第三話 捕らわれしの王子《シュイット》様 -5-
ヴァイルたちは母船のフロートにもなっている三隻の小舟を離脱させて、音を立てずに低速で各舟別々の方面からシーサーペント号に近づいていく。
そこから七十メートルほど離れた場所で漂泊させていた母船に居るヒヨリは、暗闇で何も見えないが心配そうに眺めていた。
ふと、おばあちゃんから、おじいちゃんたちが悪どい地主と一悶着が有った時に殴り込みしたという逸話を思い出す。
聞いたところ、地主はヤクザ者を雇っており、おじいちゃんたち島の若者衆と抗争めいた騒動にもなったらしい。相手は拳銃といった凶器を所持していたらしいが、結果はおじいちゃんたちが圧勝したとか。
その話しと比べるものではないが、まさか現実に敵へと襲いかかる現場に目撃するとは思ってもしなかった。
おばあちゃんも憂虞したのかと思ったが――
「そういえば、おばあちゃん……『全然心配せんかったよ。むしろ相手を殺さんかとヒヤヒヤしていたわ。ヒャヒャヒャ』って言っていたな……」
ヒヨリの無用な気遣いをよそに、帆柱に登っているロアが細目でシーサーペント号の様子を覗いていた。
シーサーペント号の乗員がほとんど眠っているのと、見張りをしている乗員を確認する。先の宴の酒に酔いふらふらしており、注意力が散漫になっている。
「四人か……」
ロアは矢を四本を取り、各矢を指の間に挟んだ。
弓の弦を大きく引くと――矢継ぎ早に、四本の矢をほぼ同時という速さで射ったのだ。
「っ!」
遠く離れたシーサーペント号で見張りをしていた乗員たちの急所に見事命中し、声をあげられず絶命した。
それを合図に、ヴァイルたちの小舟はシーサーペント号に接舷すると、船尾からヴァイル、右舷からガウディ、左舷からトーマが、すぐさま乗り込んだ。
ダーグバッド海賊団は約五十人も要する海賊団。ましてや王子を人質に捕えられたからといっても、アーステイム王国の兵士と交戦して撃退するほどの武力も持っている。
僅か五人しかいないヴァイルたちヨルムンガンド海賊団として、“今”は、真正面の戦いは避けたかった。
なので、今回の目的は戦いではなく、シュイット王子の奪還。
乗り込んだヴァイルたちは、一目散へとシュイットへと向かっていく。
だが――ヴァイルの足元にナイフが突き刺さった。
「おやおや、俺様の船にネズミが潜り込んでくるとは、大した度胸があるネズミだな。残念ながらお招きをしていないのですが……」
「起きていたのか、ダーグバッド」
長い髪と長いヒゲ年配の男性……ダーグバッドは人を不快にさせるほどの下品な笑みを返した。
「酒を飲んでも酔うな。それは『ヴァーン国』の者としての嗜みですからね。ヴァイル様」
「国を裏切ったお前の口から、国や俺の名を呼んで欲しくないな」
今すぐにでも切りつけたい衝動に駆られるが、ヴァイルは抑えた。今回は戦いが目的ではないからだ。
「そうですか、ヴァ・イ・ル様。それはそれは残念至極。かつては忠実な配下だった者に対しての粗暴な物言い。これは手荒い歓迎をしても文句は言われないでしょう。野郎ども、さっさと起きやがれ!」
ダーグバッドの号令に、数人の巨体の男たちが起き上がる。他の船員たちは相も変わらず眠っている。
起きてきた船員は戦闘員で、緊急な事態に備えているプロフェッショナル。ダーグバッドが言うとおりに、飲酒を嗜む程度に済ませていたのだ。
「何しに……と言っても想像は出来ますが、そこのぼんくら王子の救出きたんだろうが、残念ですが、ヴァ・イ・ル様、こんな上物は易々と返せませんぜ!」
ダーグバッドはシュイットの進行上に立ちふさがり、戦闘員たちがヴァイルたちを包囲する。
ヴァイルはガウディとトーマに目配せると、二人はそれだけで何をするべきかの意図をくみ取った。
トーマはふところから丸い玉を取り出すと、目一杯の力で床に叩きつけた。
すると白煙が発生して辺りを包み込み、視界を遮る。
「なにっ!」
戦闘員たちが戸惑う中、ガウディが回し蹴りを戦闘員に食らわせると、まるで石ころを蹴っ飛ばしたかのように飛んでいき、
「へっ!?」
ダーグバッドに直撃した。
巨体の下敷きになるダーグバッドを尻目に、ヴァイルはシュイットの元に駆け寄り、すぐさま縛り付けている縄を手斧で切った。
「シュイット、生きているか?」
「ヴァ、ヴァイル! ど、どうしてここに?」
「説明は後だ。行くぞ!」
「へっ? えっ?」
ヴァイルは有無を言わせずにシュイットを抱きかかえると、まっすぐに船首の方へと駆けだした。船首に着いても脚力を緩めることはなく、そのまま海へとダイブしたのである。
