第六話 妖精の女王《クローリアーナ》-4-
花園の端には日本の水道水よりも綺麗で、とても冷えた小川が流れていた。
川岸に移動したヒヨリは、採っておいた山菜やキノコを洗い、山菜はエグみを取るために暫し川に浸してさらしておく。
その間、荷物を持っていたガウディから調理道具一式を出して貰い、ついでに火を焼べて貰った。
「それじゃ山菜とキノコは布巾で水気を取って、食べやすいサイズに切っておく。そして鍋に油を並々と3センチほど注いで、加熱しておくと。そして深皿に小麦粉を入れて、生卵と小川の水を入れて、軽く混ぜる」
ちなみに生卵は、調理をする前にラトフから貰ったものだ。
私(ヒヨリ)を探すために木に登ったところ、鳥の巣を見つけ、巣の中に卵が有ったのでありがたく頂戴したという。
――おいしく食べてあげるから許してね。
ヒヨリの実家(民宿)では鶏を飼っており、お客や自分たちの食卓に産まれた鶏卵を使用していたので、親鳥が不憫と思わなかった。幼い時からの食育はバッチリだ。
「えっと、混ぜすぎると粘りが出ちゃって、フリッターの衣になるから注意と」
千代からの注意を口にしつつ、手作りの木箸(トーマに頼んで制作して貰っていた)で、混ぜるというより、衣液を切るように掻いていく。
ほどほどに混ざった衣液の粘着感はさらりとしており、小麦粉のダマが幾つも残っていた。
「ダマが有っても、そんなに気にしなくても良し。あとで衣を付けている時に潰れるしね」
箸に衣液をまとわせて高々と上げると、衣液がたらりと滴り落ちた。これが粘りで落ちるまで時間がかかるようではNGだ。
「これで衣の完成。次に加熱させていた油が約170度になっているかを確認するために、この衣を油に垂らし入れる」
箸から滴り落ちた衣は心地良い音を響かせて、油の中ほどまで沈んで行き、すぐ浮き上がった。
「よし準備OK! あとは山菜やキノコに衣を付けて揚げて、ほんのり黄色になれば、天ぷらの出来上がり!」
***
木皿に見栄え良く天ぷらを盛り、クローリアーナたちに配膳した。
「これは?」
山菜やキノコが白い衣に包まれた物体に、思わずクローリアーナが訊ねた。
「天ぷらという料理です」
「テンプーラ?」
「採っていた山菜やキノコに小麦粉で作った衣を付けて揚げた、揚げ料理ですね。天つゆをつけて食
べると良いのですが、そんなものは無いのでお皿の隅の塩をつけてお食べください。それと、これをお使いください」
先端が三又に別れている木の匙をクローリアーナに手渡した。
「これは?」
「フォークです。これに刺して食べるんです」
「ほう。なるほど、これならば手が汚れないで食べられるのか」
フォークと天ぷらを初めて見るクローリアーナは興味津々と見つめ回す。
一方、ヴァイルたちヨルムンガンドは似た料理に覚えが有った。
「ヒヨリ様、これはアーステイム王国で作ったコロッケとは別のものですか?」
ガウディが訊いてきた。
「揚げ物料理という括りで言えば同じものだけど、コロッケは洋風の揚げ物料理で、この天ぷらは日本の揚げ物料理なんですよ」
揚げ物料理と言えど、別の料理として作れるのかと関心の声を漏らす。
充分、天ぷらの見た目を観察したところで、クローリアーナはブータンブスロープの天ぷらをフォークで刺し、塩を付けて食した。
「ほう! サクと心地良い歯ごたえに、ほくほくと暖かく、塩味とほのかな苦味が合わさって……美味い!」
普段、山菜などの野菜は、そのままや茹でて食べるぐらいのもの。新鮮な食感に驚きを覚える。
アーステイム王国の海原亭の時でも揚げ料理は基本素揚げであり、打ち粉という調理法が知られていないので唐揚げにする調理法がまだ存在してなかった。打ち粉をしないで野菜をあげた場合、野菜が油を吸い過ぎて萎え萎えになってしまい、食べられたものではない。
「コロッケも美味しかったですが、このテンプーラは素材の味を引き立てているというか、ブータンブスロープがこれほど美味しいものだったとは」
