2 夢探偵はポエム好き

「だいじょうぶかい? ジロー君」

「なんで僕の名前を知ってるんだ?」


 はっきりいって夢探偵とやらに知り合いはいない。残念なことにこのめちゃくちゃかわいい顔に見覚えもなかった。


「知ってるよ。ただ、現実の世界ではあたしはこんな姿をしてないけどね」

 そりゃ、スーツにロングコートを着て、あげくにパイプを加えた女子小学生なんているわけはないけどな。


「だけどこっちがあたしのほんとうの姿。現実は仮の姿に過ぎない」

 な、なんか語りだしたぞ。でもまあ、かわいいから許す。


「なぜなら現実世界には枷が多すぎる。この世界でこそあたしは自由」

 つまり現実世界では鈍くさいと? まあ、かわいいから許す。


「ふふ。夢の世界では、あたしは風」

 かわいいから許す……って、いつまでもいうと思ったら大まちがいだぞっ!


「そう、春の風はまるで瑠璃色」

「色ついてんのかよっ、風にっ!」

「もちろんさ、君は感じないとでもいうつもりかい? 季節ごとの風の色を。たとえば、夏の風は……」

「風が赤かろうが青かろうが知ったことかぁあああ!」


 思わずぜいぜい息を吐いた。怪盗たちは呆れはてているにちがいないと思ったが、意外にも恐れおののいた目で僕らを見ていた。

 なんなんだよ、こいつらは? ひょっとしてこの夢探偵が怖いの?


「そんなことより、君はなにしに僕の夢の中に来たんだよ?」

「決まってるだろ。あいつらを捕まえるためさ」

 夢探偵はそういって、びしっと夢怪盗たちを指さした。


「げははは」「あわわわ」「おんどりゃあ」

 夢怪盗たちは顔を見合わせ、なにやらわけのわからないことをわめきだす。

 わからない。なぜ夢怪盗が僕の夢の中に忍びこみ。僕の夢を盗もうとするのか?

 そしてそれをなぜこの夢探偵がつきとめ、やってきたのか?

 ただわかったこともある。夢怪盗はほんとうに僕の夢……というか記憶を、盗むことができ、夢探偵を恐れているということだ。

 ひょっとして有能なんだろうか、このポエム美少女は?


「つまり、君は僕の味方なんだろ? 僕の夢を盗もうとするあいつらを捕まえに来たんだよね」

「その通り!」

 夢探偵は「えへん」と胸をはった。


「じゃあ、さっさとやれよ!」

 僕を助けにわざわざ夢の中までやってきた美少女に暴言を吐いてしまった。だって、ついいいたくなるんだもんな、つっこみどころだらけで。


「そう期待されてはしかたないなぁ」

 夢探偵はぜんぜん気にしてないどころか、嬉しそうにはりきりだした。


「そうかんたんにやられるつもりはないんだよぉ~っ」

 夢怪盗の幼女はカンガルーの袋からごそごそとなにかを取り出した。

 マシンガンだった。

 いきなりそれを夢探偵に向けて、撃ちまくる。


 漫才でもやってかのようなノリから、ハードな展開になって僕はあぜんとしたが、もっと驚くことが起きた。

 夢探偵は無数の弾丸をことごとくたたき落とした。それも素手で。


 無敵超人かよっ!


「げはあああ」

 カンガルーが奇声と供に、すさまじい右回し蹴りを放った。それが夢探偵の頭に当たる寸前、彼女はちょっとだけ顔を後ろに反らす。

 ぎりぎりの距離で蹴りはからぶり。

 しかし攻撃は終わらない。そのまま右脚を地面に付け背を向けると、しっぽが飛んでくる。

 夢探偵は今度はよけなかった。

 鞭のようにうなりを上げるしっぽを、いともかんたんに片手でつかむ。


「でりゃあ」

 信じられないことに、夢探偵はしっぽの先をつかんだまま、カンガルーを振り回した。それこそハンマー投げのように。

 そのまま地面にたたき付ける。

 カンガルーは両手両足を広げた状態で腹ばいになっている。

 アジの開きかよっ!

