第9話「棄てられし遺都、その名は」
上へと落ちるような、左右に昇るような錯覚。
七色の光に包まれた千雪の改型参号機は、その輝きが弾けると同時に外へ出た。
機体の豪腕が抱える【シンデレラ】と一緒に、ゆっくりと地面へと降りてゆく。
「ここは……? 衛星データ、イルミネート・リンク……ッ!? ネットワークが」
先程、【シンデレラ】と一緒に
改型参号機のコンピュータは、
現在の地球上で、パンツァー・モータロイドのコンピュータが停止するなどありえない。
何重ものセキュリティを持ち、相互に複数の回路で補完しあっているシステムが、停止した。辛うじて機体制御の機能は動いているが、今の千雪は突然の
「とりあえず……
先に地面へと脚をついて、改型参号機が大地に立つ。
すかさず千雪は操縦桿を握って、あとから降りてくる【シンデレラ】の機体を支えた。
やはり先程、
重力制御……今の【シンデレラ】は1G下での質量を忘れているようだ。
そして、ふわりと着地する【シンデレラ】のコクピットから、ノイズに満ちて聞き取りにくい声が流れ出る。こうして接触していれば、装甲同士の共振を利用した通信は生きていた。
「大丈夫ですか、統矢君! れんふぁさんは無事ですか? あの」
『ちょ、ちょっと待てれんふぁ! いや、暴れるな……た、頼むっ! お、おい、尻を押し付け……早く俺から降りろっ!』
『ふええ、統矢さんっ! 離れてくださいいいいいっ! なんでわたしのお尻に、お尻に……ヘンタイさんなんですか、統矢さん!』
千雪の無表情が、五割増しで無機質に凍ってゆく。
甘い
そして、どうやら暴れるれんふぁの下に
「……れんふぁさん、コクピットではちゃんとハーネスを装着してくださいね」
『ふえ? ああっ、千雪さんっ! よかったぁ、なんか突然【シンデレラ】がピカー! って、ヴイーン! って。そしたら、突然、こんな場所に』
『おい、いいから俺の顔から降りろ! 千雪、ここは? 座標を確認してくれ。なんてことだ、クソッ……俺たちはもしかしたら、人類で初めて次元転移を体験してしまったかもしれない。なあ、れんふぁ! 重いんだよ、頼むよ』
なんだか、面白くない。
すっごく、面白くない。
ぷぅ、と頬を膨らませて唇を尖らせると、千雪は
コクピットのハッチを開けば、外の風は
空は黒い雲が低く垂れ込め、
真昼なのに薄暗くて、まるで夜の中に出たようだ。だが、まだ昼過ぎの筈……ここが
「夜……ということは、ここは海外なのでしょうか」
コクピットのハッチに立つ彼女の横で、ぎこちない操作ながら【シンデレラ】も身を屈めた。そしてよろけて地面に両手を突き、そのまま
そして、【シンデレラ】が
呼吸も鼓動も、止まった。
強くなり始めた雨の中、雷光
それは……千雪たち日本皇国の人間ならば、誰でも知っている場所だった。
「こ、ここは……もしや、ここは」
改めて千雪は、機体の周囲をゆっくりと見渡す。
二機の
そして、並び立つビル群はどれも崩壊し、
見渡す限りの廃墟、そして
破壊の限りに暴力が吹き荒れたであろう、その場所こそは――
改めて千雪は、再び先程の遠景へ目を細める。
轟音を響かせ嵐が近付く中、落雷に浮かぶ赤い鉄塔……それは醜悪に
「東京、タワー……では、ここは。ここは、
――遺都、東京。
嘗ての日本皇国の
それもその筈、この場所は滅びて
西暦2092年、日本皇国へのパラレイドの初の本土攻撃で、この場所は壊滅した。死者一千万人以上を出した
日本皇国
世界は、地球人類はもう……戦う力以外を生み出すことができない。
それが悲しいまでに今の時代の現実だった。
「ここが本当に東京ならば……少し
千雪はヘッドギアを脱いで、濡れた空気の中に黒髪を掻き上げる。
同時に、隣の【シンデレラ】のハッチが開いて、蹲る機体から一人の少年が落ちてきた。
「痛ッ! こら、れんふぁ! なんで怒ってるんだ、蹴飛ばしたな? ああ、見ろっ! ズブ濡れになったじゃないか。と、兎に角、お前も降りてこいよ。ほら!」
立ち上がった統矢は、濡れた学ランを気にしながらコクピットを見上げる。彼が手を伸べると、高さ2m程で真下を向いてしまったコクピットから、白い脚が現れた。統矢が優しく手を添え支えてやると、もう片方の脚が遠慮なく彼の頭を踏む。
そうしておっかなびっくり外へ出てきたれんふぁは、寒さに震えながら周囲を見渡した。
「こ、ここは……あれ? わたし、この場所を知ってる……? どうして、記憶が……うっ! あ、頭が」
「おい、れんふぁ? 大丈夫か? 寒いよな、ちょっと待て。おい、千雪!」
統矢はすぐに上着を脱ぐと、それを肩も
すぐに千雪もコクピットから降りると、二人へと雨の中を駆け寄る。
そして、震え出したれんふぁを真っ先に抱き締めた。
「大丈夫ですよ、れんふぁさん。私がついてますから」
「千雪さん、わたし……わたし! ここ、知ってる……ここは、うう、っあ! あ、うう……ここは、この場所は」
「無理しないでください、れんふぁさん。思い出さなくてもいいんです、今は生き延びることを考えましょう。このままでは風邪を引いてしまいます。どこかで雨風を
千雪が抱き寄せたれんふぁは、胸の上に顔を埋めて震えている。まるで、なにかに
だが、それよりも今はサバイバルが優先だと千雪は心に結ぶ。
統矢を見やれば、彼も大きく頷いてくれた。
「千雪、ここは……俺にもわかる、わかるぞ。ここは東京……嘗ての皇都。皇国の
まるで自分に刻み込むように、その言葉を統矢は重々しく
自分の中で出血する心の傷へ、乾いて
パラレイドに故郷の北海道を消され、最愛の
そして千雪は、改めて気付かされる。
彼はやはり、更紗りんなに
目の前の惨状を見て、また統矢の瞳が暗く燃える。
りんなとの死別を認めて受け入れ、過去に別れを告げた統矢。
彼の中でまだ、その喪失感だけはリアルな今の全てなのだろう。
そんな彼の横顔を見やれば、不思議と千雪は豊かな胸の奥が
「よし、このままいても
「あ、統矢君」
「れんふぁのこと、頼むぜ? れんふぁ、ちょっと行ってくるからな……寒いだろうから、千雪とコクピットに入ってろ、な?」
四つん這いの【シンデレラ】を屋根にしながらも、肌寒さが這い上がってくる。冷たい雨が降りしきる中へと「っし!」と気合を入れて、統矢は走り出していった。その背中が、雨に煙る中へと消えてゆく。
彼が走る先に、ボロボロになりながらも立ち尽くす巨大な建物があった。
あのライオン像が鎮座する玄関は、千雪も知っている有名な
統矢の背中が百貨店の中へ消えると、千雪は改めて抱きしめる腕に力を込める。
震えるれんふぁの体温を閉じ込めるようにして、優しく頭を
長身の千雪より小さなれんふぁは、ようやく少し落ち着いて顔をあげた。
「さ、れんふぁさん。統矢君が戻るまでコクピットに戻りましょう。ここは寒いです」
「う、うん。ごめんなさい、千雪さん……わたし、千雪さんに助けられてばかり。統矢さんにも」
「統矢君は優しいですから。凄く、優しいんですよ? いつも買い食いする時は、なんでも半分にして小さい方を私にくれます。荷物だって軽い方を持ってくれるし、愛機の、97式【
「ふふっ、千雪さんて統矢さんのこと、凄くよく見てるんですね。でも、わたしも知ってます。統矢さんて、最初は怖かったけど……とても、優しい男の子だなって」
頷き千雪は、少し濡れたれんふぁの髪を撫でる。
だが、ぴたりと身を寄せてくるれんふぁの
「千雪さん、わたし……わたしたち、次元転移? しましたよね」
「ええ。【シンデレラ】自体が、れんふぁさんを乗せて先の戦いで次元転移して現れた機体です。だから不思議はないのですが……驚きました」
「わたし、わたし……千雪さん、わたし。知って、るんです……覚えてる。思い出せない記憶のどこかで、わかってる。千雪さん、次元転移って、本当は次元転移って――」
近くに雷が落ちて、その閃光が不安げなれんふぁの顔に
遅れて
唇を震わせれんふぁは、確かに言った。
本当は次元転移は――
だが、その言葉の意味を聞き返そうとした時、
「悪ぃ、待たせた! あの中、割りと大丈夫そうだ。とりあえず、移動しよう」
「統矢君、それ……」
「ん? ああ、ちょっと
「私の改型参号機に、サバイバルキットが積んでありますが」
「【シンデレラ】は実験用にアレコレ機材を繋げてたからさ……積んでないんだ、サバイバルキット。それに、れんふぁも入れて三人じゃ、あっという間に食べ切っちゃうぜ」
「私は少しで大丈夫ですが……」
「なに言ってんだよ、すげえ食うだろ、お前。いつも見てて、感心する程に食うからな。それに……今後もなにかある、ありそうだからさ。サバイバルキットは温存して、現地調達。これ、サバイバルの鉄則だろ? な? ……なに怒ってるんだよ、千雪」
気付けば千雪は、また頬を膨らませてむくれていたらしい。
無表情のジト目で統矢を
そして、首を
「な、なんだよ。千雪が怒って、れんふぁが笑って……俺、なんか変なこと言ったか? いやあ、こいつすげえ食うんだよ、れんふぁ。お前も知ってるだろ?」
「ふふ、いや……そうだなーって。でも、よく見てるなーって。わたしも、千雪さんの食べっぷりのいいとこ、好きです」
「……なんだか、私……恥ずかしい、です、けど」
れんふぁがようやく千雪から離れると、代わりに統矢が傘を押し付けてきた。
きっと、買えば数万円はしそうな高級品に見える傘だ。この時代、物価は上がって
千雪たち
全て、過去の話だ。
パラレイドとの戦いが始まってから、ゆるやかに日本皇国は世界と共に
そして、この場所が……東京が壊滅して、それは決定的になったのだ。
「あっ! ……俺の分の傘も持ってくればよかった。いや、婦人用しかないからつい……そんなこと言ってる場合じゃないのにな」
「統矢君……」
「だからな、千雪……かわいそうな奴を見る優しい目はやめろって。お前、れんふぁとその傘でこいよ。俺、ひとっ走りして先に行ってるからさ」
そう行って統矢は走り出す。
自然とれんふぁの笑みが千雪にも伝染して、異変続きの緊張感が和らいだ気がした。
そして、れんふぁの意外な一言が千雪をドキリとさせる。
「ふふ、わたしってば少し
「そ、それは……れんふぁさん、そういうこと言う人、嫌いです」
「だって、なんかわかっちゃったんだもん。千雪さんってぇ、ふふ、うふふふ。かわいいなぁ、千雪さん。わたしは好きだなぁ。千雪さんって」
「さ、行きますよ」
千雪は頬が熱く
傘を持つ千雪の腕に、嬉しそうにれんふぁは腕を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます