第22話「ガラスの靴が引き裂く先へ」
波間に浮かぶ、白い月。
ゆらゆらと揺れる
目の前には今、新たな姿となったセラフ級パラレイド、サマエルが迫る。
サマエルの背後からの援護射撃も、圧倒的な装甲表面を
だが、
あの瞳に
『【グラスヒール】、アンシーコネクト、モード
身構える【氷蓮】の手元で、巨大な
刃を鞘に納めたまま、
目の前に迫るサマエルを
『出力安定、アブソリュート……千雪っ、下がってろ! こいつでっ――』
千雪は機体を
巨大な鋼の壁と化したサマエルに
統矢の絶叫が闇夜を貫く。
『沈めっ! はああああ……食らってぇ、寝てろぉぉぉぉぉぉっ!』
鞘走る剣が、輝きの
刃が
新たに建造された、【グラスヒール】の鞘……それは、単分子結晶の刃を保護するためだけのものではなかった。二丁のビームハンドガンと直結されることで、そのエネルギーを増幅……放たれる
光の刃が、サマエルを
パラレイドが、人類の兵器を避けた、よけたのだ。
「統矢君っ!」
『このまま
遅れて、千雪の背後で水柱が上がる。
それは、切断されたサマエル
目の前で傾きつつすれ違うサマエルは、丙とでも言うべき第三の形態で海に逃げてゆく。その腕は根本から断ち切られており、バランスを
そして、千雪以外の者たちにも伝わっただろう。
はっきりと今、パラレイドは動揺していた。
無感情な
やはり、セラフ級は――!?
だが、考えるより先に千雪は飛び出す。
「チャンスですね……この間隙に、全てをぶつけます! 統矢君っ!」
『決めるぞ、千雪!』
自らの機体を砲弾にしたかのような、突破力が爆発する。
大質量の重量級パンツァー・モータロイド……【幻雷】改型参号機。
その
さながら、海と空とを引き裂く地上の
スラスターの光で尾を引き、破滅へ死をもたらす
「
サマエルは残った片腕を振るい、千雪の肉薄を嫌うように繰り出した。
しかし、千雪は避けない。
逃げない……回避しない。
攻撃に全てを集中し、見切る。最小限の動きで、直撃だけを防ぎながら前へ。前へ、先へ……鋼の拳を限界まで振りかぶれば、改型参号機の全身でラジカルシリンダーが絶叫をあげた。
サマエルの攻撃が、改型参号機を
火花を散らして、巨大な質量が装甲を
左側を突き抜けた一撃が、改型三号機の空色の外装を
千雪の改型参号機は、空色の破片をばらまきながら……
サマエルの戦車のような下半身に降り立ち、拳を打ち出す。
それは、人類最古の武器。
人間が初めて振るう武器。
誰もが生まれながらに持ち、
合金製の特殊構造で、近接打撃用に
インパクトと同時に、サマエルがピタリと動きを止めた。
「統矢君、今ですっ! 分離して空に逃げる前に!」
『おうっ! ……見てろよ、千雪。俺はもう、
改型参号機は、最後の一撃を放って行動不能になっていた。
右腕がひしゃげて砕けると同時に、サマエルの表面は
師範クラスの古武道を習得した千雪の、無手の体術が表現する破壊の
東京湾がサマエルを中心に左右に押し開かれる。
その中へ、迷わず統矢は飛び込んできた。
彼の【氷蓮】は、鞘を背に戻して両手で大剣を振りかぶる。
真っ向から
真っ直ぐ一直線に、縦に斬撃が走る。
『っし、やったか! ……チィ、まだ分離しない。ってことは!』
行動不能になった千雪の改型参号機は、ガクンと揺れて倒れ込む。統矢の【氷蓮】は、自重より1.5倍程重い改型参号機を、苦もなく抱えて持ち上げた。
片腕で肩に大破した改型参号機を担ぐや、統矢は離脱しようとした。
ひび割れノイズが走るモニタにそれを見ながら、機体をチェックしつつ千雪は叫ぶ。
「統矢君、サマエルが……もしや、この形態、サマエル丙は」
『なるほどな、海戦用に特化した防御形態ってとこか。
周囲で突然、海水が
サマエルは残った片手を無限に伸ばして、周囲へ巨大な竜巻を生んでゆく。その中に統矢と千雪を閉じ込めて、そのまま伸びる腕を巻きつけようとしてきた。
周囲を乱舞する水圧と拳の中、統矢が上だけを見て飛ぶ。
【氷蓮】は最新鋭の
徐々に月夜の星空が狭くなってゆく。
真上に丸く小さく、外への出口が閉じてゆく。
「統矢君っ、私を捨ててください! この子、重過ぎます」
『黙ってろ、千雪っ! 舌を噛むぞ! ……この程度っ、【氷蓮】ッ! 飛べ……
統矢の絶叫しっぱなしの声が、
同時に、【氷蓮】は
周囲を取り巻き圧してくる。サマエルの腕をすり抜けて、空へ。巨大な
その
統矢は、片手でぶら下げていた【グラスヒール】を、真下へと
神罰の
次の瞬間、ふわりと半壊した改型参号機が浮かび上がる。
宙へと千雪の機体を踊らせた統矢は、同時に自分も最後の力で横に並ぶ。
まるで、手に手を取っての
必死で
まるで、統矢の一秒、彼だけの瞬間は……その密度がまるで無限に膨らんだかのような錯覚を現実にする。人智を超えた判断力と反射神経、そして演算力。それはもう、
「統矢、君……もしや、これが? これなんですか……統矢君の力。
『決めるぞ、千雪ッ! あれを二人でブチ抜くっ!』
「あれを……はいっ! 動いて、いい子だから……最後の一撃、蹴り抜いて!」
二機のPMRが急降下、揃って突き出す脚部を尖らせる。
統矢と千雪、二人は今……機体を重ねての蹴りを打ち出した。それは、見上げるサマエルの下半身に突き立つ、【グラスヒール】へと吸い込まれてゆく。
ガタガタと揺れながらモニタが死に、操縦席で火花を散らしながら配線が
クレーター状に海が陥没し、天へと激流の如く波が
水柱の中心で今、千雪は統矢と共にサマエルを貫いていた。
ヘドロの海底が
次の瞬間、サマエルの巨体は光りに包まれ……三つの影が舞い上がった。
「分離しました! ……クッ、限界です。統矢君、追ってください!」
ラジカルシリンダーのオーバーロードで、改型参号機は完全に沈黙した。
そのまま海が元に戻ろうとする中、千雪は沈んでゆく。
地球へと押し込み、単分子結晶の刃を蹴り抜いて穿った一撃……
だが、統矢は静かに【グラスヒール】を拾って
そして、両腕で簡単に千雪の機体を抱き上げた。
「と、統矢君!?」
『俺の……俺たちの、勝ちだ。俺はもう、独りじゃない。みんながいてくれる。そ、それに、まあ、あれだ……千雪が、いる。もう、独りじゃない。俺たちは、一つだ』
「そ、それは……あの、ええと……いいんですか? 私……期待してしまいます、よ?」
『見ろよ、千雪……終わりだ。致命打を受けて、奴は分離し再合体……だが、もう新形態はねえよ。
統矢の声は、妙に落ち着いていた。
勝利の確信に満ちて、穏やかささえ感じる。
そして……千雪は今、豊満な胸の奥に高鳴る鼓動を聴いていた。鼓膜の奥に反射するかのような、大音響の心音が膨れ上がる。
みんながいると、統矢は言ってくれた。
みんなとは別に、千雪がいるから……確かにそう言った。
次の瞬間にはもう、大破した愛機のコクピットで千雪は真っ赤になる。天使のラッパが高らかになる中で、真面目な優等生の中に
あっという間に、普段は秘めていた想いが痛々しい妄想を連れてきた。
ウェディングベルが鳴る。
ハネムーン、青い海に
共に暮らす家での、新婚生活。
二人の愛の結晶、出産……そこまで千雪の暴走した妄想が広がっていた。無表情の無感情で通った、クラス委員の優等生は……少し思い込みが強すぎて、時々痛い
「統矢、君……私、子供たっくさん産みます。バンバン産みますので」
『あ? なに言ってんだ? おい、千雪……』
「そうですよね、私たちは一つですよね……一つに、なりたいですよね! 私と一緒ですね、統矢君!」
だが、頭上では再合体したサマエルが月に舞う。
巨大な満月を背負って、蒼い光の円に翼が広がった。最初に見せた形態、サマエル
しかし、ゆうゆうと陸へあがった統矢の【氷蓮】は、その両腕にスクラップ同然の改型参号機を抱いていた。
そして、統矢が確信する勝利が近付いてくる。
既に心を一つにし、
『んじゃ、まあ……みんなとトドメといくか。悪ぃ、千雪。降ろすぞ』
「堕ろすだなんて……私、産みたいです。産みます、そして統矢君と育てて、明るい家族計画を、ひぁぅ!?」
それは、頭上でサマエルが両腕を天へ突き出すのと同時。
恐らく、あれがサマエルの最強最大の攻撃……星さえ削って大地を消し飛ばす、恐るべき戦略レベルの破壊攻撃だ。だが……その
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