第二話 青天の闇

 にわかに外が騒がしくなってきた。

 人々の叫び声や怒鳴り声が宮殿の外に響き渡り始め、壹与いよは祈りを捧げるために閉じていた目を開けた。

 その時、伊予国王が転がるように祈祷の間に飛び込んで来た。


「大王、天幕をご覧ください!」


 血相を変えて飛び込んで来た王は、壹与の背後に下げられた天幕を指差した。

 壹与はゆっくりと体を半回転させて天幕を見上げ、小さく叫び声を上げた。

 そこには無数の三日月の形をした光が散らばり、木の影に合わせてゆらゆらと揺れていた。






 狗奴国くなこくでもあちこちに突然現れた月型の光に、兵士達が混乱していた。

 強い日差しを受けて地面に降り注ぐ木漏れ日が、竹かごを通り抜ける日差しが、すべて月の形の光となっていたのだ。


「噂どおり、月の神がお怒りになったのだ」


「邪馬台国の女王を捕えたため、お怒りになられたのだ」


「噂では、暗黒が世界を覆うらしいぞ」


 兵士らは青い顔をして口々に噂し合った。

 狗奴国を治める呉の人間に月読つくよみ信仰はなかった。

 しかし、筑紫島つくしのしま内の海人族あまぞく達の間では、ここしばらくその話題が持ち切りであったため、彼らも興味半分で聞き及び、内容を知っていたのだ。

 そしてこの時、いたる所に現れた月形の光を目の当たりにして、彼らは初めて、月の神の存在に恐怖を覚えたのだった。






「やけに騒がしいな」


 女王の舞を楽しんでいた狗奴国王は、ざわめきだした外の異変に気付き、忌々し気に東側の窓を見上げた。

 次の瞬間、王に向かい合って座っていた家臣が彼の膝元を指差し、大声を上げた。


「王! それをご覧ください!」


 声を荒げる家臣に、一層不機嫌そうな表情を浮かべ、王は自分の膝元に目をやった。

 そして彼は、そこにあった光景に驚き、咄嗟に立ち上がりかけたが、腰を抜かしたように再び尻をついた。


「なんなのだ、これは!」


 乾いた床の上には、木々の間を抜けてきた光が窓から注ぎ込み、折り重なるように無数に揺れていた。

 だがよく見ると、その木漏れ日のひとつひとつが、三日月のような形をしていたのだ。

 震えながら王が顔を上げると、その眼前には鋭い剣先が待ち構えていた。

 そこには突き刺すようなまっすぐな視線と、研ぎ澄まされた切っ先を向ける月読がいた。


「月の神の怒りだ」


「おま……、男?」


 初めて発せられた月読の声を耳にして、狗奴国王は目を大きく見開いた。

 王は手を腰の剣に伸ばそうとしたが、震えでなかなか柄を掴むことができなかった。


「私は邪馬台国の皇子、月読命つくよみのみことだ」


「月読……?」


 一気に室内がざわめき立った。

 筑紫島内の海人族達が信仰する月読神については、彼らも当然知っていた。

 その神の名を持つという皇子が月の形をした光と共に現れ、その場にいた者達は皆震え上がった。


「狗奴国は本来、我々倭人のものだ。今日はそれを取り戻しに来た」


 そう言って、月読はいきなり王の脇腹を突き刺した。

 うめき声を上げて前のめりに崩れた王は、床の上でのたうち回った。

 顔色を変えることなく剣の血を振り落とし、家臣達を見回す月読の鋭い視線に、誰もが震えながら後ずさりした。

 ただ一人、王のそばに控えていた護衛の男だけが剣を抜き放ち、彼に向かって来た。

 しかし、素早く駆け寄った牛利ぎゅうりの剣がそれを止めた。


「お前の相手は私だ」


 重なった剣越しにそう言う牛利の顔を間近で見て、男は目を見開いた。


「お前は……百人斬りの牛利!」


「ほう、紹介が省けたな」


 牛利はにやりと笑い、弾かれたように一旦男と距離を置いた。

 そして剣を構え直した彼は、再び男に飛びかかって行った。