「いつもなら塩茹でに食べていたが、こっちの方が苦味が抑えられていて香ばしいな」
ガウディやラトフも舌鼓を打ち、シュイットも行儀良く黙って食べているが食は止まらない。しかし、ヴァイルは――
「どうしたの、ヴァイル?」
「いや、別に……」
これまでヒヨリの料理を真っ先に食べてくれていたのに、天ぷらを嫌そう顔を浮かべて、口をつけていなかったのだ。
「ああ、ヴァイル様は野菜とかが葉物系はお嫌いですからね」
ラトフが言った。
「え! そうなの、ヴァイル?」
ヴァイルは問いに逃れるように視線を逸らしたのである。その態度が本当だと証明している。
嫌いな食べ物があるというのは、それほど意外という訳ではない。
食べ物に好き嫌いは有って当然。だが、これまで美味しく食べてくれたヴァイルに拒否されるというのは気分は良くない。
「まあまあ、騙されたと思って食べてみてよ」
「……」
口を開かない。
ヒヨリの料理の腕は信用しているし、他のメンバーからも好評の味のようだ。けれど、嫌いなものを口にするのは自分自身が許さなかった。絶対に口にするものかと、変な意地が生まれてしまう。
ヒヨリは自分の箸で天ぷらを挟み取ると、「ほーら! あーん」とヴァイルの口元に持っていく。
だけど、ヴァイルはそっぽ向いたままだった。
――カッチーン!
ヒヨリの頭の中で怒りの点火が作動した。
「ラトフ! ヴァイルを捕まえて!」
即座に反応したラトフは鉄鎖を投げ飛ばして、ヴァイルをぐるぐる巻きにした。
「ラトフ、おまえ!」
「いやーヒヨリ様のご命令ですので」
ヒヨリは身動きが取れないヴァイルの口へとマールトの天ぷらを近づけていく。
「ほら、あーん!」
ニッコリと笑いつつもヒヨリの眉が上がっていた。
逃れず、ヨルムンガンド海賊員やクローリアーナたちの視線に気付き、観念して口を開けて食した。
「……お! サクサクして、思ったよりはエグみがあまりない」
「でしょう! ちゃんとエグみを取るように川にさらしておいたからね」
次にキノコ…セープゥブ(椎茸)の天ぷらを食べさせてあげる。
噛むとうま味が含まれる水分が溢れ、焼いたものよりも噛み切りやすい食感だった。
「うん、美味い。ヒヨリ、そのコーゴミのやつもくれ」
「はいはい」
注文通りヴァイルの口に運んでいくが、「おっほん」とクローリアーナが咳払いをした。
「なにやってるんじゃ、お主たちは?」
言われて初めてヴァイルに食べさせていた所作が、伝説のアツアツカップルがする作法だと気付いて、直ちに顔が真っ赤になってしまったのだった。
「もう! 食べられるなら自分で食べてよ!」
「鎖が巻かれているから、食べられないんだよ!」
夫婦漫才はさて置いて、クローリアーナが訊ねる。
「ヒヨリ、このテンプーラの衣は一体何のためにあるのだ?」
「確か千代さんが言うには、その衣に包まれているから中の具に直接油に触れずに加熱できて、衣も油でカラッと揚がるから美味しくなるみたいです」
「衣もね……。まるで雲に包まれているようじゃな」
「ああ、それで天ぷらの字で、空の天が付けられているかも知れません」
※天ぷらの語源は諸説あるが、「天」は「天竺(てんじく)=インド」を指しており、天竺で取れた小麦粉で作ったものと云われている。決して雲に似ているからではないが、異世界に天竺(インド)のーを説明しても意味は無いだろう。
クローリアーナは天ぷらを完食し、満足そうに微笑んだ。
「ふむ、馳走になった。いつも食している山菜やキノコが、こうも新鮮に食べられるものだったとは。サリサが言う通り、大変妙味だった。あとで褒美をくれてやろう。さて、それでは本題に移ろうか。お主の元の世界に戻るための方法を。と、その前にお茶でも如何かのう?」
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