第21話「与えられた過ち、選んだ間違い」

 パラレイド、それは絶対の対空能力を持つ殺戮装置キルマシーン。航空戦力を過去の遺物へとほうむった、恐るべき敵だ。強力な光学ビーム兵器を持ち、統制の取れた物量で全てを飲み込み粉砕する。

 そして、その頂点たるセラフ級は、一騎当千の戦闘力を誇る。

 関わる全てを灰燼かいじんへとほふる、死そのもの。

 今、月夜に振り向くセラフ級サマエルを、艦上から復讐の狂戦士バーサーカーが見下ろしていた。

 それを見やる五百雀千雪イオジャクチユキは、奇妙な違和感に機体を走らせる。


統矢トウヤ君……なにを? 母艦がまとに……いえ、敵の様子が。サマエルが……迷っている?」


 巨大な高高度巡航輸送艦こうこうどじゅんこうゆそうかんである羅臼らうすは、基本的には艦体構造物をぶら下げた飛行船だ。当然ながら攻撃力はないに等しく、パラレイドに対しては巨大な標的でしかない。

 だが、サマエルはまるで躊躇ちゅうちょするように動きを止めた。

 左手にとがる巨大なドリルも、金切り声を叫ぶ回転が停止している。

 その理由がすぐに、広域公共周波数オープンチャンネルへとキンキン響く声となって突き抜けた。


『ちょっと、統矢っ! 大見得おおみえ切ったんだから、さっさとブッ倒しなさいよね! このアタシが、スコアを譲ってあげるんだから!』

「……ラスカさん? なにを」


 レーダーの反応は、高速で母艦から遠ざかる光点を表示している。

 そして、サマエルは移動するラスカの機体を気にして、その場で戸惑っているかのようだ。その不思議な光景のトリックを、追いついてきた兄の五百雀辰馬イオジャクタツマが叫ぶ。


『やっぱりか……奴らは、パラレイドは! つまり』


 辰馬の声に、美作総司ミマサカソウジが『つまり?』と聞き返す。

 千雪はもう、その先の言葉を理解している。

 すでに芽生えていた疑念は今、確信へと変わっていた。だから迷わず、愛機89式【幻雷げんらい改型参号機かいがたさんごうきをフルブーストで前へ押し出す。

 そして、その先で摺木統矢スルギトウヤの声が静かに響き渡った。

 同時に、羅臼から無数の重金属音が高鳴り、一斉に地表へと舞い降りてくる。それは、搭載された全てのパンツァー・モータロイドを出撃させての、決着を賭けた総力戦だった。


『サマエル……お前の探してる【シンデレラ】は、ラスカが改型四号機かいがたよんごうきで運んでる! 追うか? それとも……ふねのれんふぁを先にやるか? 選べよ……どっちにしろ、俺が、俺たちがブッ潰す!』


 同時に統矢が、展開するPMRパメラ部隊の最前線へと飛び降りた。そのまま背の鞘から巨剣を抜き放つ。その名は、【グラスヒール】……灰被りシンデレラが残した未来への希望、ガラスの靴と呼ばれる最強の刃だ。

 統矢の新たな愛機として蘇った97式【氷蓮ひょうれん】セカンド・リペアが、える。

 月夜に遠吠えを叫ぶ孤狼ころうのように、甲高い駆動をを響かせる。

 ようやくサマエルが【シンデレラ】の追撃を保留した、その僅かな間隙かんげきに統矢は吸い込まれていった。迷わず千雪も、サマエルを統矢と挟撃きょうげきする形で肉薄する。


「統矢君、フォローします!」

『任せた、千雪っ!』

「ずっと……背中に、後ろに、います。いつも、いつでも」


 両手で握った大剣を、【氷蓮】が振り上げる。冴え冴えと光る刀身が、淡い月光を反射して輝いた。そのまま、単分子結晶たんぶんしけっしょうの刃を統矢は叩き付ける。

 機動力を重視したスピード自慢のサマエル乙型おつがたが、その攻撃を受け止めた。

 避けることができなくて、防御したのだ。

 明らかに、サマエルの動きは精細を欠いている……統矢の咄嗟とっさの機転は、恐らく兄の辰馬の入れ知恵だろう。そう、パラレイドはどういう訳か、【シンデレラ】とれんふぁを狙ってくる。以前の青森での戦いでも、パラレイドは両者が存在する皇立兵練予備校青森校区こうりつへいれんよびこうあおもりこうくを狙ってきた。戦略的な拠点としては価値の低い、千雪たちの学び舎を。

 千雪は、斬撃を浴びせて払い抜ける統矢を追って、拳を振りかぶる。

 うなる豪腕を引き絞った改型参号機は、千雪が体得した武術を宿して吶喊とっかんした。

 放たれた鋼の正拳突きが、炸裂する。

 統矢の攻撃でバランスを崩していたサマエルは、今度は防御すら叶わず直撃を受けた。


「このまま、ブチ抜きます!」


 千雪の気迫を、操縦桿に内包されたGx感応流素ジンキ・ファンクションが吸い上げる。精神感応物質である、絶対元素Gxぜったいげんそジンキの恩恵を得て駆動する機兵ロボット……パンツァー・モータロイド、通称PMR。その性能は時として、操縦者次第でカタログスペック以上の潜在能力を発揮する。

 千雪のためだけに最適化され、極端を通り越してへと改造され尽くした、【幻雷】改型参号機。そのいかつい拳が今、天使の名を冠する敵へと食い込んでゆく。

 あと一歩、いや……半歩。

 少しだけ踏み込めば、打ち抜ける。

 確かな手応えは千雪に、愛機の鉄拳が敵を砕いて押し込む感触を伝えてきた。

 同時に、新たなる違和感をも感じさせる。


「これは……動揺、している? 想定外、れんふぁさんと【シンデレラ】が分断されることを、予見していなかった? この挙動と感覚……もしや、セラフ級は」


 その時、突如としてむ拳が空を切った。

 サマエルは再び三機の飛翔体へと分離変形し、星降る夜空へと舞い上がる。

 今までの形態、乙型と呼ばれるドリル付きの陸戦タイプは、あっという間に姿を変えた。だが、乙型の時に頭部を形成していた飛翔体、白い機体……皇国軍がコードβベータと呼称するに異変を感じる。

 他の二機に比べて安定感が欠けている。

 震える翼は、僅かに合体のフォーメーションをゼロコンマの世界で乱していた。


『くっ、また合体する! 千雪、一度下がるぞ! 埼玉の連中も出てきた、包囲する!』

「待ってください、統矢君。サマエルの動きが、妙です」

『妙? なにがだ』

一糸乱いっしみだれぬ合体フォーメーションが今、少しだけずれていました。もしやサマエルは、セラフ級は――」


 だが、戦いの趨勢すうせいは千雪に思考の時間を与えない。

 今は訓練で鍛えられた反射と技術で、生き延びて殺すことに集中しなければいけない。そう思うことは、千雪には自然に思えた。

 そう、殺す……きっと、統矢は今回のセラフ級も許さないだろう。自分さえゆるせない少年は、これからも天使たちを殺し続けるのだ。千雪はその背を見守り、まもり続ける。そして、血で手を汚し続ける統矢に、いつか自分も傷物きずものに汚して欲しいのだ。

 そして、再度心に呟く。

 殺す、殺し続ける……そう表現するのが今は当然に感じる。どうして今まで、誰もがこの可能性を言及してこなかったのだろうか? セラフ級パラレイドに、自分たちと同じ人間……少なくとも、生の感情を持った知的生命体が乗っているという可能性。

 辰馬の声が援護射撃を連れてきて、空中で再合体するサマエルを牽制する。

 サマエルは今度は、黄色いコードγガンマを先頭に合体、第三の姿へ変形した。

 今までの呼称になぞらえるならば、第三の姿はサマエルへいだ。


『くっ、千雪! 統矢も! 気をつけろ、初めて見る形態だぜ……下半身が無限軌道キャタピラになってやがる。陸戦型か?』


 第三の形態、サマエル丙が着地する。同じ質量の三機が合体した、サマエル甲型こうがたやサマエル乙型と同じ重量のはずだが……単純明快な物理法則さえ裏切るように、激しい地鳴りが超弩級ちょうドきゅうの巨大さを伝えてきた。

 サイズは勿論、重量さえ変化している。

 先程のドリル付き、サマエル乙型が一番軽かったのだろう。

 今は、地鳴りを引き連れる巨大な壁となってサマエル丙型が迫っていた。

 しかし、距離を取る統矢と千雪を、背後からの援護射撃が包んで守る。

 混戦する通信の中を行き交う、虚勢と、蛮勇と、狂奔きょうほんと。


『うわああああっ! 出てけ、出てけよっ! 東京から、日本から……ここからも、どこからも! 出てけってんだよ!』

『C班とD班、回り込んで! 美作一尉ミマサカいちいを探して、助けるのよ!』

沙菊サギクの奴っ、抜け駆けしやがって……俺だって、美作一尉みたいな人となら!』

『ああ! 戦うぞ……ようやく俺たちを、使い捨ての弾除けや捨て駒じゃなく、戦力として使ってくれる人が現れたんだ! 後輩たちのためにも、あの人を死なせてはっ!』

『死んでもみんなを……あいつを守る! あいつの未来に、美作一尉は必要なんだ!』


 なけなしの、覚悟、振り絞った、勇気。

 半狂乱に近い中で、埼玉校区さいたまこうくの幼年兵たちが射撃を続ける。

 闇夜を曳光弾えいこうだんの軌跡が眩く彩り、火線がサマエルに吸い込まれてゆく。

 だが、40mmのHP弾を全て受け止めていた。全く揺るがぬ様子で、ゆっくりとサマエルが動き出す。地鳴りを響かせ、巨大な戦車となった下半身が地を蹴った。周囲に爆発の花を咲かせながら、徐々に第三の姿となったサマエルが迫り来る。

 即座に千雪は、アンチビーム用クロークを棚引たなびかせてせる。

 急加速で突進する改型参号機を、更なる加速で統矢の【氷蓮】が追い抜いた。

 互いにもう、言葉はいらなかった。

 確認も必要ない。

 ただ、敵を駆逐くちくし、殲滅せんめつする……その想いを重ねているから、千雪は統矢に全てを預けられる。全てを捧げて戦えるのだ。


「機動力は格段に落ちた……ならば、装甲重視の防御形態でも!」


 その時、サマエルの背から巨大な弾頭が空に上った。白煙を巻き上げて垂直上昇する、巨大な質量弾。それは突如、夜空で弾けて無数のつぶて驟雨しゅううと浴びせてきた。

 まるで、歩兵を薙ぎ払うためにPMRが運用する、対人用のクラスターだ。

 あっという間に、回線が悲鳴と絶叫で満たされる。

 戦域の全てに降り注いだ死のひょうが、背後で爆発音を連鎖させた。

 通常の教練をこなした程度の幼年兵ようねんへいでは、避けるのは不可能だ。上空からの面での制圧攻撃、それは回避不能な死となって大地を蜂の巣にする。

 だが、千雪は統矢と共にそれをしのいで、その先へと踏み込んでいた。

 統矢の【氷蓮】が、その手の大剣グラスヒールを回転させながら守ってくれた。その下で千雪が、改型参号機を強く押し出す。


『行けっ、千雪! ここは俺が……!』


 統矢の声に背を押されて、千雪が必殺の間合いへと踏み込み、同時に拳を振り上げる。必中の距離、取った……そう確信した瞬間、悲劇が千雪を襲った。

 頭上を守ってくれる統矢が、突然『避けろ、千雪!』と短く叫ぶ。

 同時に、装甲越しに肌で敵意を拾った千雪は、機体をひるがえして横へと転がっていた。

 ここまでの距離を加速してきた突進力、貫き穿つ一点突破の拳が……さえぎられた。

 そして、千雪が今までいた場所に、突然弾着の爆発が無数に生まれる。

 フレンドリーファイヤ……だ。

 そして、レーダーの端に浮かぶ光点が、怯えたような声を震わせていた。


『違う……駄目だ、こんあのは駄目だ! こんな戦争は間違ってる……どうして子供たちが戦場に! 何故なぜ、僕ら軍人ではなく、子供たちばかりが!』


 重武装の鈍重さを忘れて、のろのろと一機のPMRが彷徨さまよい出た。セオリーを無視して単騎、おぼつかない足取りで砲撃を続けつつ、突出してくる。ガンナー・プリセット特有の88mmカノン砲を両肩に装備した、それは美作総司の機体だ。

 陸軍正規兵仕様の94式【星炎せいえん】が、まるで出鱈目でたらめな攻撃を繰り返す。

 無駄にサマエルの注意を引く総司は、嘆くような声を叫び続けていた。


『下がれ、埼玉校区のみんな……下がってくれ! ここは僕が、僕たちがなんとかする! 君たちは……子供たちは、僕が守るんだ! 国の宝たる若者を、その明日を……未来を』


 咄嗟とっさに千雪は、総司のフォローに回ろうとした。既に周囲を見ていない総司は、サマエルへふらふらと吸い込まれてゆく。強引にでも下がらせなければいけない……恐慌状態となっている場合、戦域外まで下がらせて戦闘薬の投与も必要かもしれなかった。

