3 本体さんはシャイガール
僕は学校にいる間、きのうの夢のことを考えていた。いくら考えても、あれがただの夢だとは思えない。なぜならみょうに現実的だったからだ。
だいたい夢なんて目がさめたらどんな夢だったか忘れがちだし、覚えていてもおおざっぱなことだけで、細かいことは思い出せなかったりするものだ。
だけどきのうの夢のことははっきりと覚えている。しかも僕は夢の中でつっこみまくった。だいたい夢の中だと変なことが起こっても受け入れてしまうものだ。そもそも夢の中では、今自分は夢を見ているとは感じない。なのに僕は今夢を見ているにちがいないと思ってしまった。
やっぱり変だぞ。ぜったいあれはただの夢なんかじゃない。
ただそうだとするとあれを認めなくちゃいけないことになる。
つまり、夢探偵と夢怪盗のことだ。
他人の思い出をうばうために夢の中に入ってきたり、そいつを捕まえるためにやっぱり夢の中に入ってくるやつなんてほんとうにいるんだろうか?
「ジロー君、なにぼうっとしてるの?」
いきなり担任の佐倉先生に怒られた。そういえばまだ授業中だった。佐倉桜先生はまだ若い女の先生で、優しくてきれいだから生徒の人気も高い。ただ、今はちょっと不機嫌な顔をしている。それほど僕は上の空だったらしい。
「もう、目を開けたまま寝てちゃだめでしょ」
まわりの連中がどっと笑った。
寝るといえば、夢探偵はやっぱり今夜、僕が寝たときに夢に入ってくるんだろうか? なにせ勧誘して返事を待ってるようだからやってくるかもしれない。
そう考えたらすぐにでも眠りたくなった。いろいろ確認したいことがある。
もし二度と夢の中に探偵や怪盗が現れなければ、やっぱりあれはただの夢だったんだろう。
だけど、もしきょうも……。
「先生、ジロー君はまだ寝てるみたいです」
寝てないっての。
にも関わらず、告げ口をしたのは金持ちのお嬢様で名高い橘今日子。いわゆるつんとすました美人で、海外旅行などにもしょっちゅう行ってる庶民の敵。たしか、サイパンだとかグアム、ハワイ、タイ、グレートバリアリーフとか海のきれいなところへしょっちゅう行ってる。うらやましすぎ。そのくせ、他の人がそういうところへいったと聞くと、おもしろくないらしい。自分勝手でわがまま。趣味はといえば、悪さをしたり怠けたりするクラスメイトを先生にチクることというとんでもない女だ。
「ジロー君。そんなに眠いんなら帰って寝ていいよっ!」
どうやら本気で寝ているように見えたらしい。佐倉先生は本気でどなった。
※
「さ、さっきはたいへんでしたね」
放課後、帰ろうとしたら声をかけられた。
ふり返るとクラスメイトの女の子が立っている。女子の中でも背が低く、ベージュ系の地味なトレーナーにスカート姿。三つ編みに黒縁眼鏡という今どきあまり見ないファッションをしたその子は、たしか白鳥さん。名前はあひるだったっけ?
「なにか用?」
「い、いえ、ええっと、あのですね」
白鳥さんはなぜか真っ赤になって口ごもる。
「あ、あの、考えてもらえました? あの、返事を……」
彼女がなにをいおうとしているのか、さっぱりわからなかった。
正直、まともに話をするのは今がはじめてのような気もする。それなのに、白鳥さんはなにか僕に頼んだようなことをいっている。
いや、それよりも、まるで彼女が僕に告白していて、僕がその返事を引きのばしているようにすら聞こえるじゃないか。
「いや、ちょっとこっちへ」
僕はさりげなく教室を出ると、人気のない一階の階段下までいった。白鳥さんはだまって付いてきている。
なんの話か知らないけど、さっきの調子でクラスメイトたちの前で話されたら変な誤解を受けてしまう。正直、変な噂が広まって、からかわれるのはまっぴらごめんだ。
さいわい、ろくに注目される前に教室を脱出することに成功したらしい。
「で、なに? なんか返事しなくちゃいけないことってあったっけ?」
「も、もう忘れたんですかっ!」
「え、なにを?」
「ひどい」
やっぱり教室を出て正解だった。まるで僕が女をとっかえひっかえしている遊び人のように聞こえる。
「いや、ごめん。まじでなにをいってるのか、さっぱりわからない」
「呪ってやるぅ」
呪うのかよっ!