「私も昔、呉と魏の国境近くで戦っていたのだ。どこかで見た顔だと思っていたが、まさかお前とは……!」


 牛利の剣を受け止めながら、男は怯える王の家臣や兵士に向かって声を上げた。


「皆の者恐れるな。こやつらの兵は数少ない。尋常無く強いのはこの男だけだ。こいつは私が相手をする」


 男の呼びかけに、月読の存在に怯えていた者達も、恐る恐る剣を抜いて構え始めた。

 同時に部屋の外で控えていた月読の兵らがなだれ込み、双方の間で戦いが始まった。




「急所は外した。とどめはお前が刺せば良い」


 月読は王に剣を向けたまま、傍らに立つたけるに向かってそう言った。

 建はだまって剣を握りしめ、ゆっくりとうなずいた。

 それを見届けると、月読は身を翻し、戦いの渦へ飛び込んで行った。


「建……図ったな……」


 母を味方の兵に託し、剣を手に近付いて来た建を、狗奴国王は壁に寄りかかりながら睨みつけた。

 建は冷ややかな視線と剣先を、黙って王に差し向けた。

 狗奴国王の兵らは下手に手出しもできず、息を呑んで彼らの様子をうかがっていた。


「魏の犬である、倭国の皇子になぞそそのかされおって」


 荒い息を吐きながら脇腹を手で押さえ、王はゆっくりと立ち上がった。


「未だまじないなんぞに頼っているような国が、魏から独立できるはずがない。いずれ魏の属国になるだけだ。結局、お前達に自由はない」


 吐き捨てるようにそう言う王の首元に静かに剣を突きつけ、建は落ち着いた様子で語った。


「我々はこれから新しい国を造る。小さな島国であっても、大国と対等に付き合えるような国を造ってみせる」


 そのとき、一人の兵士が剣を振り上げて建に襲いかかって来た。

 彼はそれをかわすと、勢いで前のめりに倒れかけた兵士の背を斬り捨てた。

 飛び散る血しぶきを目の前にして、王は「ひい!」と叫び声を上げて腰を抜かした。

 建は、這うように逃げる王の後を追い、背後から腿に剣を振り下ろした。


「これは殺された父の分だ」


 王は刺されたももを抱えて再びのたうった。

 続けて建は、丸くなって悲鳴を上げる王の肩を刺した。


「これは凌辱りょうじょくされた母の分だ」


 とどまることなく、引き抜いた剣を両手で高く掲げた建は、王の心臓めがけて背中から力一杯突き刺した。


「最後は私達兄弟と、お前達に迫害されてきた熊襲国くまそのくにの民の分だ!」


 王が絶命するのを手応えで感じながら、建は涙を流していた。






 牛利は少し焦っていた。

 少数しかいない味方の兵を思うと、さっさと目の前の男を片付けて参戦したかったが、王の護衛についていたこの男は、予想通りかなりの手練てだれであったのだ。

 これまで剣さばきで牛利の速度について来られる者は殆どいなかった。

 だがこの男は、次々と振り下ろされる彼の剣にも、がっちりと食いついてきたのだ。


「百人斬りの牛利も年老いたか。お前の力はこんなものか」


 男は刃を絡める牛利の目を睨みつけながら、嘲笑した。

 大陸風の兜の下に隠れていたその顔を間近で見ると、まだ若者のようだった。

 一瞬牛利の中で、同じ年頃と思われる月読や覇夜斗はやとの顔が重なった。


「当時少年兵であった私が、敵ながら憧憬どうけいの念を抱いていたのは、この程度の男なのか?」


 男はそう言って反撃してきた。

 勢いと重みのある男の剣に、牛利の足は後退した。






「雨でも降るのかな」


 暗くなり始めた空を見上げながら、野猪のいはつぶやいた。

 しかし、空には雨雲どころか雲ひとつ見当たらず、彼は怪訝そうに首を傾げた。

 男鹿の指示で船隊を整えた彼らは、狗奴国の港から死角となる島影の海上にいた。


「言ったろう。月が太陽に重なり始めているんだ。じきにもっと暗くなる」


 男鹿の言葉に、野猪は再び空を見上げて太陽を探した。


