2 情報屋のくせに伯爵?
爆音とともに僕は目がさめた。
昨夜同様、僕は自室で寝ていたけど、今目の前には真っ赤な車がある。そのすぐ後ろの壁は空いていたから、この車が外からつっこんできたらしい。
「やあ、ごめん、ごめん」
その赤いオープンカーを運転していたのは、とうぜんのようにハルカだった。
「ごめん、ごめんじゃねえっ!」
危うくひき殺されるところだった。自分の部屋で寝ていたというのに。しかもここは二階だ。
「いつまでも怒ってないで乗れよ、Yジロー」
まったく悪びれる様子もなく、ハルカは笑う。
「ちっ、しょうがない」
布団から出ると、僕の姿は忍者服だった。しかも刀を背中に刺したまま寝ていたらしい。
よく寝れたよなっ!
自分のことながらあきれ果てる。もっともハルカにつっこまれるのは嫌だったので、なんでもない顔をして、ハルカの車に飛び乗った。
「レッツゴー」
ハルカは手慣れた手つきでギアとハンドルを操ると、車を猛スピードでバックさせる。
「ちょ、ちょっと待て。ここは二階……」
なのに車はあっという間に外に出た。そこにはとうぜん道路はない。なにせ二階だから。
なぜか車は下におっこちなかった。つまり宙に浮いている。まるでとうぜんのように。
見なれた近所の風景が、上から見下ろす感じのため、ちがって見える。
「空飛んできたのかよ?」
「今さら驚くことかい?」
そういわれればあまり不思議な感じはしなかった。むしろ、ハルカが運転してる方がよっぽど驚くべきことだ。あの白鳥さんなら、大人になったところで免許を取るのに、三年くらいかかりそうだ。
ハルカがきりきりハンドルをまわすと、車は空中で旋回する。ハルカはそのままアクセルを踏み込んだ。
まるでジェット機のように車はかっとぶ。ものすごい風を感じ、まわりの景色は飛ぶように後ろに流れていった。
ハルカはといえば、目をつぶって人差し指を額にあてている。
運転中に目をつぶるなっ!
つっこもうと思った瞬間、まわりが真っ暗になる。
な、なんだ?
まるでいきなり宇宙に飛びだした感じだ。
「今、Yジローの夢の中から出た」
「え、じゃあここはどこだ?」
「夢と夢のすき間さ」
「夢のすき間?」
「そう。夢と夢の間は暗闇。だけど嘆く必要はない。あたしは風のように飛び、夢と夢をつなぐ。まるで空に架かる虹のように」
「だから、ポエムはもうほんとうにいいからっ!」
そう叫んだ瞬間、ふたたび猛烈な風を感じた。さらに真っ暗闇だったのが、灯りを感じる。もっとも夜らしく、その光は弱い。
僕は直感した。
誰かの夢の中に入ったんだ。
目の前には城が見える。日本風の城じゃなく、中世ヨーロッパ風のごてごてしたかなり大きなものだ。
ハルカは建物の窓からもれる光に向かってハンドルを切った。
近づくにつれて、様子がわかってきた。その城のような建物は、塔のような崖のてっぺんにそびえ立っていた。四方が断崖絶壁のため、まわりに他の建物はない。
ハルカは城の屋上の真上まで車を持ってくると、まるでヘリポートにおりるヘリコプターのようにゆっくりと着地させる。
ハルカが車からおりたので、僕も続いた。
満月が僕たちがいる地を照らす。あたりを見まわすと、何匹かのコウモリが飛んでいた。
「じゃあいこうか」
「どこへ?」
そういえば、僕はここがどこなのか聞いてない。
「ジュベール伯爵に会いにさ」
「ジュベール伯爵?」
誰だそのえらそうな人は?
「昼間いったじゃないか、夢情報屋のところへ連れていくって」
「情報屋のくせに、伯爵かよっ!」
刑事ドラマの見すぎかなんか知らないけど、情報屋ってのはホームレスめいた恰好をしたやつを想像していた。まあそれはこっちの勝手な思いこみとしても、まさかこんな城に住んでいる伯爵様とは……。
「あまりそういうことはいわない方がいい。伯爵を怒らせるだけだからね」
ハルカはにやにや笑う。
「もっとももう遅いかもね」
「ひょっとしてもうこっちのことは伯爵には見えてるし、いってることも聞こえてるのか?」
「さあね」
ハルカは答えず、すたすたと扉に向かった。
僕はハルカのあとを追う。扉から中に入ると、そこには異様な光景が広がっていた。
ひたすら長い石の階段が続いているが、そのまわりにはなにもない。ほんとうになにもない。ただひたすら真っ暗闇の空間が広がっている。階段は無限に伸びているようにすら感じられ、目をこらしても下の方がどこまで続いているのか見えない。
僕はハルカの後ろから階段を下りながら、変な気分になった。まるで宇宙の中にぽつんとある階段を下りている気がしたからだ。
しかも階段は細い上に、両側には手摺もなにもない。おまけに変に曲がりくねっていて、油断しているとすぐに足をすべらせて奈落の底に落ちていきそうだ。
「おかしいだろ、この建物」
僕は前を歩くハルカに抗議した。こんな危険な階段をいつまでも歩きたくない。
「しょうがないだろ。これはジュベール伯爵の夢なんだから、彼の勝手だ」
そりゃそうかもしれないけど、伯爵を名乗り、たずねてきた人にはこんな道を通させるなんてなんて傲慢なやつなんだ。性格悪すぎだろ。
「そうはいってもめんどくさいな。おい、ジュベール伯爵、来たのがあたしだってもうわかってるだろ。用心するにもほどがある。いいかげん入れてくれ」
ハルカは誰にともなくいった。
「けけけ、わかった、わかった」
すぐ近くで声がした。そのとき僕ははじめてここにもコウモリが飛んでいることに気づいた。しかも今しゃべったのはそのコウモリだ。
「伯爵って、コウモリかよっ!」
「あれはただの伯爵の使い魔だ」
「吸血鬼かよっ!」
「おいおい、コウモリに伯爵で吸血鬼って、発想が貧困だな、貴様」
コウモリがいった。僕にいったらしい。
おまえの発想が貧困だから、こっちもそういう発想しかできないんだろうがっ!
とは、口にしなかった。なんとなく危険を感じたからだ。
「ハルカ、なんでこんなのを相棒にしたんだ?」
コウモリが生意気そうにいう。
「頭が悪そうで、しかも忍者の恰好だと? 馬鹿すぎる」
「やかましいわっ!」
おまえこそ、古城に伯爵でコウモリ。吸血鬼以外の何者だっていうんだ?
「おいおい、Yジロー、けんか腰になるなよ」
そりゃハルカは馬鹿すぎるとまでいわれてないからな。だけど、恰好は似たようなもんだろう? いかにもな名探偵風のコスプレは、忍者よりはましなのか?
「まあいい。入れ」
コウモリがそういうと、いきなりハルカの目の前に扉が現れた。
なるほど、入れる気のないやつが来たときは、こうやって扉を出さず、延々と階段を下りさせるつもりらしい。ハルカがいった通り、用心深いやつだ。
ハルカは扉を開け、中に入っていった。そのとき中の様子が見えた。
モニターがいくつもあるパソコンに囲まれ、ボロいマントとフードで顔と体を隠した小さいやつが椅子に座っていた。しかもそいつの背中からは巨大な黒い羽根。それもコウモリの翼が生えていた。
やっぱり吸血鬼じゃないか。そうじゃなきゃ悪魔だろ!
フードの下からわずかに見える牙だらけの口で、伯爵はにた~っと笑った。
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