4 夢探偵って楽しそう?

「起きろ、ジロー」

 僕はいきなりゆり起こされた。目の前にはハルカが立っている。もちろんコートに帽子姿の夢探偵の方だ。


 え、どういうことだ?

 僕は混乱した。これは夢のはずだ。だけど、今起こされたってことは、まさか今までのが夢? いや、そんなはずはない。


「事態がよくわかってないようだね、ジロー」

 っていうか、呼び捨てかよっ!


「たしかにここは夢だけど、ひとつの現実世界でもある。そう思えないかい?」

 たしかにここには現実世界と変わらないリアリティがある。現にここは僕の部屋だが、今寝ているベッドといい、本棚や机の状態といい、まったくそのままだ。細かい部分すべてが再現されている。


「だとすると、こっちが現実で、さっきまで現実と信じていた世界こそが夢かもしれない」

 ハルカはわけのわからないことをいいだした。


「たとえば、この本棚にある本を見てみよう」

 え?

「『ぼよよんモモコ先生』、美人の巨乳先生のパンチラやヌードが出てくるエッチなマンガだね」

 ちょ、ちょー……。

「それからなになに……。『美少女戦隊エロレンジャー』、五人の美少女がエッチな姿で戦う、やっぱりエッチなマンガだね」

 や、やめてー……。

「あとは、ええっと、『はじめてのオツパイ』、これは……」

「そ、それと、ここが夢か現実かって話とどんな関係があるんだよ!」

「まったくなんの関係もない」


 なんだとぉおおおお!


「エッチなマンガが並んでたから、君がどれだけエッチか確かめたかっただけだ」

 ふざけんな、てめぇええええ!

「くすっ。思った以上のエッチだな、君は」

「やかましいわっ!」

 くそ。これは昼間さんざんポエムで馬鹿にしたことに対する仕返しにちがいない。だ、だったら……。


「ふん。ハルカはエッチには興味がないらしいね。なにせ春の風は瑠璃色だから」

「はは。そうさ、春の風は瑠璃色、夏の風は翠色、そして秋の風は琥珀色、でも冬の風は灰の色。だけど嘆くことはない。なぜなら風はふたたび瑠璃色に戻る。けっして死に絶えることはない。風には熱き血潮が流れている。まるで君の胸の中のように」

「ほっときゃいつまで続くんだ、それっ!」


 攻撃したつもりが返り討ちにあった。白鳥さんは死ぬほど恥ずかしいらしいが、こっちのハルカはポエムを垂れ流すのが死ぬほど好きらしい。からかったつもりが大喜びでノってきやがる。


「じゃあ、そろそろ本題に入ろうか」

 さっさと入れよ。


「まず夢探偵になるのに大事なことは、夢の世界を現実の世界だと信じることだ。そうすることによって、たしかな世界観を作り上げることができる」

 なるほど。それこそさっきまでいた現実の世界こそが夢の中だと思えるくらい、ここが現実の世界だと思えということか?


「同時にここが夢の中だと自覚する必要がある」

「なんだって?」

「だってそうだろ? 夢の中じゃなければ現実以上のことはできない。たとえばあたしが姿を変え、異様に強いのも夢の中だからだ」

 うん、そりゃたしかにそうかもしれない。


「だからここは夢の中であると同時に現実でもある。そういう矛盾する要素を受け入れないとだめなのさ」

「むずかしいな」

「そうでもないよ。ちょっとやってみようか?」

 ハルカはにっと笑う。


「まず場所を変えよう。ここを君の部屋じゃなく、教室だと思うんだ。細かいとろこまでイメージして。ほんとうに教室にいると思いこむのがコツさ」

 イメージ? それだけで変わるのか?


 とにかくやってみることにする。まず正面の黒板。その上には時計。教壇に花瓶。左の壁には窓。ずらりと並んだ机と椅子。

 それにともなってまわりの景色が激変した。せまかった僕の部屋がぐんと広がったと思えば、あったものが霧のように消え、かわりに教室の備品がつぎつぎと現れる。

 あっという間に、僕の部屋は教室に変わった。


「すごい、すごい、やっぱり才能あるよ、ジロー」

 ハルカが笑顔で拍手をする。


「君は図工や音楽が得意だからね。そういう人は見たものや聞いたものを頭の中で再現する才能があるんだ。きのう、君の夢の中に入ったとき見た海や島はそれこそ現実のものにしか見えなかったよ。だから才能があるっていったんだ。優秀な夢探偵になるにはそういう才能が必要なのさ。ひょっとすると君は天才かもしれない」


 え、天才?

 ちょっぴりいい気分になった。僕は誰かに褒められることはあまりない。ハルカが僕に夢探偵の才能があるといったのは、適当な話ではなく、それなりに根拠があったらしい。


「今は君の夢の中だから、自由にまわりの世界を変えられる。だけど夢探偵の舞台は他人の夢の中だ。そこじゃあ、ここまで自分勝手はできない」

「だけどあの夢怪盗は僕の夢を吸い取ろうとしたじゃないか」

「そう。あいつらは暗示を与えることで、夢の主の意識を操る。一種の催眠術のようなものさ。あの掃除機で夢ごと吸い取られそうになったけど、あれは君自身がイメージしたんだ。あいつらに操られてね」

 そうだったのか。まわりの景色ごと掃除機に吸い込まれそうに見えたのは、僕がそうイメージしたからか。


「まだわからないことがある。ハルカ、君は僕の夢の中だけど、姿を変えているし、能力だって現実の自分とはちがうだろ?」

「他人の夢の中で、他人の夢を書き換えることはそうそうできることじゃない。だけど、その中に入りこむ自分自身に関することは別さ」

「ちょっと待って。そもそもそこがわからない。どうやって他人の夢の中に入りこむんだい?」

「入りこむ夢の主の世界観に自分の世界観を同調するんだ。ようするに相手のイメージと自分のイメージを合わせるんだけど……」

「同調するって、どうやって?」

「一種のテレパシーだよ。これはあたしの特殊能力なんだ」

「え、じゃあ、僕には無理じゃないか?」

「だいじょうぶ。あたしといっしょなら入れる」


 正直すこしがっかりした。つまり、僕はハルカといっしょでなければ夢探偵として活躍することはできない。助手みたいなもんだ。

「がっかりするなよ。もともとひとりで他人の夢の中に入って、夢怪盗と戦うのは危険なんだ。刑事だってふたり組で行動するだろ? あたしには相棒が必要なんだ。もちろん、ジローにもね」

「まあいいさ」


 よく考えたら、たったひとりで他人の夢の中に入るなんて、まっぴらごめんだった。ハルカといっしょだからおもしろそうと思っただけで……。


「そうそう、人生前向きに考えないとね。よし、じゃあ、これから夢の中でどんなことができるかやってみよう」

 ハルカは近くの机を親指と人差し指でつまむと、ひょいと肩の上まで持ちあげる。


「こんなことはじっさいには不可能だよね。だけど夢の中じゃできる」

「だけどよく考えたら変だぞ。僕ができるのなら僕の夢の中だからってことだけど。どうしてハルカが僕の夢の中でなんでもできるんだ?」

「さっきもいったけど、あたしがジローの夢の中に入るときは、あたしとジローの夢の世界観を同調するんだけど、そのとき暗示をかけているからさ。『夢探偵は他人の夢の中だろうとこんなことができるぞ』ってね。だから、こんなことをしてもジローは受け入れちゃうんだ」

 ハルカは指でぴんと机をはじく。机は空中で砕けちった。


「だけどなんでもかんでもできるわけじゃない。とうぜん、制限はあるよ。暗示をかけるにしてもあれもこれもってわけにはいかないんだ。一度にかけられる暗示には量や強さに限界がある」

「なるほど」

「ジローもやってみよう。なあに、自分の夢の中だ。かんたん、かんたん」

 一瞬僕は考えた。ハルカと同じことをやっても芸がない。


「なにか武器を出せる?」

「イメージしてごらん。君ならかんたんに作り出せるよ」

 日本刀をイメージした。長いけど片手で振り回るくらい軽く、とにかく切れそうなやつを。

 次の瞬間、僕の手には日本刀が握られていた。

 抜いてみると、ぎらりと鈍く光る刃。ほんとうになんでも切れそうな気がする。


「やああ!」

 僕はそれを振るった。壁、床、天井がずっぱりと切れ、教室がまっぷたつ。僕らのいない側がそのまま崩れ落ちていく。

 すげええ! っていうか、いくらなんでも切れすぎだっ!


