第5話「暴かれる真実、現実、事実」
すれ違う者たちは皆、空の船乗り……空軍が廃され、海軍が形骸化した時代の
「居住区、Eブロック……402号。こちらですね」
巨艦の中を十五分ほど歩きまわり、何度もエレベーターを乗り継いで千雪は目的地に到着した。士官用の個室が並ぶ一角は、軍艦の中にあって少しだけ空気が違う。無骨で無機質、
千雪は402号室の前に立ち、ノックの拳を軽く握る。
住人の名前を書くプレートには、
意を決して扉を叩こうとした、その時だった。
密室の中からくぐもった声が、遠くから響くように千雪の耳に飛び込んでくる。
「よせ、
「あ、いや! 違……違うって! これは、その!」
「優しくしろ、痛い」
「え? それは……ほああああああっ!」
そして、千雪の網膜に衝撃の光景が飛び込んでくる。
「え? あ、あれ……千雪? どうして、ここに」
「ん、五百雀千雪か。どうした? 用があるなら入れ」
統矢が、いた。
刹那も、いる。
二人は、床の上に折り重なっていた。
大の字になった刹那は全裸で、膝をついた統矢の両手は彼女の胸の上にあった。
第二次性徴の前の、異様に白い肌の
千雪は思わず、無言で扉を閉めた。
「待て! 待て待て、千雪! お前は誤解をしている、勘違いだ!」
再び扉が内側から開かれた時には、立ち上がった統矢が必死の形相で息を荒げている。彼は千雪の両肩に手を置くと、懇願するように言葉を並べて、哀願するように許しを請うてきた。
その間ずっと、彼の背後には全裸の刹那が長い長い銀髪を床に広げている。
「……統矢君。私、なにも見てませんので」
「話を聞け、千雪。これは事故なんだ、事故!」
「大丈夫です、統矢君。私、そういう男の子のアレコレに理解がある方ですので」
「落ち着け千雪! ああ、いや、まずは俺が落ち着かないと……そうだ、素数を一緒に数えよう! いいか、いくぞ……素数が一匹! 素数が二匹! 素数が三匹――」
千雪の心も表情も、限りなくフラットに凍っていった。
だが、必死に弁明してくれる統矢は、ちょっとうれしくて、かわいかった。
そして、立ち上がった刹那の言葉でようやく真実が見えてくる。
「とりあえず二人共、部屋に入れ。言っておくが、摺木統矢の言う通り事故に過ぎん」
「な? 千雪、な、な? 事後、じゃない、ええと、事故だったんだよ」
「事前にシャワーを浴びておこうと思ったのだが、摺木統矢は待ちきれなかったようだ」
「ちょ、ちょっと御堂! ……先生。いかがわしい表現、やめてもらえますか……」
とりあえず部屋に入り、千雪は後手に扉を閉める。
二人の話を聞いて、ようやく事の次第が理解できた。
統矢を呼び出した刹那は、待てども待てども待ち人が現れないので、先にシャワーを浴びようとしていたのだ。そこに、97式【
全裸で応対した刹那に驚き、それでもズカズカと廊下に幼い裸体が出てきたので……慌てて引っ込めようとした統矢は、結果的に刹那を押し倒す形になったのだった。
「……まあ、そんなことだろうと思ってました」
「お、おう。わかってもらえて助かるぜ……俺はロリコンじゃない、こんなチンチクリンな子供を相手に、それは、まあ……その、うん、ない。……多分、ない。ちょっとしか、ないぞ」
「わかっています、統矢君。わかっていますから」
「おい馬鹿やめろ、俺を優しい目で見るんじゃない」
とりあえず刹那がずっと全裸なので、千雪は側にあったバスタオルを手に取り、それを投げてやる。
刹那は承知したとばかりにそれを受け取り……首に掛けるだけに留めた。
どういう訳か、刹那には決定的に
「で? 摺木統矢はともかく、どうして貴様がいる? 五百雀千雪」
「
「ん、ああ。
刹那が顎でしゃくるので、千雪は言われるままに統矢と並んでベッドに座った。
士官用の上等なシングルベッドは、小さく軋んで二人の体重をマットの柔らかさで支える。
つい、妙なことを意識してしまって、千雪は普段の五割増しで無表情になった。
隣の統矢を盗み見れば、彼もなんだか落ち着かないようだ。
だが、刹那は我関せずとばかりに、全裸にスリッパで冷蔵庫から缶ビールを取り出す。この御時世でも軍の関係者に回ってくる物資はそこそこ豊かで、それだけは
「さて……摺木統矢。お前に伝えることがある」
「調度良かったぜ、御堂刹那! 散々振り回しやがって……俺も言いたいことが山程ある」
「ほう? なんだ、言ってみろ」
「……まず、服を着ろ! せめて、タオルで胸元から下を隠せ!」
統矢のもっともな言葉に、ウンウンと千雪も大きく頷く。
だが、刹那は首にかけたタオルで濡れた髪を拭きつつ、開封した缶ビールの中身を喉の奥へ流し込んだ。すらりと伸びた白い喉が静かに伸縮を見せて、ゴクゴクと美味しそうに鳴る。
「フゥ、生き返る……この一杯のために生きてる、そうだな? うむ」
「いや、勝手に納得してないで……ええと」
「わかっている、摺木統矢。聞きたいのだろう? ……
ピクリとひきつる統矢の表情が、真剣さを帯びて固くなる。その横顔を見て、千雪も自然と刹那の言の葉を待ち受けた。
