4 Yジローの推理
「なんだって?」
ハルカは敵の刀をはさみこんだまま、叫んだ。
「それはないだろう? だってここは橘今日子の夢の中だ」
「いや、そうだけど、それでもそうなんだ。つまり……」
僕の頭に浮かんだ推理に証拠はない。だけど、たぶんあっている。というか、他に考えられない。
「橘今日子こそが、ちんぷんカンガルー一族だ!」
一瞬の沈黙。そのあと、みながいっせいにしゃべりだした。
「そ、そんなことはないですよぉ~っ」
「な、なにをいってるんや、われ?」
「げは~っ、げはげはっ」
「そ、それはないだろ、Yジロー」
「ジロー君、いったいなにをいってるの、あなたは?」
僕は、ゆっくりと立ちあがった。
「じゃあ、なんでこいつは他人の夢の中でこんなに強いんだ?」
「な、なにいいがかいりつけとるんや、ぼけぇ。これくらい普通やろが」
コアラが強がったがそれはない。
「僕の夢の中ではハルカにまったく敵わず、逃げだしたくせに? それなのに、ここではぜったい切れないはずのロープを断ち切り、パワーだってハルカに引けをとらない。それに海水を兵隊にして僕らを襲わせた。どうしてそんなことができる? それはここがおまえの夢の中だからだ」
僕はカンガルーたちを指さした。
「ハルカは他人の夢に入る前に、暗示によって僕らの能力を夢主の潜在意識に植え付ける。ハルカのパワーも僕の刀の切れもそれのおかげだ。だけど今回はそれが効かない。なぜか? おまえがハルカの植え付けた暗示に上書きして、自分の能力を書き換えたからだ。僕たちよりも強いってね」
「なるほど。たしかにそう考えれば理屈は合うな」
ハルカは両手をぐいとひねる。手に挟んだ刀はぐんにゃりと折れ曲がり、カンガルーはしりもちをついた。
たぶん、僕に真実を言い当てられて動揺したところを、ハルカに逆襲されたのだ。
「あたしは夢主に与えた暗示を、夢怪盗にあとから直されたことは一度もない。そんなことは夢怪盗にはできない。だけど、夢主本人なら話は別だ。無意識に潜在意識をいじられたことに気づいてしまえば、自分で元に戻すことができる。ちがうか?」
ハルカはちんぷんカンガルー一族をにらむ。
「たしかにYジローのいう通り、ここはちんぷんカンガルー一族の夢の中だろう。そう考えるのが一番しっくりする。だけど、ちんぷんカンガルー一族が橘今日子と同一人物とは限らない。この橘今日子は、ちんぷんカンガルー一族が作り出した偽物かもしれない」
ハルカは橘今日子を指さした。
「し、失礼ね。あたしは本物よ。だけどあのカンガルーとはなんの関係もない。言いがかりだわ」
橘はひるまない。
「……いや、待て、Yジロー、やっぱり無理だ。彼女にはアリバイがある。覚えているだろう? 最初、彼女の夢の中に入ったとき、ちんぷんカンガルー一族は別の人の夢に現れた。つまり、橘とちんぷんカンガルー一族が同一人物であるわけがない」
「あははは。なに、仲間にケチをつけられてるわよ。あなたの推理」
橘は僕を馬鹿にしたように笑う。
「ハルカ、それは僕も引っかかったさ。だけど、こう考えればつじつまは合う」
「こう考える?」
「橘今日子は同時にふたつの夢を見ることができる」
「なんだって?」
「つまり、橘今日子の夢と、ちんぷんカンガルー一族の夢だ」
「そ、そんな馬鹿なことが……、そ、そうか?」
ハルカも気づいたようだ。
「彼女は二重人格なのか?」
「たぶん、そうだ」
「は? なにをいってるのよ、あなたたち。人を勝手にそんなわけのわからないものにしないでくれる」
橘は強がっているが、僕には彼女が動揺を必死に隠しているように見える。ちんぷんカンガルー一族にいたっては、完全にフリーズしてしまい、襲ってくる気配すらない。
「だがYジロー、なにか根拠があるのか?」
「根拠というか、証拠はなにもないさ。だけどそう考えるのが一番自然だろう?」
「なぜ?」
「橘は金持ちの娘で、しょっちゅう海外リゾートにいっている。ハワイ、サイパン、グアム、タイ、オーストラリア。僕が聞いただけでもそれくらいはあったはずだ。どれも海がきれいなところ。だけど、聞く話はホテルの話ばっかりだ。僕たちはみんな彼女はそういうリゾートホテルの生活が大好きなんだと思っていた。だけどそうじゃない。橘今日子はほんとうはホテルなんか飛びだして、海に行きたかったんだ。思う存分海で泳ぎ、潜りたかったんだ。そうだろ?」
僕は橘を見た。彼女は答えない。
「でも両親は君が海に行くことを好まなかった。たぶん、危険だと思ったんだろうし、自分たちは海で泳ぐより、ホテルでのんびりするのが好きだったからなおさらだったのかもしれない。君はだんだん欲求不満になっていく。なぜならほんとうは人一倍海が好きだからだ」
「それで?」
橘は挑戦的にいう。
「前に僕が沖縄の海で泳いだことをクラスでいったとき、君はそんなところより海外の方がずっといいと嫌味をいったけど、ほんとうはうらやましくてしかたなかったんだ」
「うらやましい? わたしが? あなたに対して?」
「そうさ。せっかく海がきれいな海外に行きながら、ホテルにばっかりいる自分に対して、僕はスノーケリングで海を楽しみまくったからね。君は海外で海に出たことがない。……いや、ちがうな。グレートバリアリーフだ」
「なに?」
ハルカが話について来れなくなったようだ。
「グレートバリアリーフはサンゴの海だけど、リゾートホテルからは行けない。クルーズ船に寝泊まりしてそこからダイビングしたり、スノーケリングしたりするんだ。たぶん両親にしてみればなんかのまちがいで参加してしまったんだろう。だけど船に乗ってしまえば他にすることもないから、しかたなく海に出る。もちろん、君も。君は大喜びだったはずだ」
「なるほど。だが両親は二度とそこにはいかなかった」
ハルカが納得したようにいう。
「そう。一度知ってしまってからは、サンゴ礁の海に二度と行けないのは耐えられなかった。たぶん、そんなときに僕は沖縄の海に行った。だからうらやましくてしかたなかったんだ」
「だからYジローの夢を盗もうとしたのか?」
「ああ、そうだろうね。サンゴ礁の海に潜りたいという欲求が、ちんぷんカンガルー一族という別人格を作り出して、そいつが他人の夢を盗み出したんだ。誰かがきれいな海に行ったと聞けば、嫉妬とものほしがから無意識にそいつの夢に入りこみ、思い出を喰らう。それが橘今日子の押さえつけられた欲求が生み出した夢怪盗だ」
「なにを勝手なことを。じゃあ、満里奈は? 満里奈は海になんて行ってない」
橘が叫ぶ。
「満里奈は親しい友達には、自分の空想の世界を語っていたんだろうね。君は低学年のころ、満里奈と同じクラスだったから、親しくても不思議はない」
「なるほど。たしかにつじつまは合うな」
ハルカが感心する。
「まだある。ちんぷんカンガルー一族の姿も説明がつく。今いったグレートバリアリーフはオーストラリアの海なんだ」
「なるほど。だからコアラとカンガルーなのか」
「そう。オーストラリアから連想するものといえば、まずコアラとカンガルーだよ。そして袋の中の女の子。あれは橘の自己投影だ。オーストラリアに溶け込みたかったんだ」
「ということだ。いいかげんに観念したらどうだい?」
ハルカにうながされた橘は叫ぶ。
「だから、証拠を見せないさいっていってるでしょうが!」
「まだ気づかないのか?」
ハルカが哀れむようにいう。
「え? なにをいってるの?」
橘の顔には明らかに不安の色が浮かんだ。
「さっき自分がいったことを思い出せばいい」
僕はヒントを出してあげた。
「え? ……は!」
橘の顔色が変わる。
「そう、ちんぷんカンガルー一族がきれいな海に行った人間の夢に入るって僕がいったとき、君はこういったんだ。『じゃあ、満里奈は? 満里奈は海になんて行ってない』って」
「そう。たしかにいった。あたしもしっかり聞いている」
「語るに落ちるとはこのことだ。どうして君は、満里奈の夢にちんぷんカンガルー一族が現れたことを知ってるんだ?」
橘は絶句した。
「それこそが君がちんぷんカンガルー一族である証拠だ」
「ぞ、そんなことはないわ。聞いたのよ、満里奈に。夢の中に変なカンガルーが出てきたってね」
「それはない。きょう、満里奈本人に聞いたんだ。きのうの夢を誰かに話したかってね。誰にも話してなかった」
「そのあとに、わたしに教えたのよ」
「釘を刺しておいた。誰にも話さないでくれってね。話さなくても夢の内容を知ってるやつが夢怪盗だともいっておいた」
「そ、そんなこと……」
橘は口ごもる。
はっきりいって満里奈に確認したっていうのは嘘だ。そんなことはしていない。だけど、それはあしたにだってできる。
「こうなったらふたりとも死んでもらいますよぉ~」
僕のはったりに観念したのか、しばらく固まっていたちんぷんカンガルー一族が襲ってきた。
カンガルーが突進し、袋の中の女の子は刀を上段に振りかざす。
そこから袈裟懸けに切り下ろされる刀を、僕はジャンプしてかわす。
そのままカンガルーの頭上から『夢斬り丸』を打ち下ろした。
まっぷたつになるちんぷんカンガルー一族。
そのまま切られた体は、霧のように空気に溶け込み消え失せた。
「きゃああああああ!」
絶叫する橘。
これで橘は死ななくても、ちんぷんカンガルー一族は死んだ。二度と夢怪盗として他人の夢の中には侵入できないはず。
橘はうずくまって泣きだした。
哀れになって、僕は思わず口を出す。
「他人の夢なんか盗まないで、じっさい海に行って潜ればいいじゃないか。両親にお願いしてさ」
「だ、だって……、お兄ちゃんは海の事故で死んだのよ。だから……、けっして許してくれない」
はじめて知った。意外な橘の過去を。同時になにか納得できるような気がした。
お兄さんの事故死は橘だけでなく、両親の心にも傷を残した。きっと両親もほんとうは海が好きなんだ。だから海のきれいなリゾートにはしょっちゅう行くけど、海に入る気にはならない。
ひょっとしてグレートバリアリーフにいったのは、その思いを吹っ切ろうとしたのかもしれない。その場は海を楽しんだのかもしれないけど、そのあと後悔したんじゃないだろうか? 自分たちだけが海を楽しんだことを。橘もそれを感じとってる。
だけどだとするとまだ希望はある。両親だってほんとうは橘を連れて、海に入りたいはずなんだ。
「あきらめるな」
ハルカが檄を飛ばす。
「どうせ、いっても無駄だと思ってお願いしたことなんてないんだろう? ちゃんと自分の気持ちを正直に話せばわかってくれるさ、きっと」
「ハルカのいう通りさ。一回でだめだったら、何度でもお願いすればいいさ。それでもだめなら大人になるまで待てばいい。どうせ、あと数年もすれば嫌でも大人になってくんだし」
橘はうずくまったまま答えない。
「甘えんなよ。君は恵まれすぎてるんだ!」
知らず知らずのうちに、僕は橘をどなりつけていた。
「僕も海に潜りたいけど、うちはそんなしょっちゅう沖縄や海外に行けるほどの金持ちじゃないんだ。だから、僕はあと数年は我慢するよ。バイトして好きなところへいけるようになるまでね。君もそうしろ。それが待てなきゃ、あきらめずに親を説得すればいい。夢を叶えるためにはそれなりの努力と我慢、そして情熱が必要なんだ」
そうさ。僕もいつか夢を叶える。
「とにかく、他人の夢を盗むな! それがその人にどれだけ大事かってのは、君だってよくわかってるはずだ」
晴天だった空はいつのまに雨雲でおおわれ、風が吹き荒れはじめた。
空が割れ、海が砕ける。夢の世界が壊れはじめた。
「行こう」
ハルカは僕の手を取った。
世界が壊れる前に、僕らは橘の夢から去った。
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