じっさい彼女はすごい目で僕をにらんだ。
「だからなんの話だよっ!」
「夢探偵の勧誘の件です」
「え?」
僕は驚きの声を上げたあと、絶句した。
いったいこいつはなにをいってるんだ?
っていうか、なんで夢探偵のことを知ってるんだ? 僕はきのうの夢のことなんて誰にもいってない。
「は? ひょっとしてわかってないんですか? でもちゃんと名乗ったじゃないですか」
「名乗った?」
名乗った? 誰が? いや、夢探偵のことか? そういえば彼女は夢探偵ハルカと名乗った。
だからそれがなんだ? 白鳥さんの名前はたしか……。
「ええと、君の名前は白鳥あひるだよね」
「それはあだ名です。あひるなんて変な名前の人間がいるはずないじゃないですかっ!」
全国の「あひるさん」を敵にまわすぞ。あやまっとけよな。ほんとにそんな名前のやつがいるかどうか知らないけど。
「え、じゃあ、君の名前はまさか……」
「遙です。白鳥遙!」
「なんだってぇええええ!」
いや、まさか? え、そうなの? いや、ありえないだろ?
白鳥さんがあの夢探偵だっていうのか?
「偶然の一致?」
「なわけなけないじゃないですか。だったらどうしてあたしが夢探偵のことを知ってるんですか?」
う、たしかにそうだ。僕は夢探偵のことなんて誰にも話していない。
「だけど夢の中とぜんぜんちがうじゃないか」
「夢の中でもいったはずです。現実の世界ではあたしはこんな姿をしてないって」
いや、たしかにいった。現実の世界の姿は仮の姿だとかなんとか。いや、それどころか……。
「たしかにいった。夢の世界ではあたしは風とか」
「あひゃあああ」
白鳥さんは真っ赤になって両手を突き出し、それをぶんぶんふった。
「春の風は瑠璃色とか」
「ひえええええ」
今度は頭をかかえて回りだした。
「や、やめてください。恥ずかしすぎます」
「だって君がいったんじゃない。得意満面で」
「得意満面なんかじゃありません」
白鳥さんは飛び上がって抗議する。
「いや、あたしのポエムを聞け。感動しろといわんばかりだったよ」
「嘘です。そんなはずはありません」
まあ、それはちょっといいすぎか?
「だけど見た目だけじゃなく、性格までちがいすぎだろ!」
「そ、それは、夢探偵は夢の世界では理想の自分になれるんです」
「理想の自分?」
なるほど、白鳥さんは内気で地味でおとなしい性格だから、夢の中ではあんなしゃきしゃきしてるのか。ついでに運動音痴だから鬼のように強く、見た目もすごい美人。そして……。
「だからポエムかっ!」
「きゃー、きゃーっ、それはいわないでください」
白鳥さんは両手で耳をふさぎ、頭をぶんぶん前後する。
「ついでにトレンチコートと帽子とパイプ」
「そ、それもいわないでーっ!」
「あれが理想の名探偵のイメージなんだ?」
「わ、悪いですかぁああああ?」
白鳥さんは真っ赤な顔を汗まみれにして、ついでに涙まで浮かべている。
ちょっといじめすぎたかな。だってしょうがないよ。
おもしろいんだもん。
「ごめん、ごめん。もういわないよ。どんな趣味をしてようと白鳥さんの勝手だし」
「だ、だったらぁ」
白鳥さんはすがるように僕を見上げた。
「夢探偵になってください」
「どうして、そんなに僕を夢探偵にしたいのさ」
「仲間がほしがいんです」
「え、そうなの?」
「そりゃそうですよ。ひとりじゃやっぱりさみしいし、仲間がいた方が失敗も少ないし、いろいろ便利です」
まあ、いわれてみれば、刑事だってふたりひと組が基本らしいし、相棒がほしいというのはとうぜんのことなのかもしれない。
「うん、じゃあちょっとやってみるよ」
「ほんとうですかっ!」
白鳥さんは目を輝かせた。
「うん、なんかおもしろそうだし」
「おもしろいです。おもしろいです」
「白鳥さん見てると退屈しそうにないし」
「え、そ、そうですか……」
白鳥さんはふたたび汗を噴き出した。
「またポエムが聞けるかもしれないし」
「ひえええええ」
白鳥さんは卒倒しそうになったのをなんとかこらえたようだ。そして真顔でいう。
「今晩、夢の中に行きます」
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