「やりすぎだ。っていうか、ほんとうに天才じゃないのか、ジローは?」

「ははは、よし、こいつは『夢斬り丸』と名付けよう」

 ハルカの驚いた顔に、僕はますます気分がよくなる。


「これって、他人の夢の中でもできるのかい?」

「だいじょうぶ。あたしといっしょならね。夢に入るとき、夢主の深層意識に刷り込んであげる。ジローはそんなことができるってね」

 ハルカはかんたんにいうけど、それはすごいことだ。いわゆる超能力なんだろう。つまりほんとうならそういうことができるやつが、夢探偵やら夢怪盗になるんだろう。


「だけど欲張っちゃだめだ。さっきもいったけど、自分の夢の中ならなんでもできても、他人の夢の中でなんでもかんでもやろうとするのは無理がある。短時間のうちに暗示をかけないといけないからね。だから夢の中でしかできないことはひとつに限定して……、いや、まあなんとかふたつくらいならいけるかな? ただ、できるだけわかりやすい能力がいい。今のやつみたいにね。複雑すぎると夢主が直感的に理解できないんだ」


 僕は考えた。今のみたいになんでも切っちゃう能力。やっぱりひとつはこれがいい。あとひとつはそうだな、もっと便利な能力があるかな? まあ、力仕事はハルカにまかせるとしても……。

 正直名案が浮かばない。


「ひとつは今の『夢斬り丸』。なんでも切れるっていうことで。もうひとつは次までに考えとく」

「そうか、まあ、あせることはないしね」

 ハルカのかすかな笑い顔には、はたしてどんなことを考えてくるかな? といった期待が込められている気がした。


「あと、動いてごらん。邪魔な実体がないから、イメージどおりに体が動く」

 ためしにジャンプしてみた。ほんとうに軽い。軽く跳んだだけなのに天井に頭がぶつかってしまった。っていうか、天井に首までめり込んでる。


「あはははは」

 笑うなよ。ギャグじゃないんだぞ。

 着地したあとは、左右にステップしてみる。我ながら速い。ひょっとして分身して見えるくらいじゃないのか? ほんとうに忍者になった気分だ。


「うん、はじめてでそれくらい動けるのはすごいよ。やっぱり才能がある」

 ちょっといい気分になった。


「それと夢怪盗を縛るロープがある。それはジローにも使えるようにしておくから」

「ロープ?」

「なにせあいつらは夢から夢へと自由に移動するから、そういうアイテムがないと捕まえようがないだろ?」

 そういえば、僕の夢のときも、ハルカがロープでカンガルーを捕まえていたっけ。切られて逃げられたけど。


「服装はどうする? そのままってわけにいかないだろう?」

 いわれて僕ははじめて自分がパジャマ姿であることに気づく。

 夢探偵としてのコスチューム。ハルカみたいに名探偵風も悪くはないけど、動きづらそうだし、あんまり似合いそうにない。

 べつに普段着でもいいけど、せっかくだから現実世界とは別人になりきった方がおもしろいかもしれない。

 中世ヨーロッパ風の剣士、魔法使い、戦士……。甲冑、戦国武士、いや、どうせなら……。


「忍者かな」


「あははは。まったく男の子ってやつは子供だな」

 君だってぜったい人のこといえないと思うけどね。

「じゃあ、イメージして。変わるから」


 忍者、忍者。黒装束で、胸元と腕からは鎖帷子がのぞく。ちょんまげはなくていいや。

 見る見るうちに、その通りの姿に変わっていく。最後に手にした『夢斬り丸』を背中に回して結わえ付けた。


「さあ、これで新しい夢探偵の誕生だ」

 ハルカが嬉しそうにうなずく。


「探偵名はどうする? 本名でもいいけど、探偵名をべつにつけてもかまわない」

 ハルカは普段「あひる」なんてあだ名で呼ばれているから本名を名乗っているのかもしれない。


 僕は別人になる気分を味わいたかった。

「そうだな。僕の探偵名は……」

 すこし考えてからいった。


「夢探偵Yジロー」


 ハルカはあきれ顔でいう。

「Yジロー? アルファベットのY? なんでまたY?」


 決まってるだろ? かっこいいからだ。……なんとなく。

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