しの駆逐仕様は今、背面に無数のブースターとプロペラントタンクをやしていた。

 翼を得て空気をまとい、風に乗って飛ぶ鳥とはまるで違う。

 増設したブースターの推力をスラスターに加えて、ロケットのように文字通り自分を弾丸にしているのだ。真紅スカーレットの改型四号機は、たちまちセラフ級と【シンデレラ】が乱れ飛ぶ戦場に介入する。

 同時に、ズシャリと着地してダンパーが仕事をすれば、千雪はショックで前のめりになった。無駄に大きくて邪魔な胸の膨らみが、重力に反発するようにたわんで揺れる。

 すぐに見上げて再び地を蹴れば、【シンデレラ】がその身を武器に攻撃をかけていた。

 例の重力制御による障壁を展開するや、【シンデレラ】がセラフ級へと体当たりを敢行かんこうする。接触面にまたしても、はっきりと暗い光の力場が黒々と浮かんだ。

 そして、その攻撃で浮かび上がるセラフ級へと真っ赤な一撃が吶喊とっかんする。


『ナイスよ、れんふぁっ! やるじゃない……そしてぇ! アタシのっ、一撃で!』


 極限チューンのネイキッドは、ラスカの天才的なセンスで常に異次元の機動力と運動性を誇る。常人からは想像もできず、時には物理法則さえ裏切ってるかのようなサーカスの曲芸……ラスカは今日も、アルレインと名付けた愛機を自由自在に操る。

 不意に、改型四号機の背に生えたブースターやプロペラントタンクがパージされた。

 切り離されたブースターはまだまだバーナー炎を吐きながらデタラメに飛んでいた。その中を……手近な場所に浮いていたプロペラントタンクを拾って小脇に抱えるや、改型四号機は駆け抜けた。

 そう、ラスカは今、空を疾駆しっくするあかい風となっていた。

 無茶苦茶な方向に乱れ飛ぶブースターからブースターへと、改型四号機は跳躍に次ぐ跳躍で走る。軽量化された機体とラスカの腕がなければ不可能な、見えない階段を駆け上がるような軽やかさだ。


『いくわよっ、新装備! 飛べるからって、デカい図体で……見下してんじゃ、ない、わよっ!』


 ラスカは、まだ推進剤がたっぷり残っていそうなプロペラントタンクを両腕で振り上げ、セラフ級をブン殴った。ひしゃげて折れたプロペラントタンクは、次の瞬間には大爆発を起こす。その衝撃波と爆風に機体を乗せて、さらに一段高く改型四号機が浮かび上がった。

 そして、突き出す両腕からハーケンが打ち出される。

 ワイヤーを尾のように連れて伸びる金属の鉤爪かぎづめが、セラフ級の身体に引っかかった。間髪入れずに、獲物をとらえたラスカに必殺の対装甲炸裂刃アーマー・パニッシャーを構えさせる。両手に五本ずつ握った苦無くないのような刃が、そびえる巨体へと吸い込まれた。

 直後、装甲を破壊する爆光が空を染める。


『どう? ちょっと、れんふぁ! アンタ、下がりなさいよ! 武器もない機体じゃ、そろそろ無理なんだから!』


 両腕に追加されたアンカーハーケンと、それが強力なモーターで巻き上げるワイヤーで改型四号機が舞う。暴れるセラフ級の豪腕をかいくぐり、蹴り出される巨大な脚を避けて、ラスカは巨像きょぞうを翻弄するちょうのように立ち回る。

 この蝶ははちの一刺しにも似た、必殺の一撃を秘めている。

 まるで、空中で巨大な操り人形マリオネットを躍らせるように、紅い影は縦横無尽に飛び回った。

 そして、千雪の叫びが力となる。


「高度を落としてきましたね……ラスカさんを嫌がっている? ならば……一意専心いちいせんしん、ブチ抜きます!」


 右の鉄拳を腰元に引き絞り、千雪の改型参号機がスラスターを爆発させる。天へと昇る流星と化して、吠えて荒ぶる一角獣の強撃きょうげきを千雪は解き放った。

 ラスカに翻弄されていたセラフ級の、その中心線へと狙いを定めて、一撃。

 特別強固に作られた拳は、Gx感応流素が拾う千雪の気迫ではがねとなる。

 完璧なタイミングでインパクトすれば、僅かにセラフ級は体勢を崩した。すかさずラスカの改型四号機が、山刀マチェットのような単分子結晶たんぶんしけっしょうのナイフを抜き放って、その刀身に火花を散らしながら斬りつける。