トーマとガウディも戦闘員たちを避けて、別々の方向(トーマは左舷へ、ガウディは右舷)の舷縁(船を囲っている板壁)へと走り、同じく海へと飛び込んだ。
想定外の動きにかく乱された戦闘員たちは、どちらを追うか判断が遅れてしまったのだ。
「馬鹿が! 泳いで逃げるつもりか。矢の的になるだけ……んっ?」
ダーグバッドたちが後を追いかけて見ると、ヴァイルたちは小舟に着地していたのだった。
その小舟にはラトフが舵を取っていた。
実はヴァイルの小舟にはラトフも乗っており、ヴァイルが乗り込んだ後、ラトフが船首の先へと小舟を移動させていたのだ。
「じゃーな、ダーグバッド! 火遊びでもしてな!」
ヴァイルが一際大きな声で言った。
その声は離れていたヨルムンガンド号に届き、ロアは落ち着き払って、かがり火から矢の先端に火を付け――限界まで弦を引き、火の付いた矢を射った。
火矢はシーサーペント号の甲板に刺さると、一気に火の手が広がった。
「なにっっーー!」
ダーグバッドが叫んだ。
先の混乱に乗じて、トーマが油を撒いていたのだ。
燃え上がる炎にシーサーペント号の姿が闇夜に照らし出される。標的が鮮明に見え、ロアは帆に向かって火矢を射った。
ダーグバッドたちは船や帆が燃えては、ヴァイルたちを追いかける余裕が無かった。ほっといて全焼してしまったら、船と諸共に海の藻屑になってしまうだろう。
悠々と去り行くヴァイルたちの小舟に向かって、ダーグバッドは「くそったれー! 覚えてやがれー! 必ずこの恨みをやり返すからな!」と、罵詈雑言を吠えるだけしかできなかった。
***
「まさか、ヴァイルたちが助けに来てくれるとは……」
シュイットは弱弱しい声で言った。まだ船酔いで気持ちが悪かったのだ。
「偶然、お前ところの兵士たちと遭遇して話しを聞いたからだ。主神アルファズルと九偉神、そして部下たちに万の感謝をするんだな」
「ああ、そうだ……っ!」
シュイットは突然立ち上がった。その所為で船体のバランスが大きく傾いて揺れる。
「馬鹿! 急に立つな、転覆してしまうだろう!」
「ヴァイル! 今すぐ引き返してくれないか!」
「なに馬鹿なことを言ってるんだよ」
危険を冒してまで救助したのに、またダーグバッドの船に戻りたいというのはよほどのことだ。
「僕の……アーステイム王国の宝剣が、あいつに奪われたままだった」
「ああ、あの小剣(レイピア)か……」
シュイットの小剣(レイピア)は、伝承では、かの九偉神の一柱“アスルド”から与えられた一振りで、アーステイム王国建国の祖であり四英雄“セウディア”が使用していた武器の一つである。貴重性と重要性は語らずもがな。
ヴァイルはダーグバッドの船……シーサーペント号を見る。景気よく炎上しており、船員たちの叫び声が響きつつ消火活動をしている。
いまだ混乱をしているが、宝剣と言えど、小剣を取り返すためにわざわざ危険地帯へと戻りたくはなかった。
「残念だが諦めろ。命あっての物種だろう」
「あの宝剣は命よりも大切なものなんだ! あれを無法海賊に奪われたままで、おめおめと国には戻れないんだ!」
今にも海へと飛び込もうとするシュイットにラトフが羽交い絞めで制止させるものの、ジタバタと動いては抵抗する。その所為で小舟は揺れて危険な状態。
そこで――ドスッ!
「うっ……」
ヴァイルはシュイットの鳩尾(みぞおち)に重い一撃(パンチ)を食らわした。
シュイットは力無く倒れて気を失ってしまい、平穏が訪れる。しかし、一国の王子への暴力行為にラトフは呆れつつ言う。
「ヴァイル様、よろしいので?」
「緊急処置だ」
淡々と述べて、一時でもダーグバッドから離れるべく、母船……ヨルムンガンド号へと漕ぐスピードを上げたのだった。
***
一方、ヨルムンガンド号で待つヒヨリは――
遠くで炎上している船の明かりで照らされたヴァイルたちの姿を見て、「ほっ」と胸を撫で下ろした。
「……っ! いやいや、これはあの人たちが心配だったからという訳ではなくて、無事だったからで。知り合いとか、名前しか知らないクラスメートが怪我したとか入院したとか聞いたら、それとなく心配するのと同じで……。そうだ、なにかスープでも作ってあげた方が良いのかな」
独り言い訳をしては苦悩しているヒヨリを、ロアは不思議そうに眺めていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます