第2章 ジュベール伯爵の城

1 女の子を部屋に連れ込むと妹がうるさい

 僕の部屋のドアがそろっと開いたと思ったら、そこからのぞき込むやつがいた。

 いわゆるツインテールにした髪と丸い顔にどんぐり眼、ただでさえでかい口が、にたーっと横に広がった。


「かあちゃん、かあちゃん、たいへんだ。にーちゃんが女連れこんでる」


 そいつはドアを閉めると、大声で叫びながらどたどたと廊下を走った。

 妹のモコ。まだ小学三年生のくせに「女連れこんでる」なんて言葉使いやがって。

 っていうか、おっさんか、おまえはっ!

 こんなことになったのは、白鳥さんがいきなり僕の家にたずねてきたせいだ。土曜日で学校は休み。まさか、きょう白鳥さんがくるとは予想もしていなかった。


「大事な話があります」なんて深刻そうな顔でいうから、追い返すこともできず、部屋に上げたらこうなっちまった。

 部屋を片づける間もなかったけど、どうせきのう見られてる。夢の中とはいえ、本棚の中身は変わらない。

 白鳥さんは部屋の真ん中で正座し、本棚のエッチなマンガの背表紙をちら見しては、赤くなっていた。


「白鳥さん、じつはこういうマンガに興味があるの?」

「いえ、ぜんぜんぜんぜんありません」


 彼女は必死に手を顔の前でぶんぶんふる。

 僕はそれを見ると、ま~た白鳥さんをすこしいじめたくなる。なんたって、きのうはさんざん夢の中でからかわれたからね。その仕返しだ。


「ほんと~っ? だって、きのうはやたらとくわしかったじゃない。ひとつひとつのマンガの細かいところまでよく知ってるみたいだったし」

「た、たまたまです。ほんとです。嘘じゃないです」

 立場は完全に逆転した。夢の中では僕が恥ずかしさのあまり、ほとんどなにもしゃべれなくなったけど、今や、しどろもどろになっているのは白鳥さんの方だ。


「そうかなぁ、たまたまなんて偶然にもほどがあるんじゃ」

 いきなり後ろから頭をたたかれた。ふり返るとモコが頬をふくらませている。

「セクハラだ。セクハラだっ!」

 おまえ、そんな言葉知ってんのかよっ!


「女の子を恥ずかしがらせて喜んでる。変態だっ!」

 おまえ、じつの兄貴に向かって変態はないだろうがっ!


「ねえ、こんなののどこがいいの?」

 モコは真顔で白鳥さんに聞く。


「いいから出てけ」

「あ、エッチする気だ。あたしを追いだして」

「おまえ、意味わかってしゃべってんのかよっ!」

 白鳥さんはと見ると、真っ赤になりながらみょうに体をくねらせている。ほとんど躍っているようだ。


「じつはよくわからない」

「じゃあ、いうなっ!」

「教えてよ、にーちゃん」

「ことわるっ!」

 じつをいうと、僕もよくは知らない。


 たぶん、よく知っているであろう白鳥さんは、僕たちの会話を聞きながら、踊りの動きがハードになっていった。汗をびっしょりかきながら。


「にーちゃんの馬鹿ぁ!」

 モコはそういって、部屋を飛びだしていった。


「いや、ごめん、ごめん。だけど、べつに僕だってそんなエッチなものばかり読んでるわけじゃないんだ。たとえばほら」

 僕は言い訳のように本棚から一冊の本を取り出した。

 グレートバリアリーフの本だ。


「これはオーストラリアの海なんだけど、世界最大のサンゴ礁で、きれいな魚がたくさんいるんだ。クルーズ船って船に寝泊まりしながら渡り歩くんだけど、大人になったら僕はダイビングを覚えてここに行くんだ」

「へえ! すてきですね」

 白鳥さんの顔がぱあっと輝く。


 僕は自分の夢を女の子に語ったのなんてはじめてだから、みょうに照れくさくなった。

 この前、沖縄の海に行ってから、世界の海のことを調べたんだけど、船に泊まりながら移動しなくちゃ行けない海っていうのに強くあこがれた。


「あ、ごめん。ところで、きょうの用はなに? もちろん、夢探偵のことだよね?」

「も、もちろんです」

 白鳥さんはなんとか平静を取りもどしたらしく、真顔になった。


「例のちんぷんカンガルー一族が、また新たな夢を盗もうとしています」

「え、どうしてわかんの?」

「夢情報屋からの情報です」

「夢情報屋?」

 夢怪盗、夢探偵の次は、夢情報屋ときたよ。


「他人の夢を盗み見る連中です。夢怪盗とちがって、夢をうばうことはしません。あくまでも見るだけです」

「それってあんまりいいことじゃないんじゃ?」

「まあ、はっきりいって小悪党です」

 白鳥さんはきっぱりといいきった。


「ただ、いろんな人の夢の中に入りこむため、さまざま情報を持っているわけです。だから、他人の夢をのぞくのを見逃すかわりに、情報をもらうんです」

 正義の味方気取ってくるわりには、ワルだな。夢探偵って。


「や、誤解しないでください。必要なんです、彼らは。夢探偵が他人の夢をパトロールするにしても、限界がありますし」

 白鳥さんはすこし後ろめたいのか、かなりあせった様子でいう。


 いわれてみると、パトロールと称して、他人の夢の中に入りこむもの、のぞきのために入るのも、夢の主からしたら大差ないような気がしてきた。


「いや、ちょっと待てよ。そういえば君はどうして僕の夢に中に入ってきたんだ?」

「え?」

「え、じゃないよ。あいつが僕の夢の中に出てきたことをどうして知ってたんだい? やっぱりその夢情報屋ってやつが教えたってこと?」

「ま、まあ、かんたんにいえば、そうですけど」

「つまり僕はいつのまにか夢情報屋に夢をのぞかれてたってことかい?」

「……否定はしません」

 なんかちょっと嫌な気分になってきた。


「誰だよ、その夢情報屋ってやつは?」

「それはあたしにもわかりません」

「え?」

「だって夢情報屋は、現実の世界とは姿を変えていますし、とうぜん名前もちがいます。いたるところに出没しますからその正体をつかめきれません。夢怪盗の実体が誰かわからないのと同じです」

 頭がこんがらがってきた。


「じゃあどうしてハルカ、つまり君は、あの夢を見ていたのが僕だってわかったんだ?」

「だって、ジロー君は夢の中でもジロー君の姿をしてましたから。クラスメイトのあたしにはわかってとうぜんです。逆に、あたしの知らない人であれば、夢の中だけの情報から夢主をさがしだすのはほとんど不可能です」

「つまり夢情報屋は、僕の夢の情報は知っていても、僕がどこの誰かは知らない?」

「それはわかりません」

「なんでだよっ!」

「夢情報屋がジロー君のことを知らない人なら、夢をすこしのぞき見したくらいでは、ジロー君がどこの誰かまではわかりません。だけど、ジロー君のことを知っている人なら、今のぞいている夢の主がジロー君だとわかってしまうでしょう」


 う……、なるほど、すこし納得した。

 となると、その夢情報屋とやらは、僕の知らない人間でいてほしい。どんな夢をのぞき見されたかは知らないけど、それを見たのが知っているやつなら恥ずかしすぎる。

 けっこう人にいえないような夢も見てきたからなあ。

 よく考えたら、他にもいろいろわからないことが多すぎる。


「そもそもあの夢怪盗はどうして僕の夢を盗みに来たんだ?」

「ひょっとしてジロー君のことをよく知っているやつかもしれませんし、そうでないなら情報を得たんです。夢情報屋は何人もいます。つまり、夢怪盗は夢怪盗で、夢情報屋をかかえていることが多いです」

「じゃあ、そいつらも僕の夢を盗み見てたんだ」

「そうです。夢怪盗に売れそうな夢。おいしそうな夢を探しまわってたんです」

「なんてこった」

 いったいどんなやつらなんだよ、その夢情報屋ってのは!


「それでちんぷんカンガルー一族はいったい誰のどんな夢を盗もうっていうのさ?」

「それはまだわかりません。今夜いっしょに見張ります」

 見張る? 他人の夢を? それはのぞきとどうちがうんだろう?


「というわけで、今晩夢の中に行きますから」

 つまり僕もいっしょにそいつと会うわけね。僕の夢を盗み見たやつと。


「じゃあ、今晩また」

 白鳥さんはそういって、そそくさと部屋を出て行った。あまりのとつぜんさに、ちょっと呆気にとられた。見送りに出たときには、白鳥さんはすでに玄関にいて、ぺこっと頭を下げるとそのままぱたぱたと外に出て行く。

 後ろからモコのつぶやく声が聞こえた。


「にーちゃんがデートの約束してた。しかも夜に」

 ち、ちがーうっ!

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