 そうつっこみたくなる恰好だ。


「やりすぎじゃないのか、これ」

 だってカンガルーはともかく、腹の袋にいた女の子はぺしゃんこじゃ?


「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

 夢探偵はなんの根拠があるのか、笑っていう。


 じっさい、カンガルーはいきなりぴょこんと飛び起きたと思えば、後ろを振り向きもせず、ダッシュで逃げだした。


「逃がさないさ」


 夢探偵はどこから取り出したのか、長いロープを投げ縄のようにカンガルーめがけて投げつけた。

 ロープはすでに十メートルも先にいたカンガルーの首にからみつく。

 カンガルーは必死で外そうともがくが、そうかんたんには外れそうにない。

 夢探偵はかまわずロープをぐいぐいと引きよせはじめた。

 カンガルーはふり返った。腹の少女の手には、袋から取りだしたらしい日本刀が握られている。


「やああ!」

 女の子はかわいい声で叫ぶと、居合の要領で刀を抜き、ロープを切る。


「うわっ」

 思いきりロープを引っぱっていた夢探偵は、勢いあまったひっくり返った。

 その隙に、カンガルーはここぞとばかりにダッシュ。ぴょーんと海に飛びこんだ。

 浮き上がって泳ぎだすこともなく、そのまま海の中に消えた。


「逃げられたか」

 夢探偵は起きあがり、砂を払うと、悔しそうにいう。


「さすが捕獲難易度の高い怪盗、ちんぷんカンガルー一族だな」

 どんな名前だよっ!


「でも危ないところだったよ、ジロー君。もうすこしで君はあいつに大切な思い出を盗まれるところだったんだ」

「ほんとかよ?」

 なぜか素直にお礼をいう気分にはならなかった。正直まだぴんとこない。


「まあ、心配しなくてもたぶんあいつらはもう来ないよ。またあたしが来るかもしれないって思ってるだろうしね」

 なるほど、それはそうかもしれない。あんなのがしょっちゅうくると思えば、安心して寝てなんかいられない。そう考えれば、夢探偵の存在はたしかにありがたかった。


「だけど君はどうして僕を助けてくれたんだい?」

「それはあたしが夢探偵だからさ」

 彼女は胸をはっていう。


「ていうか、なんなのそれ?」

「夢怪盗はさっきのやつ以外にもたくさんいるんだ。そういうやつらから一般の人を守る。それが夢探偵さ」

 なんか途方もない話だった。どこまで信じていいのかわからない。


「ところでジロー君。君も夢探偵をやらないか?」

「は?」

「一応、助けた人には勧誘してるんだよ」

「誰でもなれるのかよっ、それ?」


 さっきのような真似を僕にしろとでもいうのか、こいつは? 弾丸を手でたたき落としたりとか、自分より重いものを片手で振り回したりとか。


「だいじょうぶ。あたしは夢の中に入るとき、夢主、つまりその夢を見ている人の潜在意識に暗示をかけるんだ。あたしにはこういうことができるってね。そうすれば、そのとおりのことができる。君もね。もちろん夢の中でイメージどおり動けるようになるにはある程度修行は必要だけどね。なあに、特訓してあたしがすぐに一人前にしてあげるから。君は筋がよさそうだし」

 どんな筋だよ。僕はただ見てただけなのに、適当なことをいうな、こいつ。


「まあ、考えておいてよ」

 夢探偵はそういうと、立ち去ろうとする。


「待てよ。君の名前は?」

「あたし? あたしは夢探偵ハルカ」


 ハルカは笑顔でそういうと、びょうと風のように消え去った。

 夢だよな、これ。

 いや、夢なのはまちがいない。問題はただの夢なのか、それとも夢の中に、ほんとうに夢怪盗と夢探偵が侵入してきたのかだ。

 僕はただの夢にちがいないと思いこもうとした。

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