第四話 神聖アーステイム王国で夕食を -3-
市場へとやってきたヒヨリたち。
「うわー、すごい!」
ここでも思わず声をあげてしまう。
活気に溢れ、立ち並ぶ露店の数や人の多さもさることながら、それよりも目を引いたのは、人間とは違う種族たちがかっ歩している姿である。
見た目は人間と同じようでも顔や身体の一部が動物のようだった。いわゆる獣人と呼ばれる種族。それ以外にも子供ぐらい身長だが、顔は中年のおっさんのような人が馬やラクダみたいな動物を引き連れていた。
「この市場は、アトラ大陸のみならずレリア大陸、ミュー大陸から人や物が行き交い、集まってきているんだ。だから、人間(ヒューマ)以外に亜人(デミリアン)や妖精(フェーリ)たちも多く居るんですよ」
ヒヨリが記憶を喪失していると思われているのでラトフが親切に説明をしてくれた。
改めてヒヨリは、自分が異世界に来ているのだと実感してしまう。
しかし、そんな異種族たちはヒヨリの方を珍しそうに見ていたのだった。
「な、なんか、私、見られている?」
「まあ……そうでしょう。ヒヨリ様はこの辺りでは珍しい黒髪に、見たこともない異国の服を着ておりますからね」
ヴァイルたちを始め、この世界の住人の服装は、動物の皮や毛、植物繊維を素材にした織物で、チュニックと呼ばれる貫頭衣を着ていた。裁縫刺繍などはあまり施されていない簡素な作りな衣服ばかり。だけど中には、高級そうな着飾った服装の者もいたが、当然ヒヨリが着ている現代風な服を着衣している者は皆無だった。
ヒヨリは自分の服をまじまじと見た。これまで数日間、着替えがある訳ではないのでずっと同じ服を着るしかなかった。その為、所々は汚れていたり、破れている箇所が目に入った。
ヒヨリも年頃の女子である。いや、その前に人としてのエチケットな問題である。今更ながら清浄さが失われた自分に恥じ入ってしまった。
「おや、どうしましたか?」
「……ねぇ、ラトフ。こんなことを頼める身でないのは重々承知なんだけど……着替えの服とかを提供して貰いたいんだけど……」
「ああ、お安い御用で。ヴァイル様の嫁御となるのですから、遠慮無く申し付けてくださいよ」
「だから私は……」
「はいはい。それじゃ、国一番の仕立て屋に参りましょう! 買い出しはその後で良いですね」
「あ、ちょっと!」
ラトフに手を引っ張られて、一際豪壮な造りの仕立て屋……いわゆる服屋へと入っていった。
店内には溢れるほどに大量の布や毛糸が陳列されており、品ぞろえの豪華さに目が眩むほどだった。
客層は如何にも富が豊かな者たちばかり。突然、海賊の荒々しい身なりをしたラトフが入ったきたことに、客たちは眉をひそめた。
すると奥から無愛想な表情を浮かべた小太りの男性……この店の主がやってきた。
「これはこれは、アースティム王国の貴族様御用達の我がブルジョワルへ、どの用な御用で?」
貧相な者が入店できない高級店であることを強調したわざとらしい言い方だった。だが、ラトフは気にする素振りもなく、平然と答える。
「ここが仕立て屋ならば、目的は決まっているだろう。このお方の服をいくつか見繕って貰いたい」
店主は「ん?」と訝げつつ、ラトフの後ろに立つをヒヨリの姿を見る。
(どこぞの田舎者が女にええかっこしい所を見せつけようと……っ!?)
