3 吸血鬼とトリオ? そんなものになった覚えはない

 伯爵はつっこみどころ満載のやつだったけど、僕はつっこまないことにした。話がこじれそうだったからだ。


「紹介するまでもないようだけど、こいつがあたしの相棒になったYジローだ」

 ハルカが僕を指さす。

「けけけ、知ってるさ。なにせおいらは凄腕の情報屋だからな」


 伯爵のくせに「おいら」かよっ!


「忍者マニアか?」

 おまえこそ悪魔崇拝者かよ? それともホラーマニアかっ! 忍者なめんなよっ!


「じつはおいらも忍者は好きだ」

 ほんとかよっ!


「悪魔の百分の一くらいはな」

「どんだけ悪魔が好きなんだよっ!」

 なにがなんでもつっこまれないと気がすまないのか、おまえはっ!


「けけけ、悪魔が好きでなにが悪い。悪魔が好きな男と忍者が好きな男、それに名探偵が好きな女。いいトリオじゃないか」

 いつのまにトリオになったんだ、僕らはっ!


「まあいいさ。なんでハルカの相棒になった? ハルカに惚れたのか? やめておけ。こんな気の強い女」

 現実世界ではすごい内気だけどな。


 僕のかわりにハルカがつっこんだ。鉄拳が伯爵の顔面にめり込んでいる。

「誰が気の強い女だ?」

 おまえだ、おまえ。


「まあいい。本題に入ろう」

 ハルカはなにごともなかったかのようにいう。頭蓋骨が砕けんばかりに殴りつけておいて。


「けっ、なにが知りたいんだ?」

 伯爵もけろっとしている。っていうか、あんなパンチくらって生きてんのかよ、おまえ!


「もちろん、ちんぷんカンガルー一族の次の獲物に関することだ」

「ああ、あのカンガルー野郎ね」

 伯爵は軽蔑した口調でいう。


「あいつの趣味は『楽園』だ。とくに海がお気に入りだ。現実離れした美しい海。そんな夢をかき集めてる。おいらなら地獄のような悪夢の方がよっぽどおもしろいと思うけどね」

 なるほど、それであのカンガルーは僕の島と海の夢を盗もうとしたのか。


「まあ、夢主はどこかのリゾートにでもいったときの気持ちが忘れられなくて、そういう夢を盗みまくってるんだろうな。しかも最近、夢を盗むことに失敗している。だから飢えてるんだ」

 失敗した原因はたぶんハルカだろう。すくなくとも僕のときは、ハルカのせいで夢を盗めなかった。


「だけどそれだけじゃ、誰を狙うのかさっぱりわからないじゃないか」

 僕はとうぜんの疑問を口にした。


「けけけ、素人はこれだからな。いいか、そういう夢を見るのはどういうやつだ? そういうところにいったことがあるやつさ。しかもできれば最近がいい」

「そんなの日本中にいくらでもいるじゃないか」

「日本中? 夢怪盗はそこまで行動範囲が広くない。自分の近場で探すのさ」

「え、そうなの?」

「そうさ。じつはおまえの前にあいつに夢をぬすまれそうになったのも、ハルカの学校の生徒だ」

「なんだって? じゃあ、まさか」

「けけけ、そうさ。ちんぷんカンガルー一族もおまえたちの学校の関係者である可能性が高い。あるいはやつに情報を与えた夢情報屋がそうだろうな」

 そうか、そういうことなのか。じゃあ、次の獲物もとうぜん……。


「つまり、僕たちの学校の生徒で、そういうリゾートにいったやつらを探ればいいってことか」

「けけけ、思ったほど馬鹿じゃないようだな。そんな恰好をしてるから、ほんとの馬鹿かと思っていたが」

 人のことをいえる恰好かっ!


「その通り。正確には生徒だけでなく、教師やその他の職員も含むけどな」

「いや、だけど生徒だけでも何百人もいるぞ?」

「だから、小学生でリゾートなんかに連れていってもらってる贅沢なガキがどれだけいるっていうんだよ?」

「なるほど」

「たとえばだ、このモニターにおまえたちの学区に住んでる小学生の夢をかたっぱしから映す」


 伯爵がなにやら目の前のキーボードを操作すると、まわりにいくつもあるモニターにつぎつぎと画面が現れては切り替わっていく。

 平凡な授業風景。ステーキをうまそうに食ってるところ。放課後のドッジボール。

 伯爵はつぎつぎに画面を切り替えていく。

 怪獣が街で暴れていたり、巨大蜘蛛が怪しい洋館で人を襲ったりなんてのも出てきた。


「ちっ、このへんはもうちょっと見ていたいがしょうがない。今回の依頼とは関係ないからな」

 伯爵はぶつくさ文句をいいながら、作業を進める。

 いきなり女子の着替え風景。


 だ、誰のだよ、この夢っ!


