第五話 嵐の《ヴァーン》島で微笑んで -7-
深淵のカーテンに包まれたかのような闇夜に紛れて、ヴァーン島の入江へと一隻の船が侵入していた。
「ん? なんだあの船?」
ヴァーン島の崖上に常駐している見張りが、素性不明の不審船の輪郭を捉え、島の住人に知らせようと警鐘を鳴らそうとしたが――
ズッドーン!
合図と挨拶代りにと不審船から艦砲射撃が行われたのだ。
放たれた砲弾は入り江近くに建てられていた倉庫に命中して、粉砕した。
間もなく島の警鐘が鳴り響く。
不審船の甲板上で、汚らしい男が配下の者たちを前にして船首に立っていた。
「さあ、皆の者。狩りの時間だ! 憎きヨルムンガンド海賊団を、儚くも哀れなヴァーンの生き残りを、蹂躙せよ!」
男の名はダーグバッド。
ダーグバッドの号令に、総勢五十人の配下の船員たちは威勢の良い声をあげて応じた。
船員たちは母船シーサーペント号から小舟を降ろして、ヴァーン島へと上陸を開始した。
***
サリサは、ふと目を覚ました。
「なんだ?」
轟音の後に、鳴り響いてくる警鐘が聞こえてくる。異変が起きたと瞬時に察した。
間髪入れずにリイナが提燈(ランタン)を手にして、部屋の扉を開けて入ってきた。普段は冷静沈着な彼女(リイナ)だが、珍しく焦りと驚きの表情を浮かべている。
「突然の所、失礼いたします。緊急事態であります。島に賊が侵入しました!」
大きな声にヒヨリも目を覚まし、寝ぼけ眼でサリサとリイナの様子を覗う。
「賊? どこの者か解るか?」
「はい。ダーグバッド海賊だと思われます」
サリサは苛立ちを表すように舌打ちをした。海賊の旗を掲げているからには、他の海賊やガンダリア帝国軍から襲撃される覚悟をしているが、宣戦布告したばかりの相手(ダーグバッド)から襲われるとは思いもしなかった。
「まさか、あっちから攻めて来るとはね。それで対応の方は?」
「既にヴァイル様たちが向かっております」
「そうか……。リイナ、子供や戦えない者たちの避難の先導を。それから……」
サリサはヒヨリに視線を向ける。
これまでの話しを聞く限り、ただ特殊な料理が作れるだけのヒヨリは戦闘経験が無い、ただの一般人だ。リイナに連れて貰い避難させた方が良いだろう。
しかし、サリサは――
「ヒヨリ、起きて私に付いてきなさい」
「「えっ!?」」
ヒヨリだけではなくリイナも驚きの声をあげた。
「さっきも言ったでしょう。私の側に居た方が安全だからよ。それに、もし避難所が襲われたりしてそこから逃げなければいけない状況になった場合、土地勘が無いから迷ってしまうでしょう」
サリサは説明しながら、丈夫な皮布をサラシのように胸と腰に巻きつけて、簡単に着替えを終えた。
「という訳よ。リイナ、住民の避難を宜しく頼む」
「はい、解りました。それでサリサ様は?」
「決まっているだろう。害虫駆除に行くんだよ」
「解りました。どうかご無事で」
リイナは灯りが付いたランタンをサリサに渡し、自分の役目を果たすために退出した。
「ほら、ヒヨリ。行くよ」
「え? あ、あの? サリサさん、なにが?」
「チンタラしない! さっさと起き上がる!」
サリサの一喝にヒヨリは「はいっ!」とベッドから飛び上がった。が、寝起きで未だ状況を掴めない。先ほどの会話から聞き取れた内容を整理しようとすると、
「それとヒヨリ、はい!」
サリサはヒヨリに“ある物”を投げ渡した。
「わっ! おっとっと……なんですか?」
「短剣よ。護身用に持っていなさい」
「え? あ、ちょっと待ってください」
サリサの後を追いかけていく間に、改めて聞き取れた内容を整理する。
ダーグバッド、襲撃、避難、そして渡された護身用の短剣。
明らかに“事件(トラブル)”が起きている。しかも、その渦中へと向かっていると直感していたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます