4 夢傭兵? あれ? 強いじゃん
「Yジロー、そっちの侍はまかせた。あたしはこっちの大男をやる」
見かけによらない馬鹿力のハルカは、見るからに怪力無双の大男と向き合った。編み笠の男はとうぜんのように僕の方に歩いてきた。
「ゴーレム、ムサシ、やれ」
コアラが叫んだ。
どっちがどっちかはどう考えても、大男がゴーレムで、侍がムサシだ。
ムサシは腰の刀を抜くと上段に構えた。
僕も背中の『夢斬り丸』に手をかける。
「きええええっ!」
叫び声と供に、振り下ろされるムサシの剣。
僕は抜いた剣でそれを受けた。
耳障りな金属音が鳴り響く。
なんでも切れるはずの『夢斬り丸』は、相手の刃を折れなかった。
「ほう?」
ムサシもなにやら驚いた様子だ。ぎらりとした目を見ひらく。
たぶん考えていることは同じ。なんでも切れる剣。そういう設定にしてある。
両者がぶつかったとき、どちらも傷ひとつつかなかった。
ムサシはそのまま刀に全体重をかけ、僕を押しつぶそうとする。
押し返そうとするが、体格で勝るムサシに力で勝つのはむずかしい。
だめだ。力じゃ勝てない。
僕はとっさに横に一歩踏み出すと、そのまま剣を下に流した。
勢いあまってムサシの剣は地面を割る。
まさに地割れのように、床に亀裂が走った。
しかし前のめりに体勢をくずしたムサシに向けて、僕は剣を振り下ろす。
ぎいいいいん。
鈍い金属音が響く。左手に握られたムサシの小刀が振り下ろした刀を受けていた。
同時にムサシの右の大刀が僕の腹をなぎ払わんとする。
ほとんど無意識に跳んでいた。
足のすぐ下を、びょうとものすごいスピードでムサシの剣が通りすぎる。
着地と同時に真上から襲いくる二本の剣。
真横に転がりながら、さけた。
両の手をまるで風車のように振り回すムサシ。それはまるで別個の生き物のようだった。
たとえるなら真剣を牙に持つ、二匹の龍。
僕は必死にかわす。
跳ぶ。転がる。受ける。
飛び散る火花。耳障りな金属音。そして異様な風切り音。
体が風のように動く。
ムサシの剣が右から首めがけて飛んでくる。
とっさにかがんでかわす。
左の剣の切っ先がまっすぐ僕を貫かんとする。
一歩斜め前に踏みだし、かわした。
逆にムサシの胴を払う。
だが体勢を戻したムサシの剣がそれを防いだ。
もう片方の剣が僕を襲う。
はじく。
逆の手の刀が来る。
それもはじく。
まるでダンスだ。いや、もう半分錯覚していた。
僕は今踊っている。
激しいリズムで。うねるビートで。
鈍く光る刃をかいくぐる。受け流す。はじき飛ばす。
剣を振る。突く。なぎ払う。
恐怖はなかった。楽しんでいる。思わず口元から笑みがこぼれた。
きっとムサシもそうだ。
楽しもうぜ、ムサシ。ダンスを。風になって。
僕らは回った。たがいに剣をかわしながら。
不意に距離を縮め、ぶつかり合った。
そしてはじける。後ろに跳ぶ。
地に足をつけるや、直進。
右にステップ。
ターン。
回るふたつの独楽がぶつかり合うのに似ていた。
きんきん音を立て、ぶつかり合い、離れてはまたぶつかる。
これが永遠に続く気がした。
だがいきなり終わりがきた。
僕はまわりながら、『夢斬り丸』を下からすくうように振り上げる。
同時にムサシの二本の腕が飛んだ。しっかりと刀を握ったままで。
それはくるくると宙に舞い、落下すると、床に刀が突き刺さる。
「むう」
うなりを上げるムサシに手首の先はない。そこから赤黒い煙幕のようなものが出ている。もちろん血だ。
それを見て、僕はここが海中であることをようやく思い出した。
でなければ、水の圧力と抵抗を感じ、とてもあんな風には動けなかったろう。
「無念」
ムサシの体が消えた。
「あ、逃げた」
「ほっときな、Yジロー。夢の中で死ねば二度と他人の夢の中に入れないのは、あいつらも同様。だから死ぬ前に自分の夢に戻ったんだ。そうすれば次からまたリセットされる」
つまり今度は別の誰かの夢に、五体満足で登場するってことだろう。
そういうハルカの前では、ゴーレムが壁にめり込んでいた。
夢の中、怪力対決はハルカに軍配が上がったらしい。
ゴーレムも消えた。壁にめり込んだまま、幽霊のようにすうっと。
「まあ、逃がしてやろう。夢の中とはいえ、不必要な殺生はさけるべきだからね」
つまりゴーレムも瀕死の重傷だったらしい。
いったいハルカはなにをやったんだ?