「太陽を直接見るな。目がつぶれるぞ」


 男鹿は野猪の袖を引いてその場に腰を下ろすと、再び盾の穴から射し込む光を船の床に当てて見せた。


「見ろ。さっきより月の形がやせている」


 確かに、さっきまで三日月型だった光が、今は弓なりの細い筋のようにしか見えなかった。

 先ほどこの月のように見えている光が太陽であり、黒い影がそれに重なる月であると男鹿から説明を受けた。

 だが野猪にはどうしても、空の太陽の姿がこの小さな光に集約されているとは考えられなかった。

 第一、月が太陽に重なると言われても、彼にはぴんとこなかった。

 昼間の太陽と夜の月がひとつに重なるなど、日食という言葉もまだない当時の常識では考えられなかったのだ。

 だが現実に男鹿の言う通り、月形の光が現れ、あたりは徐々に暗くなりつつあった。

 そしてその経過を、いつになく目を輝かせて見守る男鹿の姿に、野猪は自分の理解の範囲を超えた彼の可能性を感じていた。


「まったくすごいよ、張政ちょうせい様は。私はまだまだ知らないことばかりだ」


 大きく見開いた目で小さな光をじっと見つめ、男鹿は興奮気味につぶやいた。

 そんな男鹿の様子を、野猪は再び首を傾げて見つめていた。

 次の瞬間、我に返ったように立ち上がった男鹿は、薄暗くなった空を見上げた。


「この暗さなら、もう港から我々の船団は確認できないだろう。今から港へ向かう。黄幢こうどうを掲げる準備は整っているか」


「は……はい!」


 不意に言われた野猪は慌てて立ち上がり、若い指揮官の顔を見上げた。






 暗くなり始めた空に、宮殿内は既に闇に包まれつつあった。

 倭国と狗奴国の両兵は、少しでも明るい場所を求めて、建物の外へ移動しながら戦い続けていた。

 戦いに集中している彼らは、徐々に暗くなってゆく空に、まだ違和感を抱いてはいないようだった。

 牛利は未だ宮殿内で手を焼いているようで、圧倒的に兵の少ない倭国軍は苦戦していた。

 手練の兵を揃えて来たとはいえ、一人がさばける人数には限界があった。


「皇子!」


 敵を斬り捨てながら、建が月読のそばへ駆け寄って来た。


「仇は討てたか?」


「ああ、感謝する」


 月読と背中を合わせて剣を構えた建は、敵を見据えて静かに言った。

 その横顔に、月読は何かを決意した大人の男を感じた。


「牛利は、まだ中か」


「ああ、相手もかなりの手練らしい」


「まずいな。兵士達も疲れ始めている」


 際限なく襲いかかってくる敵と刃を交えながら、月読は眉間に皺を寄せた。

 その時、薄闇の向こう、宮殿の門のあたりから叫声があがり始めた。

 同時に竹で岩を叩くような乾いた音と、地響きが群れとなって近付いて来た。


「皇子! 無事か?」


 それは四肢で立つ大きな動物に股がり、矛を手にした覇夜斗だった。

 そして彼の後ろには、爾岐にぎと武装した大軍が続いていた。


「覇夜斗! 間に合ったか!」


 彼らの顔を見て月読は笑顔を見せた。

 覇夜斗は足元の敵兵を矛で払うように斬りながら、皇子達のそばへ近付いて来た。

 爾岐は少し離れた場所で、彼らに近付こうとする敵を大鉈おおなたで振り払っていた。


対馬つしまから合流してきた魏の兵が、馬を連れて来ていたのだ。おかげで熊襲からここまで、あっという間だった」


 覇夜斗はそう言って、白馬の首筋を愛し気に撫でた。

 馬の存在は聞き知っていたものの、現物を初めて目にした月読は、目を丸くしてその大きく美しい生き物を見上げた。


「熊襲……?」


 覇夜斗と初対面であった建は、彼の口から自分の国の名が出て驚いた。

 覇夜斗はそんな建の様子を見て、彼が誰なのか悟ったようだった。


「おぬしが熊襲の王子か。安心しろ。熊襲を襲って来た狗奴国の兵は、我々が一掃した」


 弾かれたように振り返った建の目に、優しく微笑む月読の姿があった。

 狗奴国王から母国が既に侵攻されていると聞き、絶望していた建は、涙を浮かべて皇子に深く頭を下げた。

 月読はそんな彼の肩を掴み、目に力を込めて言い聞かせるように言った。


「礼なら、ここから生きて帰って男鹿に言うんだな。狗奴国王が期日を守らぬと踏んで、あの者が彼らを先に送ったのだ」


「話は後にして、早くこやつらを片付けませぬか」


 馬上から大鉈を振り回し、ほうきで掃くように敵を斬り捨てながら爾岐が言った。

 月読達は顔を見合わせると、剣を握り直し、それぞれ敵に向かって行った。







 牛利と男は、すっかり暗くなった宮殿の中で戦っていた。

 窓から射し込む弱々しい陽の光が、時折相手の影を映し出し、それを頼りに剣をぶつけ合うと、闇の中に火花が飛び散った。

 いつになく激しく息をつきながら、牛利は己の動きが鈍化していくことを感じていた。

 避けきれなかった男の剣が何度かかすり、彼の体のあちこちには血が滲んでいた。

 相手も同様にいくつか傷を負っていたが、牛利より若い分、体力では有利に思われた。

 突然、牛利は剣を下ろし、息を整えるように深呼吸をした。


「もう、終わりか?」


 動きを止めた牛利に、男は勝利を確信したようだった。

 そして間髪入れずに、決着を付けようと剣を振り上げて飛びかかって来た。

 その瞬間、牛利の目がぎらりと光った。

 彼は決着を急いだ男に生まれた隙を見逃さなかった。

 振り下ろされた剣を寸前でかわし、男の懐に潜り込むと、背後に回ってその膝の皿を突き、骨を砕いた。

 男は回転しながら床に倒れ、膝を抱えてうめき声を上げた。

 牛利は男を見下ろして剣を鞘に納めた。


「これでもう、お前の足は使い物にならぬ。これからは血生臭い生き方以外の道を見つけるんだな」


 そう言って男に背を向け、月読のもとへ急ごうと駆け出した牛利の右腕に違和感が走った。

 同時にどさりと鈍い音がして、何かが床に落ちた。

 見るとそれは彼の右腕だった。

 男が残された足で立ち上がり、倒れながら体重をかけて腕を切り落としたのだ。


「なぜ急所を刺さなかった。百人を相手にしても必ず全員の息の根を止めるのが、お前のやり方だったはずだ」


 男は牛利を見上げて、絞り出すような声で訴えた。


あやめることをためらうようになったお前に、右腕はいらぬ。だから切り落としてやった。そして、戦えなくなった私に、もう生きている意味は無い」


 男はそう言って不敵な笑みを浮かべると、自分の心臓を突き刺した。






 狗奴国の兵達が突然騒ぎ始めた。

 曇天どんてんのせいだと思っていた空の異変に、彼らもようやく気が付き出したのだ。

 まるで夜が訪れたかのような暗闇があたりを取り巻き始め、見上げた空には星まで瞬いていた。


「まだ昼間だろう? なぜ空に星が……?」


「月の神の怒りでこの世が暗黒に包まれるという噂は、このことか?」


 兵士らは震え上がり、剣を捨てると、その場にひれ伏して降伏の意を表した。

 覇夜斗が率いる騎馬隊が合流してから、形勢は完全に逆転していた。

 その上、恒久的な存在であると思われていた太陽が空から消えるのを目の当たりにし、狗奴国の兵達は抵抗する気力を完全に失ったのだ。


「この地は呪われている。どこかへ逃げよう」


 一部の兵達は、船でこの地を離れようと港を目指して駆け出した。

 右往左往し始めた狗奴国の兵達を、月読達は剣を下ろして呆然と見つめていた。


「今なら、奴らを全滅できるぞ」


 覇夜斗が、混乱する狗奴国兵をあごで指しながら言った。


「抵抗せぬ者を斬る必要は無い。もはやこの国は体を成していない」


 小さく首を振りながらそう言う月読に、覇夜斗はちっと舌打ちをした。

 それから彼は馬上から皇子に手を差し伸べ、にやりと笑って見せた。


「戦わぬなら暇になる。港にあの学問馬鹿を見に行こう」


 覇夜斗の言葉に、月読も笑みを浮かべて彼の手を握った。

 そのまま馬上に引き上げられた月読は、手綱を握る覇夜斗の前に股がった。

 改めて間近で巫女の衣装をまとった月読の姿を見た覇夜斗は、軽く鼻の頭を掻いた。


「町で偶然出会っていたら、口説いてしまいそうだ」


「ごめんこうむる」


 眉をひそめて前を向いた月読に、覇夜斗は腹を抱え、声を殺して笑った。



 二人を乗せた白馬は宮殿の門を出ると、港を目指して暗闇の中を駆けていた。

 道すがら、白馬に乗り白い装束をまとった彼らを、狗奴国の兵は勿論、倭国の兵達もその場にひれ伏して見送った。

 あたりが少しずつ明るさを取り戻しつつある薄闇の中、白く浮き上がる彼らの姿は、誰の目にも尊いものとして映ったのだった。






 狗奴国の港は、呉からの移民と思われる老若男女でごった返していた。

 月形の光が現れてから、この地に恐怖を覚えた者達が、母国に帰ろうと集まって来ていたのだ。

 重ねて青天の空から太陽が消えるという現象に遭遇した彼らは、この世が終わるのではないかとの恐怖におののき、数の限られた船を奪い合い争っていた。

 中には武装した兵士もおり、武器で脅して女子どもを追いやる姿も見られた。


「あれはなんだ?」


 一人の男が海上を指差して叫んだ。

 太陽が光を取り戻し、視界が開けた瞬間、湾の中央にある島を背に左右に伸びる黒い影が突然現れたのだ。

 近付くにつれ、それが群れを成す倭国の船団であると知った移民達は、観念したようにその場に膝を落としていった。

 横一線に並び航行してくる船団は、港を広く取り囲むようにして距離を縮めて来た。

 船団の中央を航行してくる大型船の舳先には、港をまっすぐ見据える男鹿の姿があった。

 そうして港のそばまで来ると、男鹿は片手を上げて後方に合図を送った。

 すると、彼の船とその左右を固める大型船の甲板に、黄色い幕状の旗が高々と掲げられた。


「黄幢だ!」


 移民達は風に大きく翻るその旗を見て一斉に青ざめ、腰を抜かす者も続出した。

 見覚えのあるその旗は、魏の後ろ立てを表す黄幢だった。

 本国で魏との戦や迫害の恐怖から逃れて来た彼らにとっては、二度と目にしたくない旗だった。

 倭国に抵抗すればその背後に強国である魏が控えていることを知り、彼らは絶望感に打ちのめされて大人しくなった。

 誰からともなく船から港へ引き返し、移民達は海に向かってひれ伏した。

 その正面には、倭国の船団が居並び、船上から兵士らが彼らに向かって弓を構えていた。

 間もなく、額を地面に擦り付ける移民達の前に、白馬に乗った月読と覇夜斗が現れた。

 いつしか空はほぼもとの青さを取り戻し、太陽が天高く輝いていた。


「私は邪馬台国の皇子、月読命だ。狗奴国は倭国が取り戻した。王もすでにこの世にはいない。この地を倭国が治めることに異議のある者はあるか」


 馬上から静かに、しかし有無を言わさぬ口調で言う月読の言葉に、移民達は一層地面に額を押し付けて身を震わせた。

 そんな彼らが手をつく地面には、先ほどとは逆向きに弧を描く月型の木漏れ日が、静かに揺れていた。

 彼らはそれを見て、完全に抵抗することを諦めた。

 自然を神と崇める習慣を持たない彼らも、数々の奇跡と共に現れた皇子に、倭人達が敬う神の存在を実感し始めていたのだ。


「この国には、本当に神というものが存在するのだ」


 武力で抑圧される恐怖は身に染みている彼らであったが、自然をも味方にする月読へ対する恐怖は、それ以上のものとして受け止められたのだった。

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