ヒヨリ……というより、ヒヨリが着ている服に目が留まった。
汚れてはいるが、初めて見るほどに独創的かつ洗練しているデザインに、仕立て屋としての自尊心を大いに刺激したのである。
着ている服装によって、どのような身分かの判断材料となる。しかし、ヒヨリの現代の服は店主の鑑定眼では識別できなかった。
「これは……こちらの、お嬢様は一体、どちら様でございましょうか?」
「まあ、大きな声では言えないが、さる高貴な方の関係者でございます。下々の服に興味を持たれて、評判が最も良いこの仕立て屋で服をご所望したのですよ」
ペラペラと語るラトフに、ヒヨリはあんぐりする。
「ただの海賊の頭目でしょう。ヴァイル(あいつ)は……」
と小声で突っ込むも、ラトフは顔だけを振り向き、「ここは俺に任せてください」と片目を閉じて伝えてきた。
「そ、そうでございましたか。これはこれはありがたき幸せでございます。でしたら、我が店お奨めの布が、こちらにございまして……」
店主は恐縮しつつ、先ほどの憮然な態度とは180度変えて接客し始めたのであった。
あれやこれや品物を取り出しては、ヒヨリの前に置いていく。
自分の感性と店主たちの勧めに任せて選んでいった。
その最中、
「あの……大変失礼かと存じますが、お願いがございます。そちらのお嬢様が今着ている服を、私にお譲りいただけないでしょうか?」
「えっ?」
店主はかしこまりつつ頼みこんできた。
しかし、現実世界からの数少ない自分の持ち物である簡単に手放せる訳がなかった。
「ご、ごめんなさい。この服は大切なものだからお譲りするのは無理ですね」
「そこをなんとか。もし譲ってくださるのなら、この店の品物をいくらでもお待ちいただいても構いませんから」
必死に食い下がってく店主に、ヒヨリが困っていると――
ラトフが鎖を鞭のようにしならせて、飾ってあった服など打ちつけて切り裂いた。まるで猛獣をしつけるように。
「いい加減にしてくれませんかね。お嬢様が困っているでしょうに」
笑顔を浮かべるも目が笑っていない。いつもと変わらない明るい声だが、どこか冷淡が含まれているようだった。
海賊らしいといってしまえばそれまでの行動ではあるが――
ヒヨリはラトフの後頭部を『ペっチン』と叩いた。
「ダメでしょう。一般人にそういう態度は!」
「し、しかし、お困りのようだったので……」
「確かに困っていたけど、そこまでする必要は無いでしょう! あーあー、品物をダメにして。ごめんなさい。これ全部買いますから許してください。ほら、ラトフ!」
「……へいへい、おい店主。これだけあれば足りるか?」
ラトフは小袋を無造作に投げ込む店主へと放り渡した。
受け取るとズシっと重みが伝わる。恐る恐る中を確認すると、金、銀、銅が混ざった貨幣が数十枚も入っていた。金貨一枚で、この店の最高級品の布地が買える価値がある。当然、ボロにしてしまった服の弁償代に充分足りた。むしろ超過していた。
「は、はい……」
迷惑をかけたからには長居は出来ぬと、ヒヨリはそそくさと服を拾い集める。
「ほら、ラトフも手伝って」
「へいへい、了解ですヒヨリ様」
「それじゃ、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
品物を両腕に抱えて、早々と店を出たのであった。
未練がましく、ヒヨリ……の服を眺めては見送っていると、客たちのひそひそと話す声が耳に届く。
「なんだ、あの無法者は?」
「あの鎖の男……確か、ヨルムンガンド海賊の者じゃないのか?」
「ヨルムンガンド海賊……ああ、セシル様を始め王族にも覚えがよいという」
「ガンダリア帝国や無法海賊たちをよく襲撃しているらしいが、結局は同じ穴のムジナだろう。いやだね~、品が無い輩は」
「いや、噂に聞いたがあそこの海賊の頭目は、かなり身分の高い出の者らしいぞ」
「身分が高い?」
「だから、セシル様と懇意があるらしいが……それに、あの娘が着ていた服も、なかなかの出来だったし。あの娘も、平凡な者ではないだろうな」
客たちも遠ざかっていくヒヨリたちを目で追いかけたのであった。
◇ ◇ ◇
ヒヨリとラトフは大量の服を抱えて、市場の大通りを進んでいく。
「もう、なんてことをするのよ!」
「そりゃヒヨリ様が困っていましたし、あれはヨルムンガンド海賊の威光を示しておくべきかと」
「海賊だからって、なんてもやって良い訳じゃないでしょうに……」
「それで、この大量の服をどうしますか?」
「どうしますかって……。あなたがこんな事をするから。捨てるとか雑巾とかにするのは勿体無いから、着れるものは着るしかないよね。それに……あなたたちの格好もズタボロだし、取り繕う材料にでもしたら」
海賊がきちんとした服を着るというのに、ラトフは「ハハ」と一笑してしまう。
「いえいえ、我々はこういうので充分ですよ。変に着飾ってしまうと動き難くなりますしね」
ラトフも悪くない顔立ちである。防具やボロボロの服で海賊らしい相応な格好。戦闘のための格好とも言えよう。
「でも、清潔な格好をして欲しいかな」
海賊相手に愚問な望みであった。
「ところで、さっきの貴方の行動に問題が有ったと思うけど、値段は訊かずにぽーんと支払ったけど、それで良いの?」
