3 夢怪盗の反撃

 僕とハルカは海面に降り立った。

 どぼんと海に落ちるのではなく、橘やちんぷんカンガルー一族と同じように、海面に立っている。


「なんなの?」

 橘はうさんくさそうに僕らを見る。


「すこしは感謝してほしいものだな。あたしたちは君を守りにきた」

「は?」

「だから、この目の前のカンガルーが危険なんだよ」

「どっちかっていうと、あんたたちの方が危険な感じがするんだけど」


 そんなわけないだろっ!

 といいたいところだけど、案外それが素直な意見かもな。


「また邪魔しにきたんか?」

 コアラがうんざりした顔でいう。


「邪魔しに? いや、捕まえにきたんだ。君たちをね」

「それは不可能なんですよぉ~っ!」

 腹の袋から顔を出している女の子が笑顔でいう。


 ずいぶん強気だな。

 僕は夢怪盗捕獲用のロープをひそかに水中に放った。それは生き物のようにくねくねと海中を泳ぎながら海面下でカンガルーに向かう。背後からいきなり縛りつける計画だ。

 この前は縛ったあと油断した。あの子が袋から武器を取り出せないように、がんじがらめにしてやる。


 それで終わりだ。あいつが攻撃したり、助っ人を呼ぶ前に終わらせる。

 ハルカ、もうちょっとあいつらの気をひいていてくれ。


「不可能なわけないじゃないか。この前だって必死に逃げてったくせに」

「でも今回は無敵ですよぉ~っ」

「ん?」

 なぜか自信がありすぎる。ハルカも変に思ったようだ。


 だが関係ない。もうロープはあいつらのすぐ後ろ。先端が海面まで来ている。

 そして音もなく水面から躍り出たロープが、背後からやつらを縛ろうとしたそのとき、カンガルーはぴょ~んと跳ねた。

 ロープがからみつこうとしたその場に、もうやつらはいない。

 くそっ、感づかれた?


「まだだ!」

 ロープは海面に下りたカンガルーにふたたび向かう。

 まるで蛇のように鎌首をもたげ、身をくねらせながら海面をすべった。

 カンガルー、それをあざ笑うかのように横っ飛び。

 ロープはふたたび方向を変えるが、やつはぴょんぴょん逃げまわる。


「げはげは」

 カンガルーは吸っていた葉巻の煙を吐きながら笑った。

 そのとき、カンガルーの首にロープが巻きついた。僕に気を取られている隙を狙って、ハルカが投げたロープだ。

 やった。


「無駄ですよぉ~っ」

 女の子は袋から日本刀を取り出すと、あっさりとロープを切る。


 今だ。

 あいつらの意識がハルカのロープに行った隙に、僕はロープを操り、女の子の手首にからみつけた。これで刀は使えない。

 さらにあまったロープがカンガルーをぐるぐる巻きにする。


「よし、よくやった、Yジロー。このまま夢警察に引き渡す」

 夢警察? そんなものまであるのかよっ!