打撃でふっとばしたのか、投げ飛ばしたのか? いずれにしろハルカのパワーは常識外れだ。
残念ながら、僕は自分の戦いでせいいっぱいだったから、ハルカたちを見ていない。なにが起こったのかは謎だった。あとでハルカに聞くしかない。
「ありゃりゃりゃ、これは予定外だよぉ~っ」
「あいつら弱すぎやわ」
コアラと幼女がおおさわぎする。
「あ、こいつらもう吸ってやがる」
僕は幼女がカンガルーの袋から取り出した例の掃除機ですでにあたりの魚を吸い込んでいることに気づいた。
「ち、ばれたわ」
コアラが悔しそうにいった。
「それ以上させるか」
ハルカがロープを投げた。夢怪盗捕獲用の夢の外へ逃げられないロープ。
だがカンガルーはぴょんと横に跳ぶと、それをかわした。
「いつまでもワンパターンの攻撃は通用しないんだよぉ~っ」
「け、甘過ぎじゃ、ぼけぇ」
憎まれ口をたたく、幼女とコアラ。カンガルーはうまそうに葉巻を吸った。海の中なのに。
「く、くそっ」
ハルカはふたたび投げ縄の要領でロープを巻きつけようとする。
カンガルーのしっぽがそれをはじき飛ばした。
「Yジローも加勢しろ」
「もうやってる」
「え?」
ハルカとコアラ、幼女の声がハモった。
カンガルーの後ろからロープが蛇のようにからみついた。
やつらがハルカに気を取られている間に、僕はひそかにロープを地面に這わせていた。それを操ったのだ。
「そうか。Yジローの能力はなんでも切れる刀ともうひとつ。ロープを生きているように自在に操ることだったな」
そう。あれこれ考えた結果、ふたつめの能力はそうした。やっぱり相手を捕まえるための技は必要だ。
「不意打ちかい、われぇ」
「卑怯だよぉ~っ」
カンガルーはじたばたあがくが、ロープは食い込むばかり。これで夢の外に逃げられないはず。
「やるじゃないか、Yジロー」
はは、なんかかっこいいぞ、僕。
「すてきだわ。夢探偵さん」
これは人魚。なんかてれるな。
「切るんや、ロープを」
コアラのかけ声で、幼女が袋から刀を取り出し、ロープに斬りつけた。
「無駄だよ。それは切れない。そういう設定だ」
「なんや、そりゃあああ!」
「そんなの反則だよ~っ!」
コアラが叫ぼうが、幼女がなじろうが、じっさい、ロープは切れなかった。
ああ、気持ちいい。ハルカでさえ捕まえられなかった怪盗を、僕が捕まえたのだ。
「Yジロー!」
「え?」
完全に油断していた。ハルカの叫びで我に返った僕は、刀が肩に刺さっていることにようやく気づいた。
ロープを切ることをあきらめたあの女の子が投げたのか?
遅れて猛烈な痛みが走る。
僕は思わずロープを離した。
その瞬間、水に溶けるように消えるちんぷんカンガルー一族。
そ、そうか。あのロープは握っていないと効力を発揮しないのか。つまり、手放したとたんに、相手に夢の外へ逃げる隙を与えてしまう。
「油断しすぎだ」
ハルカがかけよってきた。
「だいじょうぶだ。傷は見かけより浅い。ほうっておいてもすぐに死ぬような傷じゃないよ」
ハルカは傷を調べて安心したのか、僕を不安にさせないようとしたのか、けっこう薄情なことをいう。
「ハ、ハルカ。夢の外へ出よう」
命に別状はない傷らしいし、しょせん僕の本体は傷ついていないわけだけど、痛みだけは本物だ。これ以上、ここにとどまる意味はない。
「だいじょうぶだって。明日の夢の中ではぴんぴんしてるよ」
「いや、だから痛いんだって」
「我慢してくれ」
「なんでだよっ!」
ここから出れば痛みから解放される。これ以上、痛みを我慢してここにとどまる意味はないはずだ。
「ここを出る前に聞かなきゃいけないことがある」
ハルカは人魚の方を向く。
「もう一度聞く。君は誰だ?」
「助けてくれたみたいだし、隠す必要もなさそうね」
人魚はふっと笑った。
「わたしは渡満里奈」
「え?」
渡満里奈はうちの学校の児童会長だ。クラスはちがう。だから僕のことを知らなくても不思議はない。
だけど渡満里奈といえば、成績優秀、スポーツ万能で友達も多く、たしか家もけっこう金持ちだ。夢の中でだけいろんな世界を旅する夢旅行者とイメージが重ならなかった。
夢旅行者って、じっさいの旅行はほとんどしない、内気な文学少女とかじゃないのかよっ!
「なに、知ってるの、わたしのこと?」
「ま、まあね」
「あなたたちは誰なの?」
「だからいったろう? 夢探偵だ」
ハルカはそういうと、僕の手をつかんだ。
そのままジャンプすると、あたり一面真っ暗闇になる。夢と夢の間を移動する例のトンネルだ。
僕と満里奈に共通の友達なんてたぶんいない。
闇の中を通り抜けながら、僕は考えた。
いったい誰がちんぷんカンガルー一族なんだ?
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