夢探偵Yジロー

南野海

第1章 夢探偵誕生

1 僕の夢が盗まれる?

 ぴょ~ん。

 変なやつがいきなりジャンプしたかと思えば、目の前に着地した。


「な、なんだおまえは?」


 僕のあせりまくった叫び声はあっさりと無視され、そいつは横を向いたまま葉巻の煙を、ぷは~っと吐き出した。真っ黒なサングラスをかけたふてぶてしい顔のままで。

 そんなことをいえば、ちょっとワルぶった親父かなって思うかもしれないけど、こいつはちがう。というか、人間でさえなかった。じゃあ、なにかっていうと……。


 カンガルーだった。


 もちろん、ただのカンガルーのわけがない。サングラスはともかく、うまそうに葉巻を吸うカンガルーなんているはずがなかった。それどころか、そいつの前脚、というか、二本脚で立ってるから腕? ……左腕にはコアラがしがみついていた。しかもそいつの目つきは悪い。


 夢? そうか、これは夢なんだ。


 そう考えるとみょうに納得してしまう。だってここがどこで、今がいつかなのかさえ、さっぱりわからなかったからね。

 きょろきょろあたりを見まわしてみると、海だった。

 それも青く透き通った、まさに南の海って感じ。さらに見上げればほとんど雲のない青空に、太陽がさんさんと輝いている。さらに僕が立っているのは真っ白な砂地だった。それこそグラニュー糖みたいにさらさらの。

 この青い海に浮かぶ小さな島は、ほとんど砂でできている。


 こ、ここは?


 見覚えがあった。というか、はっきり思い出した。ここは僕が両親に連れられていったたったひとつのリゾート地。沖縄の離島の、そこからさらにボートで沖に出たところにある無人島だ。

 ここでついこの前の夏休みに、マスクと足ヒレをつけて泳いだり、寝っ転がったりして楽しんだ。正直、僕がいった旅行地で、ここ以上に豪華でハッピーな気分になれたところは他にない。

 僕は海が大好きだ。

 で、でも、なんで?

 なんでここに、こいつがいる?

 カンガルーにコアラだ。オーストラリアならわかるけど……。


「ここは沖縄だっ!」

「それがどないしたんじゃい、ボケぇ!」

「しゃべんのかよっ!」


 思わずつっこんでしまったけど、カンガルーは相変わらず無言で葉巻を吹かしていた。


「おまえか? おまえがしゃべったのか?」

 僕はコアラに向かって叫んだ。カンガルーでなければ、こいつしかいない。


「ワイがしゃべったらあかんちゅうのか?」


 コアラがガン飛ばしながらすごむ。

 ま、いいけどさ、どうせ夢だし。


「あかんちゅうのか?」


 しつこい。


「あかんちゅう……」

「なんで関西弁なんだよっ! コアラだろ? オーストラリアに住んでんだろ? やっぱ、英語だろっ!」

「な、なんやてぇ」


 コアラは明らかに動揺していた。このつっこみは予想外だったらしい。


「はん、英語しゃべったってわからんやろ、おまえ。なんせただの小学生やしな」

 たしかに僕は一般的な小学五年生。学校で英語は習ってないし、もちろん、英語塾なんてものにかよっているはずもない。

 だけど僕は確信した。こいつは英語がしゃべれない。


「いいからしゃべってみろよ。しゃべれるもんならな」

「グ、グッドモーニング」

「それだけかよっ! しかも、発音がいかにも日本人。だいたい今何時か知らないけど、太陽は真上だ。昼間だろうが。今いうなら……ええっと、ええっと……」

 残念ながら、英語で「こんにちは」をなんていうのかは知らなかった。

「じゃかあしいわい、ぼけえ!」

 つっこまなかったところをみると、こいつも知らないらしい。

 こんな中、カンガルーは相変わらず、我関せずと横を向いて煙を吐いていた。


「まあ、まあ、まあ」

 いきなり女の子が飛びだして、仲裁しだした。

 ショートカットの小学三年生ぐらいの女の子。だけど、その子が顔を出したのはカンガルーの腹の袋からだった。

 袋からぴょこっと顔だけだし、袋の縁を両手で捕まっている姿は超絶かわいい。


 だけど、なんで……。

「なんでそんなところにいるんだよっ!」

「あたしの自由だよぉ~っ」

 自由か? 自由なのか? この超絶自由奔放娘め。


「ごめんねえ、お兄ちゃんが失礼しちゃって」

 お兄ちゃんかよっ、このコアラがっ!

「じゃあ、このカンガルーはお母さんかっ!」

「ちがうよぉ、パパだよぉ~っ」

 パパかよっ。パパなのかよっ! オスのくせに子供を袋の中で育てんのかよっ!

 っていうか、なんでカンガルーの子供が、人間とコアラなんだよっ!


「なんでもありかよっ!」

「だよぉ~っ」

 女の子は顔いっぱいに笑みを浮かべていう。

 はっ、そうか、そりゃそうだよな。なんでもありに決まってる。

 だって、これは夢だ。夢ならどんなことだってあるさ。夢なんだから。

 急に恥ずかしくなった。夢に思いきりつっこむなんて。はははは。

 僕のいらだった気持ちはすうっと軽くなり、優しい気持ちで女の子に聞いた。


「ところで、君たちは何者なの?」

「怪盗だよぉ~っ」

 まだ、つっこまれ足りないのか、おまえはっ!


「怪盗が人の夢の中に入ってきて、なにを盗むんだよっ!」

「もちろん、夢だよぉ~っ」

「なに?」

「だから、おまえのこの楽しい思い出を盗むゆうとるんや」

「え? 盗まれたらどうなるんだ?」

「もちろん、おまえの記憶には、最初から存在しなかったことになるんや」

 な、なんだってぇえええ?

「そんなことして、楽しいのかよっ!」

「楽しいに決まってるやろ」

「楽しいよぉ~っ」

「げはげはっ」

 最後のげはげははカンガルーの笑い声だった。


「じゃあ、夢を吸い込みまぁ~す」

 女の子は自分の入っている袋の中から、掃除機を取り出した。

 おまえはドラえもんかっ?

 女の子はスイッチを入れた。ぎゅーんと音がして掃除機が動き出す。

 まわりの景色が歪んだ。

 まさか、ほんとうに吸い込まれている?


「ちょ、ちょっと待てぇ」

「待たないよぉ~っ」

 この野郎。かわいいけど、やってることはサラ金の取り立て人だぞ。


「いや、待つんだ」


 新たな声がした。たぶん、僕と同じくらいの年の女の子の声。

 三メートルくらい上の空中がぴかって光ったかと思えば、そこから女の子がふってきた。

 予想どおり、十代前半。腰までとどきそうな、つやつやの黒髪をした美少女。まだ子供なのにスーツにネクタイをし、真夏の沖縄なのに、ロングコートを着ている。さらにホームズが被ってそうな帽子と火のついていないパイプ。


 え~と、え~と、君もつっこみ待ちキャラ?


 だけど、夢怪盗たちはつっこまなかった。かわりに後ずさり、おそるおそるといった感じで口にする。

「夢探偵!」


 あのう、そろそろつっこんでもいいですか?

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