 だけど伯爵は興味なさげに次の夢を映し出す。

 公園でデート。

 だから誰のだよっ!


 容赦なく画面は変わる。

 目をつぶったかわいい女の子の顔のアップ。唇は閉じている。それが近づいてきて……。

 誰のだよ、ほんとにっ!


 ごくりとつばを飲むと、女の子の顔はいきなりゴリラに変わった。

「ごっほごほごほ」

 吼えながら胸をばんばんたたくゴリラ。

「いいところで切り替えんな。なめんなよっ、てめえぇええええ!」

「Yジロー、君はどうしてここに来てるんだ? まさか、他人のエッチな夢を見て楽しみたいだけじゃないだろうな」

 ハルカの冷たい視線。


「けけけ。忍者はすけべじゃつとまらないぜ」

 おまえが悪魔のくせに女に興味がなさすぎなんだっ! それともゴリラが好きなのかっ!


「お?」

 伯爵の声につられて画面を見ると、いかにもなリゾートホテル風のプールが映った。

 これが市民プールでない証拠に、プールの形は長方形ではなくなだらかな曲線でできているし、中は芋洗い状態じゃない。もちろん水は清んでいる。空はところどころに真っ白な雲が浮かぶ青空で、太陽が輝いている。なによりプールサイドにはパラソルの下、リゾート用の簡易長椅子に寝転がったビキニ姿のお姉様たちが。


「けけけ、おまえの好きそうな夢じゃないか」

「僕の好みは関係ないだろ。ちんぷんカンガルー一族が好きかどうかだ」

「よくいうよ、顔がにやけてるぜ」


 だ、誰がだっ! いてっ。

 と思ったら、ハルカに蹴られていた。

 伯爵はにやにやしながら画面を大きくした。というか、モニターごと大きくした。さすが夢の中だ。


「視点を切り替える」

 伯爵がなにやらキーボードを操作すると、上からプールサイドを見下ろす感じになった。つまり今までは夢の主の視点だったのが、別の視点へ。カメラを切り替えたわけだ。


 そこをひとりの少女がしゃなりしゃなりとビキニ姿で歩いている。

「あ、あれは?」

 同じクラスの橘今日子だ。つまりこれは橘今日子の夢ってわけだ。たしかに学校で一番の金持ちの娘で、こういうところに来なれていても不思議はない。っていうか、自分でそういいふらしている。


 そういえば僕が沖縄の海に行ったとき、どこから聞きつけたのか、やってきては「あたしはもっときれいな海に行った」と嫌味な自慢をしたっけ。なんとかなんないのか、こいつの性格。

 まあ、今はそんなことより……。


「ハルカ、やつはいるかい?」

「いないようだな。いればもっとさわぎになる」

 たしかにプールサイドはまったりとしている。カンガルーが乱入してくれば、もっと騒々しくなるはず。


「伯爵、他に現れそうなところは?」

「今探してるよ、慌てるな、ハルカ」

 伯爵は別のモニターを使って作業を続けている。


「どうするんだい、ハルカ? ここで待ってるのか。それとも中に入る?」

「う~ん」

 ハルカは考えこんだ。


「ここで見張ってれば、もしあいつが現れたとき、間に合わない可能性がある。かといって、ここに入った場合、もしちがう夢に現れても対応できない」

「けけっ、だがきょうはめぼしいのが他になさそうだぜ。今ざっと見た感じだけどな」

「よし、入ろう」


 ハルカは僕の手を取った。そして目をつぶると、人差し指を額にあてる。

 そういえば、僕の夢から伯爵の夢へ移るときも、同じようなポーズをとっていた。


「けけけ、夢を同調してるんだよ」

 ああ、ハルカが前いっていたやつか。こうやって、自分の夢と相手の夢を同調する。たしかそのとき、こっちの能力とかを相手の潜在意識に刷り込んだりもするんだった。


「同調完了」

 ハルカはそういってジャンプする。目の前に真っ黒な穴が空中に開いた。僕らはその中に吸い込まれていく。

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