2 夢探偵? 強盗の間違いだろ?
僕は海の中にいた。水は限りなく透明で、相当先まで見通せる。だから一瞬そこが海の中だということがわからなかったけど、赤や青や黄色の熱帯魚たちがまわりを泳いでいるのをようやく気づいた。
すごい。今僕はほんとうに海の中にいる!
「気分はどうだい、Yジロー?」
隣にはハルカがいる。足もとの砂地からすこしだけ足を浮かした状態で。
そう、僕らはジュベール伯爵の部屋からここにジャンプしてきた。水の中で息ができたり、しゃべれたりするのも、ハルカが夢を同調するとき、そういう設定にしたってことだろう。
ただモニターからながめていた感じだと、海底というよりむしろ砂丘のように見えた。だからいざ来てみると、思っていたところとちがう感じだ。
「夢主はじっさい海の中に潜ったことなんかないんだろうに、よくここまで世界を作り上げたね」
ハルカは感心したようにいう。
たしかに、そこは本物の海の中にしか思えなかった。まるで砂漠のように広がる真っ白な砂地。そこにはゆらゆらと水面の波紋が薄い影になって映っている。その中に点在する岩。すぐ側の小さな丘のような岩には、あたり一面びっしりとサンゴが根付いていた。
そこには緑や紫のトゲトゲした皿みたいなサンゴが何重にも折り重なっていて、そのすき間から、赤い枝にいくつもの白い小さな花を咲かせた植物みたいなやつが、波の動きにそって揺れている。
そのまわりにはそれこそ何千という指先くらいの小さな魚が群れていた。太陽の光を受け、金色や銀色に輝き、それはときに固まり、ときにはじけ、あるいはうねうねと波打った。そのまわりを赤い金魚のような魚が、一定のリズムでまるで躍るように泳いでいる。
僕はすべての光景に目をうばわれ、感動していた。
いつのまにか、僕らは空中をゆっくりと飛ぶような感じで泳ぎ回っている。ただ忍者姿の僕と名探偵姿のハルカは明らかにここでは浮いていた。
「ハルカ、夢旅行者はどこにいるんだろう?」
「さあね。ジュベール、どっちだい?」
「けけけ」
例の笑い声の方にふり返ると、コウモリがいた。飛んでるんだか泳いでるんだかわからないけど、羽根をぱたぱたさせて僕らの後ろにいる。
前回、橘の夢に入っているとき、他の夢にちんぷんカンガルー一族が現れて対処できなかった反省から、使い魔を通じて伯爵と連絡がすぐ取れるようにしているわけだ。
「案内してやる。ついてこい」
コウモリはそういうと、僕らの前を飛んでいった。
ハルカと並んであとを追う。しばらくは砂漠の上をゆっくりと飛んでいる気分だったが、やがて前の方にぼんやりと黒っぽい影が見えてきた。
さらに近づくと、それが城であることがわかった。
といっても、それは日本の城とはかけ離れていたし、かといってヨーロッパ風でもない。なにせ壁という壁をありとあらゆるサンゴで覆いつくしている。それは緑だったり紫だったり、赤だったり。形にしろ、皿みたいの、枝みたいの、花みたいのとさまざまで、それがすき間もないくらいに集まっているから、もとの壁がなんなのかわからない。
ただ、これがただの岩ではなく、建物である証拠に、一階部分と思われる入り口にはちゃんと扉がついていた。高さ二メートルくらいで両開きの鉄扉。その表面には無数の宝石がちりばめられている。
竜宮城かよっ!
思わずつっこんだが、たぶんずばりそのものをイメージしたんだろう。
ってことは、夢旅行者は乙姫様? 旅行者ならどっちかっていうと浦島太郎の方だろう?
「夢旅行者はあの中にいるのか? それともここへやってくるのか?」
僕はコウモリを通じてジュベール伯爵に聞く。
「けけけ、いるんだよ、あの中に」
「とにかく入ってみよう」
ハルカはそういうと、扉めがけて泳ぎだした。あとちょっとで扉というところで、岩のすき間からにゅるんとなにか長いものが飛びだしてきた。
ウツボだった。ただしでかい。長さにして二メートル。蛇が鎌首をもたげるような感じで、ほぼ垂直に立っている。まるで門番のように。
「止まれ」
ウツボまでしゃべんのかよっ!
「そこを通してくれないか?」
ハルカはまったく気にせず、頼んだ。
まあ、たしかに今までさんざんカンガルーやコアラ、コウモリまでしゃべっている。正直いって今さらってやつだ。
はっきりいって、岩がしゃべろうが、ミミズが躍ろうが、炎が泣こうがしったことかっ!
「おまえたちは誰だ? ここになにしに来た?」
ウツボはほんとうにここの門番らしい。まったく通す気がないようだ。
「この城の主、つまりこの夢の主に会いたい」
「なぜだ?」
「この夢は狙われている。夢怪盗が盗もうとしているんだ。あたしたちはそれを阻止しにやってきた夢探偵」
まったく説得力がないな。
しかしハルカはそんなことまったく思っていないらしく、えへんと胸をはる。
「そんな話は聞いてない」
そりゃそうだ。
「今、聞いただろ?」
ハルカは引かない。
「そもそも信じられん」
やっぱりそうだよなぁ。
「そこをなんとか」
「そんな恰好のやつらを信じられるか! 非常識すぎる」
ウツボに非常識と怒られる僕ら……。
「とりあえず、取り次いでくれ。君じゃ話にならない」
「その必要はない。怪しいやつらは排除する」
「どうやって?」
「こうするんだ」
ウツボの全身がいきなり伸びた。それこそ大蛇のようにハルカの体にからみつく。
「おとなしく帰るなら許してやろう。いやならこのまま絞め殺すまでだ」
「ははは、できるかな、君に?」
加勢しようかなと思ったけど、やっぱりやめた。どうせハルカの馬鹿力なら、その気になればウツボを引き裂く。
「やれやれ、どうしたものかな?」
どうやらハルカはウツボをバラバラにする気はないようだ。ウツボはといえば、顔を真っ赤にしてうんうん唸っているが、ハルカは涼しい顔をしていた。
「おまえ、鉄かなんかでできてんのか?」
「レディーに対して失敬だな。勝手に触って、鉄みたいに固いだなんていったら、殺されたって文句はいえないところだぞ。お世辞でも柔らかいといえ」
なんの話だっ!
「レディーって、おまえ、レディーがそんな恰好をするか? その恰好はまるで男……」
「Yジロー、こいつがあたしにかまってる間に、さっさと扉を開けろ」
「それもそうだな」
僕は扉に両手をつけると思いきり押した。びくともしない。
「あれ、引くのか?」
しかし扉に取っ手はなかった。
「押していいんだよ。だがおまえの力じゃ無理だな」
ウツボがせせら笑った。
「くそ」
僕は意地になって押した。だけどやはり一ミリたりとも動かなかった。
「君は馬鹿か? どうしてあたしの真似をする」
たしかにな。こんなものを動かせるのは馬鹿力のハルカだけだ。
僕は背中の『夢斬り丸』を抜くと、ひとふりした。
たちまち扉に斜めに亀裂が入ったかと思うと、そのまま地面に崩れ落ちる。
「なんなんだ、おまえら?」
ウツボはびっくりしてハルカから離れた。
「だからいっただろう。あたしたちは夢探偵」
「強盗のまちがいだろ?」
なんかこいつのいうことの方が正しいように思えるのは、気のせいか?
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