「あー。自分、計算とかがまどろっこしいのは苦手なんで」
「えー! 海賊らしいと言えば海賊らしいけど、金銭管理はちゃんとしないと……あ、すごい品数!」
通りに立ち並ぶ露店に陳列している品々は、食物系が多く、魚や肉、野菜と多種多様の品揃えだった。
足を止めて、じっくり吟味する。
「あいつ(ヴァイル)が、ご飯を作れっていったから、やっぱりなんか作らないといけないよね……」
見たところ魚や野菜は地球のものと似ており、抵抗感は少なかった。しかし港町なので魚の鮮度は良いが、野菜は新鮮とは言えず、形も不揃い。
王都の市場と言えど、日本のましてや一地方のスーパーマーケットに売られている品物などと比べては、売り物にしてはいけないレベルのものだった。
「いかに日本が良い所だって、よく解るわね」
ピンポン玉サイズで凸凹だらけのジャガイモに似た野菜を手に取っては眺める。
「おや、お嬢さん。見ない顔だね。旅の者かい?」
店主が気さくに話しかけてきた。先ほどの仕立て屋の小太りの店主とは違って愛想の良い笑顔を振りまいている。
「んー、そんなところかな」
「そうかいそうかい。だったら、品物を買っていってくれよ。ここの品物はマナザー地方で収穫された野菜だよ。知ってるかい、マナザー地方の野菜はミュー大陸のアルフニルブ国産と比べても違いはない美味しさだよ」
「アルフニルブ国?」
と聞き慣れない地名に反応するヒヨリ。
「おや、アルフニルブ国を知らないのかい? 妖精の女王クローリアーナ様が治める国で、自然豊かな場所だよ。そこで獲れる野菜や果実は、王族や貴族たちだけしか口に出来ないほどのものなんだよ」
妖精の女王というワードと共に、収穫される作物に胸がときめくヒヨリ。
「へー。それじゃ、そのアルフニルブ国の野菜は無いんですか?」
「いやー。ウチも入荷したいのは山々なんだがね。ガンダリア帝国や無法海賊がアルフニルブ国の船を襲撃しては積み荷を略奪したりして、手に入り難いんだよ。それで貴族たちの口にしか入らない理由なんだよね」
「そうなんですか」
そういえばと、そのガンダリア帝国や無法海賊を逆に襲って積み荷を奪い返しているというヴァイルたちルムンガンド海賊団。
横目でラトフを見ると、「頑張っているんですよ、俺たちは」と言うかのように笑顔で返してきた。
先のシュイットの一件や、この世界の情勢をある程度知ったことで、ヴァイルたちが所謂悪い海賊とは別物であると実感した。
(良い海賊? だけど、良い海賊が無理やり結婚を強要してこないわよね)
冷ややかな視線でラトフを見つめたのであった。
「ところでお嬢さん、どうするんだい。買うのかい、買わないのかい? 買ってくれるのなら、おまけするよ」
店主が言った。
「本当? そうね……」
一度、辺りの露店を見渡すヒヨリ。
他の店の品質は、ここの店とは大した違いはなかった。一見、人の良さそうなおじさんだ。何がどう食べられる食材なのかの知識が無かったので、あれこれと教えて貰いつつ、値段交渉へと突入していったのであった。
「それじゃ、おじさん。このポータト(ジャガイモのような野菜)を一山頂戴、あとこの赤いやつと、緑のやつも。ついでにこれも」
「へい、まいど。えーと、ポータトが10リルでそれが二山で、グラタイルが7リルの一山で、レーイクが8リルが二袋分で、クイーテンクが3リルの……えーと今は、幾らかな」
“リル”とは、この世界というより、アーステイム王国やアルフニルブ国といった二大国で流通している通貨である。
セール金貨(1000リル)、ドロイア銀貨(100リル)、ヘク銅貨(5リルと1リルの二種類)が流通しており、もちろん各材質と種類によって価値が違う。(銅貨の両面に柄が描かれているのが5リル。片面にしか描かれていないのが1リル)
ちなみに貨幣の名前は、アーステイム王国の歴代の王と女王の名前が使われており、その者たちが統治していた時代に、その貨幣が作られて利用されたのもある。
店主はそろばんのような骨董的の計算機を取り出して、計算をしようとするが――
「今、46リルですね」
さらっと、ヒヨリは算出して述べると、店主やラトフは目をパチクリしてしまった。
この世界ではまだ学校などの学び舎が整備されていないので、識字や計算など勉学が出来る者は貴族や官吏、学者、一部の商人などと限られていた。また、商売人ですら計算するにもそろばんを使用したりするのが必須であった。
だからこそ、瞬く間に答えを出したヒヨリに驚くしかなかったのだった。
「え? ま、間違ってましたか?」
簡単な足し算の暗算である。義務教育を受けているヒヨリにとっては容易いことだが、教育がままならない世界にとっては高度の知識レベルに達していたのである。
店主は仕切りなおして、そろばんを弾く。
「ああ、確かに46リルだね」
「でしょう。そうだ、ついでにそれも……」
店主が驚くのを他所にヒヨリは買い物を続ける。
そして、その様子を眺めているラトフの口元が緩んでいた。
「やっぱり、あの娘(ヒヨリ)は只者じゃないな。海賊の嫁として申し分なしですよ、ヴァイル様」
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