エピローグ

エピローグ

「うふふ。今度、ママといっしょにスクーバダイビングを習うことにしたの。いいでしょう?」

 橘今日子は昼休み、誰彼かまわず自慢して歩いた。とうぜん、僕の耳にも入る。


 うらやましいにもほどがあるぞ!

 文句のひとつもいいたいところだけど、橘の顔を見ているとそういう気にもならなかった。いつもなら、嫌味たっぷりに自慢するところだが、きょうの橘の顔は晴れ晴れとしている。ほんとうに楽しそうだ。


 なんにしろ、母親といっしょにはじめたってことは、僕とハルカの説得が効いたってことだ。

 つまり両親を説得して海に潜ることを選んだ。そして両親が折れたってわけだ。


「よかったじゃないですか」

 遠目で橘を見ていると、後ろから白鳥さんが声をかけてきた。たぶん、僕と同じようなことを考えているんだろう。


「ちぇっ、大学生くらいになるまで待って、自分のお金で行けばいいんだ」

「きのうと、いってることがちがいます」

「いいじゃないか。今の僕は夢探偵じゃない」

「しっ」


 白鳥さんは人差し指を口の前で立て、内緒の合図をした。僕はさりげなく教室を出る。白鳥さんもすこし遅れてあとに続いた。僕らはそのまま校舎裏に行く。


「それにしても橘のやつ、人の夢を盗もうとしたのに、堂々としすぎだろ」

「夢怪盗が夢の中で死んだことで、夢怪盗に関する記憶を失ってるはずです。そしてたぶん、橘さんの別人格も消えてます。だから晴れ晴れしてるんですよ」

 え、そうなの? だったらあのはしゃぎようも、しょうがないか。


「ジロー君が橘さんの呪縛を断ち切ったんです」

 断ち切った。文字通り、刀でぶった切った。


「ちんぷんカンガルー一族は、夢をうばわれた被害者だけでなく、橘さんやその家族も不幸にしていた。あの夢怪盗はいてはいかないかったんです」

「そうかもね」

 きっと僕たちはいいことをしたんだろう。そう考えたら、すこし幸せになる。


「あー。いたいた」

 とつぜん、僕を指さすやつがいた。ショートカットでジーンズ姿の活発そうな女の子。よく見ると、児童会長、渡満里奈だった。


「夢探偵!」

「しーっ」

 僕と白鳥さんは人差し指を立てる。


「あー、ってことはそっちの女の子。君が片割れ?」

「え、……いや、なんのことですか?」

 白鳥さんは明らかに態度がおかしい。


「ねえ、あたしも仲間に入れてよ」

「さあ、なんのことやら」


 え、勧誘しないの?

 たしか、前は助けた人はひととおり勧誘してたっていってた気がするけど。


「えー、ひどいなあ。秘密なの? だけどこの子の顔はしっかりと覚えてるけど」

 そういって僕を指さす。


「どこにでもある、ありふれた顔ですから」

 白鳥さんはなにげに失礼なことをいう。


「ふ~ん、まあいいや。また来る。あきらめないからね」

 満里奈はそういって立ち去った。


「今度は誘わないの?」

「もう店員オーバーです」

 仲間はひとりでよかったのか?


「数がいっぱいいればいいってもんじゃありません。信頼できる相棒がいればそれで充分です」

 そういって、なにげに顔をぽっと赤くする。

 まあ、たしかにおおぜいで秘密を共有するより、ふたりだけの秘密ってのも悪くない。


「というわけで、今後もよろしくお願いします」

 白鳥さんはぺこっと頭を下げると、ぱたぱたとかけ去っていった。


「今後か。……次の夢怪盗はどんなやつかな?」

 僕はひとりごとをつぶやくと、教室に戻った。


 終わり

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夢探偵Yジロー 南野海 @minaminoumi

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