――DUSTER能力。
かつて共に戦ったアメリカ軍の
だが、そんな話は
隣に座る統矢は、消滅した北海道から生きて帰還した。
そして、千雪たちと共に戦い、セラフ級のパラレイドを撃破したのだ。
「DUSTER能力……
「なんだよ、それ」
「貴様は
「……俺だけの力じゃない。俺は、助けられたんだ……更紗りんなに」
「正直に言え、そして認めろ……摺木統矢。貴様はパンツァー・モータロイドに搭乗時、自分の感覚が異様に研ぎ澄まされる瞬間を知っている筈だ。極限の集中力の中、まるで時間が止まったかのように全てを掌握して、即座に最適解を判断できる力……それがDUSTER能力」
千雪には理解の
すぐ隣に座っている統矢が、突然千雪には遠くに感じられた。
「俺が、選べれた人間だっていうのか? くだらねえ……くだらねえよ!」
「
「でも、俺は機体を……【氷蓮】を」
「私とて、ただ指を
「……できることぐらいは、したい」
「そうだ、善処しろ。
千雪が言葉を失ったように、統矢も黙ってしまった。
刹那は乾いた唇を濡らすようにビールを再度飲み、口元の泡を手の甲で拭う。
「それと、呼び出したのは他でもない。摺木統矢、貴様に伝えねばならんことがある。五百雀千雪も面倒を見てやって仲がよかったな……聞け」
暴かれた真実を前に固まる統矢に、容赦無くさらなる現実が突きつけられた。
思わず千雪は、隣で膝の上に拳を握る統矢の、その力の篭った手に手を重ねた。自然と、そうせねばならないような気がした。触れていないと、統矢が消え入りそうな錯覚があまりにもリアルだったから。
「皇国軍では、全ての軍人、軍属のデータをアナライズしている。それは幼年兵も例外ではない。当然、中央には更紗りんなの身体から精神状態、遺伝子情報等のデータがある」
千雪の手の中で、ピクリと統矢の拳が震えた。
彼の手は、握った内側に爪が食い込む痛みを、どんどん自分の力で圧縮してゆく。
拳を開いてくれればいい……重ねた手に手を向けて、指と指とを絡めて欲しいと思う千雪。そういうことがなにを意味するかの前に、そうだったらせめてという気持ちがあった。
構わず刹那は、誰もが不思議に思っていた謎の、一つの答を開示する。
「更紗りんなと更紗れんふぁ、二人のDNAは……一致しなかった。両者は容姿や声の非常に酷似した別人、別個の個体ということになる」
意外な言葉に、千雪は息を飲む。
それでも、声にならない気持ちを渦巻かせる統矢の手を握りながら、どうにか一言だけ絞り出した。
「……他人の空似、ということでしょうか」
「それも違う」
「違う、というと」
「更紗れんふぁは、更紗りんな本人とは別個の人間だ。しかし、検査の結果……両者は血縁関係であることがほぼ確実視されている。端的に言えば、二人は近親者だ」
その時、隣の統矢は背後のベッドに倒れ込んだ。
そうして千雪の手を振り払うと、顔を手で覆う。
「……双子の姉妹とかかよ! それともなんだ? あいつにあんなでかい子供が? ……更紗のおばさんは、あいつの母親は……全然違う顔だった。年の近い
「そうだ。だが、データは嘘をつかん。事実だ」
「どういうことだ……いや、いい。いいんだ」
僅かな間だったが、戸惑いのままに感情を撃発させた統矢の声が、普段の落ち着きを取り戻す。身を起こした彼の瞳には、あの光が戻っていた。千雪の好きな、燃え滾る業火の輝きが。
「れんふぁはりんなじゃない。それはもう知ってた……俺がもう、そうだと決着をつけていた。あの時に……りんなと本当に決別して、この胸の奥に眠らせてやった時に」
「ふん、いっぱしの口を叩く。……悪くない」
「だが、謎は残る。りんなの近親者であるれんふぁは、あの妙なパンツァー・モータロイドに……トリコロールの派手な
パラレイドとの戦闘中、突如として次元転移で現れた謎の
だが、そのことについても刹那は説明をしてくれた。
「仔細はわからん、全く不明だ。だが、そういうことを放置はしておけん……後日、【シンデレラ】の起動実験を行う。更紗れんふぁの立ち会いの元に、な」
「……【シンデレラ】ってのは」
「例の実験機めいたカラーリングの機体、更紗れんふぁを乗せて次元転移してきたPMRだ。……そう、あれはPMRだ。保管している
刹那は語った……コードネーム【シンデレラ】と名付けられた謎のPMRは、次元転移能力があるらしい。他にもブラックボックスの固まりらしいのだが、まるで「これがブラックボックスです、どうぞ」と言わんばかりの構造だという。現在の技術で精製不能なサイズの、巨大な
そして刹那は最後に一言……れんふぁの生体認証なしに【シンデレラ】は動かないとだけ語った。れんふぁの遺伝子情報をキーとして、初めて駆動する謎のPMR……地獄の戦場という
千雪は数々の真実を前に、隣でいつもの表情を取り戻す統矢を見詰め続けた。
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