第3章 人魚の海

1 夢旅行者を探せ

 昼休み、僕と白鳥さんは誰もいない校舎の裏にいた。誰かに見つかれば誤解されそうだけど、もちろんデートじゃない。ただ人知れず、打ち合わせがしたいだけだ。


「夢旅行者は想像力がものすごく強いのが特徴ですが、他にもすこし貧乏だったり、自由がなかったりすることが多いです」

 白鳥さんが解説する。つまり、昨夜夢を盗まれたのが誰かを探ろうというわけだ。


「それはどういうわけで?」

「夢旅行者はいろんなところに行きたいと人一倍思ってるんですが、じっさいには行けない。それはお金がなかったり、行く自由がなかったりってことです。だから夢の中だけでも自由に行きたいところに行くわけです」

「ふ~ん」


 なんとなくイメージはできてきた。もっとも教師や事務員じゃなく、生徒ならお金や自由がないのはとうぜんだ。家がお金持ちで、おねだりすればどこにでも連れていってもらえるような小学生はほとんどいない。


「じゃあ、職員じゃなくて生徒の可能性が高いってことか?」

「あたしもそう思います。大人ならある程度自由に好きなところに行くこともできますから」

「でもそれだけじゃぜんぜん絞り込めない」

「あとほとんどの場合読書がものすごく好きです。それもマンガよりも小説。そっちの方が自分の想像力で世界を作り上げるのがかんたんだからです」


 そりゃマンガなら、絵がついてるから見たまんまのものを受け入れるしかない。小説なら文章だから好きなように想像できるってことか。


「ひょっとして白鳥さんと似たタイプじゃないの?」

「え? まあ、じっさい目立たないタイプが多いです。空想好きな子なわけですから」

 でもそれだけじゃやっぱり絞りきれない。


「そもそも被害者を限定してどうするのさ? 夢怪盗の本体を見つけるならともかく」

「今夜、その人の夢に入りこむわけじゃないですか? できるだけ情報がほしがいんです。最悪、拒絶されるかもしれませんし、それはさけたいです。それにどんな世界かわからないと不安じゃないですか」


 夢の中のハルカはちっともそういう素振りを見せずに、わがもの顔にふるまってるけど……。

「それに夢怪盗は被害者のそばにいます。おいしそうな夢を探すには、そういう夢を見そうな人を探すのが一番ですから、知っている人間を選ぶんです」

「つまり被害者がわかれば夢怪盗の正体も探りやすいってこと?」

「そうです。そうです」


 なるほど、つまりその夢旅行者がわかれば、僕と共通の友達が怪しいってことか? 被害者が増えれば増えるほど夢怪盗にたどり着いていくってわけだ。

 正直、いったいどの夢がどの人のものかわかれば楽なんだけど、ジュベールは頭の中から垂れ流されている夢情報を勝手にかき集めてのぞき見しているだけで、どれが誰のかはわからないっていうから役に立たない。わかるのは、橘のように本人が主人公として夢の中に登場している場合だけだ。


「ちょっと待った。夢の中でハルカはたしか、前にもちんぷんカンガルー一族から誰かの夢を守ったっていってたような……」

「それは榊原君の夢です」

「それってクラスメイトの?」

「はい」


 榊原っていうのは、どっちかといえば友達が少ないやつで、けっこうぼうっとしてることが多い。たぶん空想というか、妄想が好きで、夢を見てるときも空想の世界が広がっていくんだろう。たしかに夢怪盗に狙われやすいタイプかもしれない。

 それにそういえば、夏休み、どっか南の島に行ってたっていってたような気が……。


 いや、ちょっと待てよ。そのへんのことはクラスメイトだからこそ、わかることだ。

 ってことは今回の夢旅行者も、それどころかちんぷんカンガルー一族もクラスメイトの可能性が高いってこと?

 僕の驚きを読み取ったかのように白鳥さんはいう。


「はい。ちんぷんカンガルー一族は……、あるいはその夢情報屋はあたしたちのクラスメイトの誰かじゃないかと思ってるんです」


 じゃあ、きのうの被害者、夢旅行者もクラスメイト?

 いたかな? 読書が大好きで空想癖がありそうなやつって。

 ひとりひとりを思い浮かべてみたけど、当てはまりそうなやつはいない気がする。


「できれば今回の夢旅行者は、クラスメイト以外だったらいいんですけど」

「どうしてさ?」

「だって、クラスメイトなら、けっきょくちんぷんカンガルー一族の手がかりは、クラスメイトの誰かじゃないかってことから進展しませんけど、クラスメイト以外だったらいっきに絞り込めます。家が近所とか、塾がいっしょとか、クラス以外の共通項目が出てくるわけですから」

「なるほど」

 それで必死になって夢情報屋を探そうとしたのか。


「じゃあ、きょう夢の中に入って、直接聞いてみたらどうなんだい? 君は誰って?」

「答えないと思います」

「え、なんでさ?」

「ジロー君なら、いきなり自分の夢に入りこんできた謎のふたり組に、正体を探られて素直に答えますか?」


 名探偵と忍者のコスプレをしたふたり組がやってきて、君は誰だって聞いたら?

 答えるわけないな。

 夢怪盗に夢を盗まれそうだから、守りにきた?

 信じるわけがないっ!


「いや、待てよ。前回、ちんぷんカンガルー一族に夢を盗まれてるわけだから、そいつを捕まえに来たっていえば……」

「夢を盗まれたから、ちんぷんカンガルー一族の記憶自体が消えてます」

「そ、そうか。だけど、もしクラスメイトなら僕のことを知ってるはずだし……」

「同じことです。誰かの姿を借りてなにかを調べに来た怪しいやつって思います。基本的に夢旅行者は臆病で用心深い人が多いんです」

「そうか。なかなかむずかしいんだね。いや、ちょっと待った。そもそも誰かもわからないのに、そいつの夢の中に入れるの?」


 ジュベール伯爵は、あのモニターに映し出された夢が、誰のものかは特定できない。本人が主人公として出ていて、しかもそれが誰だか知っている場合以外は。


「きょう、ぜんぜんちがう姿で、ぜんぜんちがう夢を見てたら、わからないんじゃ?」

「それはだいじょうぶです。きのう、伯爵はその人の夢の中に目印を残しました」

「目印?」

「使い魔のコウモリを一匹夢の中に放ったんです。きょう、どんな夢を見ようと、その中にそのコウモリは現れます」


 あの野郎。のぞき見だけじゃなくて、そんな技まで……。


「できればきょう夢の中に入る前までに、夢旅行者が誰かわかればよかったんですが、ジロー君もまったく心当たりがなさそうですね」

「ごめん。ない。まったく」

 白鳥さんは、はあとため息をついた。


「わかりました。じゃあ、今夜。またむかえに行きます」

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