 PMRには、コクピットの搭乗者へ直接投薬をする機能は実装されていない。

 パイロットは最も安価で、無限に代えのきく人間なのだから。

 千雪が機体を向ける先で、総司の【星炎】が無意味な射撃を続ける。

 その背後に、静かに影が降り立った。


『……なにやってんだよ。あんた……邪魔するなら下がってろ! そんなに死にたいのかよ!』


 統矢の【氷蓮】が、手にする巨大な刃を振るった。

 斬撃の軌跡が光と走って、総司の機体が四肢を吹き飛ばされた。そのまま転がる機体の中で、まだ総司はなにかを喚いている。だが、統矢は構わずその胴体を蹴っ飛ばして、端へと転がす。

 夜空へとカノン砲を乱射していた残骸は、弾切れでようやく静かになる。

 通信回線には今、すすり泣くような声が響いていた。


『僕は、守りたかった、だけなのに……この街で、あの時も。六年前の、東京も。守りたかった……守れなかった』


 総司の独白を聞いてる暇はない。

 だが、体制を立て直す千雪は、統矢と共にせわしく機体を操る。二度三度と回避する中でも、サマエルは執拗に襲ってきた。車両のような下半身に低く構えた体躯たいく、そして反比例するように長い両腕。左右の手を文字通り伸ばしてくる。蛇腹状じゃばらじょうになっているのか、その太くたくましい腕は、無限に追いかけてくるかのように夜空を切り裂く。

 徐々にスクラップとなった総司の機体が、見えなくなってゆく。

 既にサマエルにも敵として認識されなくなり、彼の声も遠ざかっていった。

 最後に微かに、許しをうような声が響く。

 それに統矢は、なんの感慨も感情も抱かぬかのような言葉を吐き捨てた。


『戦っちゃ、駄目なんだ……君たちが、命を賭けることなんて』

『ゴチャゴチャ五月蝿うるせぇ! 俺は……俺たちは、戦う。もう、守ってもらうだけの戦いは嫌だ……誰だって、守られるより守りたいんだよ! 行儀がいいだけなら引っ込んでろ!』


 それは、血を吐くような言葉だった。

 かつて、幼馴染おさななじみの少女に守られ、彼女が生きるべき未来を譲られた少年の声。彼を乗せて紫炎フレアパープルに燃える【氷蓮】は、夜風に対ビーム用クロークをはためかせて下がる。

 千雪もまた、掛ける言葉を探せど見つからず、考えてる暇もない。

 徐々に下がるしかない防戦一方に押し込められて、二機は交互に巨大なてのひらを避け続けた。周囲で援護してくれていた射撃は、先程のクラスター攻撃で激減している。即死だった幼年兵はまだいい……中には、まだコクピットに密閉されたままで生きてる者もいる。

 そういった幼年兵が待つ最期さいごを、千雪は知っている。

 先の戦いでも見たし、世界中のアチコチで今も繰り返されている現実だ。


『う、ああ……腕が! 俺の腕がっ! 誰か拾ってくれよ、腕がないんだ!』

『なにも……見えない。ああ……このまま死ぬのかよ。寒いなあ……もう一回、あいつを……抱き締め、たい……』

『誰か! お願い誰か! ハッチが開かないのよ、炸裂ボルトも死んでる! このままじゃ私、私、蒸し焼きになっちゃう! 暑い……熱い! いやあああっ、火が、火がっ!』


 阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずが、次々と左右の耳から雪崩なだむ。

 そんな中で、場違いな声が興奮も顕に響いた。

 声の主は八十島彌助ヤソジマヤスケ、千雪たち海軍PMR戦術実験小隊かいぐんパメラせんじゅつじっけんしょうたい。通称フェンリル小隊のメカニックマンだ。母艦の羅臼にいるらしい彼は、問答無用で歓喜の声を叫んでいる。


『聞こえているね、摺木統矢! 今こそ新たな力を解放する時……小生の設計と計算が正しいことを証明したまえ! 新兵器を、秘密兵器を……【グラスヒール】のを使うのだぁ!』


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、千雪は背後に波の音を聴く。

 知らぬ間に都内を移動して戦っていたため、東京湾に出てしまったのだ。着地する改型参号機の足元が沈み込み、ぬかるみとヘドロが飲み込み始める。白い波涛はとうに洗われながら、気付けば腰まで海水が押し寄せていた。

 それは統矢も同じだが、彼は背の巨大な鞘を……【グラスヒール】の鞘を取り外す。

 鞘へと剣を納めた【氷蓮】は、濡れるままに身を沈めて、居合斬いあいぎりのような構えに身体を引き絞る。全身に手当たり次第といった感じで貼られた、オレンジ色のスキンタービンがぼんやりと輝く中……統矢の新しい力が解き放たれようとしていた。

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