「げはげはげは」

 カンガルーはなぜか笑った。コアラや女の子も薄ら笑いを浮かべている。


「なにがおかしい?」

 ハルカがいらだった声でいう。


 なにかがおかしい。それがなんなのかはわからないけど、なにかここに来たときから変な感じがする。


「ふん」

 カンガルーがボディービルダーのようのように全身に力を込めると、筋肉がふくれあがった。

 ぶちん。

 やつを縛り上げていたロープがちぎれ飛ぶ。


「そんな馬鹿な?」

 僕は思わず叫んだ。


 このロープはぜったいに切れない設定だ。ハルカによって夢主、つまり橘今日子にはそう刷り込まれているはず。

 そういえば、ハルカのロープもあっさり切られた。ハルカもこの前ロープを切られた経験から、僕のと同じように切れない設定にしていたはずなのに。


「どういうことだ、ハルカ?」

「わからない」

 ハルカもとまどっている。


「反撃するよぉ~っ」

 とつぜん海面が盛り上がった。それも一カ所ではなく、あちこちで。

 盛り上がった水は人の形になる。刀や槍を持った兵士による軍隊があっという間にできあがった。


 海水でできた兵士たちはいっせいに襲いかかってきた。

 ひとりが刀を頭上から振り下ろす。僕は背中から『夢斬り丸』を抜くと、そいつより先に斬りつけた。

 そいつの体は一瞬で、胴から上と下で別れた。

 人の形がくずれ、ただの海水に戻って海に帰る。


 だが次から次へとやつらは来る。

 僕はかまわず刀を振るった。

 右に斬りつけ、敵の突きをかわす。

 反転し、下段から左の敵に振り上げる。

 乱れ飛ぶ敵兵の腕、脚、首。

 斬られた敵は水しぶきになって、雨のように降りかかる。

 人を斬る抵抗感はなかった。しょせん相手は水だ。

 でも斬られれば、僕は夢の中で死ぬかもしれない。そうなったら、二度と夢探偵として他人の夢の中に入ることはできない。


 だから必死だった。

 水の化け物どもを、斬って斬って斬りまくった。

 そして恐ろしいことに気づいた。

 こいつらはいくら斬っても減らない。

 正確にいうと、倒しても倒しても新しいやつがどんどん増えていく。

 なにせこいつらを作る材料はそこら中にあるのだから。


「ハルカ、なんとかしてくれ」

 もっともハルカもいっさい余裕がなさそうだった。


 こうなったら本体を倒すしかない。

 夢の中とはいえ、相手を殺すのは忍びないけど、どうせ本人が死ぬわけじゃないし、ふたたび夢怪盗として活動できなくなるだけだ。だったら、捕まえるのも、殺すのも同じじゃないか。


 僕は覚悟を決め、ちんぷんカンガルー一族に向かって走る。

 間にはとうぜん水の兵が待ち受けている。かまわず斬った。

 前に出る。斬る。前に出る。突く。

 強烈な敵の振り下ろし。

 右にステップし、反転しつつ、相手を後ろから斬る。

 ふたりの敵が左右から同時に斬りかかる。


 ダッシュ。

 一瞬でその間をすり抜け、振り向きざまに両者を斬り捨てた。

 敵の刀が僕の脚を払わんとする。


 ジャンプ。

 そのまま敵の顔を蹴り上げ、着地と同時に切り下ろす。


 さらに前進。

 僕とちんぷんカンガルー一族の間にいる最後のひとりを上段からまっぷたつにする。

 もう邪魔するやつはいない。


 瞬時に間合いを詰め、渾身の一撃を打ち下ろす。

「無駄だよぉ~っ」

 女の子はそれをあっさりと刀で受けた。


 刀と刀が軋む。

 僕は力と体重で押し切ろうとするが、なぜかびくともしない。

 ぶんという風の音とともに、僕はひっくり返った。


 な、なんだ?

 カンガルーの回し蹴りを喰らったことに気づくのにすこし時間がかけった。


「そろそろ死んだ方がええわ」

 なにもせず、カンガルーの腕にしがみついてるだけのコアラがえらそうにいう。


「とどめだよぉ~っ」

 女子が刀を振りかぶる。残念ながら僕は寝っ転がったまま、ぴくりとも体を動かすことができない。意識こそあるが、完全なノックアウト状態だ。


 やばい。

 びょおと打ち下ろされた刀が僕をまっぷたつにしようとする。

 幸いなことに刀は打ち下ろされなかった。ハルカが飛びこんできて、それを真剣白羽取りで受けたからだ。


「むむ~っ」

 女の子は頬をふくらませ、力でハルカを潰そうとするが、さすがに怪力のハルカはびくともしない。

 さっきの僕同様、カンガルーのキックがハルカを襲うが、ハルカはぴくりとも動かない。まさに、パワーとタフネスの化身だ。


「げはげはげは」

 カンガルーは笑う。それにともなって体がふくらんだ。筋肉が盛り上がり、背も伸びている。ハルカ以上のパワーで押し切る気だ。


「馬鹿な」

 ハルカにあせりが見える。

 おかしい。なにかおかしい。なんでこいつは今回に限ってこんなに強いんだ?

 そのとき、僕はとつぜんひらめいた。まさに雷に打たれたような気がした。


 ま、まさか……。

 僕はその考えを打ち消そうとしたがだめだった。どう考えてもそうとしか思えない。がばっとはね起きたかと思うと叫んんでいた。


「ハルカ、こいつは他人の夢の中に入ってきたんじゃない」

「なに?」

「これは、ちんぷんカンガルー一族の夢の中だ!」

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