 阿吽あうんの呼吸のコンビネーションは、咄嗟とっさに互いが無言で合わせた即興歌セッション

 そして、混乱する回線の向こうでは、仲間たちの声が忙しそうに行き来していた。


桔梗キキョウ、俺たちも出るぞ! おい、瑠璃ラピス……それを先に? あの彌助の奴が?』

『射出するのでしたら、わたくしがお手伝いできるかと。少し加減を間違えば、修理したての摺木君の【氷蓮】は……大地に激突して木っ端微塵ですから』

『オートパイロットの設定は完璧である! 着地に問題はない、小生が保証する!』


 そして、高度をあげる羅臼の格納庫から、カタパルトでなにかが射出された。

 恐らく御巫桔梗ミカナギキキョウが微調節を施し、ミリ単位で補正した進入角度で……対ビーム用クロークに全身を包まれた、統矢の愛機が地上へと落ちてゆく。

 しかし、それをセラフ級は見逃さなかった。

 再び大地に落ち始めた千雪は、尚もワイヤーを駆使して迫るラスカの悲鳴を聴く。


『なに? 高エネルギー反応……熱量増大っ、こいつ!? ちょっと、なに? なんなのよっ! おとなしくっ、沈めってえええっ! のぉぉぉぉ!』


 逆手に握り直した大型ナイフを、ラスカが改型四号機に振りかぶらせる。

 だが、立ち直って浮かぶセラフ級の腹部に、眩い光が集まり始めていた。それは、千雪が「危ないっ!」と叫ぶと同時に、集束してゆく熱量の輝きを爆発させる。

 まばゆい光の奔流ほんりゅうほとばしった。

 辛うじて避け、セラフ級の巨体をラスカの改型四号機が駆け上がる。

 セラフ級の腹部から放たれたビームが、地面へと向かう無人の【氷蓮】を直撃した。誰もが悲鳴を叫ぶ中で、千雪の耳朶じだを打つ狂喜の声。

 誰もが絶望を感じた瞬間、彌助が耳障りな奇声を張り上げた。


『ぽっちゃり瑠璃ちゃんのアイディアで小生が強化した、新型の対ビーム用クロークであるっ! 馬鹿めえ! 馬鹿、馬鹿、馬鹿めええええっ! そんな攻撃で落とせる訳がないのだあ!』


 空に燃える彗星となって、火だるまの【氷蓮】が落ちてゆく。

 オートで姿勢制御を始めたその機体が、ちりちりと炎を飾ったマントの残骸を脱ぎ捨てる。全身を包んでいたリアクティブアーマーの対ビーム用クロークが、蒸発することでビームの熱を完璧に吸収。拡散していた。

 全身から白煙を巻き上げる、【氷蓮】自体は全くの無傷だ。

 そして、久々に見るその姿に千雪が目を見開く。


「あれは……あれが、生まれ変わった統矢君の力……統矢君の、愛機」


 ドン! と、逆噴射の光を輝かせて、【氷蓮】が廃墟の街に降り立った。

 それは、まるで統矢のためにあつらえたような色に塗り替えられている。

 激しい憎しみを燃やして暗く輝く、統矢の瞳に宿った紫炎しえんの色……敵意と闘志がくゆるように交わる紫色フレアパープルだ。相変わらず全身のあちこちが、応急処置用のスキンテープで補強されている。新造されたパーツ部分が、元からある装甲に干渉しない用に調整され、ぱっと見ただけで千雪に再設計の成功を伝えてきた。

 継ぎ接ぎだらけの左右非対称は、全身にオレンジ色の包帯を巻いた隻眼せきがんだった。

 屈む【氷蓮】へと走る統矢が、見上げてから全速力で近付く。それを見送り、千雪は再びジャンプでセラフ級へと迫る。

 ようやくラスカの肉薄を振り切ったセラフ級は……驚くべき戦法で千雪たちへと襲い掛かってきた。

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