第四話 神聖アーステイム王国で夕食を -4-
小高い丘に堂々とそびえ立つ宮殿……アーステイム城。
城内の数ある広間にて、評議の間と呼ばれる一室にて円卓を囲い、少数の大臣と多数の文官たちが、憂いを取り除く為の計画を練り、今後の繁栄を促す為の議論を行っていた。
内政、財政、情勢といった政治(まつりごと)の取り決めを話し合う場である。
その円卓の上座には、豪華な宝飾が施されている特注の椅子が在った。この椅子に座れるのは、この国の正統なる統治者のみ。だが、その席は空いていた。
空席の隣の席にて、一際若い青年が大臣たちの話しに耳を傾けており、提出された書状に目を通していた。
若者は、王族のみが着れる高貴な白い服がとてもよく似合っており、綺羅びやかな金髪。その碧眼の瞳は、女性のみならず男性の心までも惹きつけるほどに澄み渡っていた。
国防を司る大臣が一通り話しを終えると、若者の口が開く。
「なるほど、解った。ガンダリアや無法海賊に対する防衛強化に伴う費用増額については、至急、お父上に意見を伺い立てよう。それにシュイットのこともある。道路や海路の安全の確保が急務ではある。必要になる費用や資材、軍備編成などを見直して、算出しておいてくれ。後は、丞相の判断に任せる」
簡潔かつ的確な言葉に異論はなく、若者の反対側に座る年配の男性…丞相が「かしこまりました」と返事をした。
「では、本日の評議はこれまでにしましょうか。宜しいでしょうか、セシル様?」
丞相の問いかけに、若者……神聖アーステイム王国第一王子・セシルは頷く。
これで自分の役目は終わったと判断し、
「それでは失礼する」
セシルが席を立ち上がると、丞相や大臣も立ち上がり敬礼をして、退出するのを見送った。
天井まである高い扉が静かに閉まると、大臣の一人が一息吐き、口を開く。
「陛下がご病気の中、セシル様は見事に役目を果たしていますな」
「受け答えや考え方も、ますます陛下に似てきております。陛下がご病気になった時は肝を冷やしましたが、セシル様ならば我が王国も安泰ではありましょう」
「しかし、陛下のご病気はまだ暫らくは内密にできるが、問題はシュイット様か。無法海賊に囚われた一報を受けた時は、目の前が真っ暗になりましたよ。いつかは軍を率いて貰わないといけないのに、とんだ失態だ」
「それで、そのシュイット様の状態は?」
「救出部隊のスーイからの連絡では、ヨルムンガンド海賊団が救出し、現在沖合にて軍船にて確保しているとのことだ」
「ヨルムンガンド海賊団……あの、ヴァーン国の生き残りか。運が良かったというか……」
「しかし、セシル様もお冷たい。せっかくお命が救われたのに、武功を挙げるまでシュイット様の国内立ち入りを禁じるとは」
「仕方ないだろう。さっきも言ったとおり、シュイット様は軍を率いて貰わないといけないのだ。海軍を率いる将にな。それなりに戦果が無ければ、王族の威だけでは兵たちは従いはせん。それにセシル様も、かつて蛮族討伐の任を見事を果たしているのだ。王族としての試練を乗り越えて貰わなければならない」
「それもそうですな」
大臣たちとの会話は、国王アーステイオー四世が床に伏せている今、セシルとシュイットにかける期待の大きさでもあった。
「しかし、だからこそ、我々もしっかりせねばな」
王族だけでは国は成り立たない。丞相や大臣、文官たちは自分たちの成すべきことを再認識したのであった。
***
宮殿の二階奥に、セシルの部屋は在った。
「そういえば、ヨルムンガンド海賊が入港したと言っていたな。その後なにか連絡は無いのか?」
長い廊下を進む中、セシルは後を付いてくる文官の従者に訊ねた。もう一人、隣に鎧を身に付け剣を腰に備えた武官もいた。彼は護衛である。
「いえ、特にはございません」
「……そうか。もしヨルムンガンド海賊の者が来たら、早急に連絡が欲しい」
「かしこまりました。あ、セシル様。軍編成についての資料は、しかとご確認ください。午後四時からの軍議での議題となりますので」
「ああ、解った」
やがて部屋の前に近づくと、武官の従者が「失礼いたします」と述べて先を行き、扉を開けた。そこに扉が最初から無かったかのようにセシルは進んでいく。
「セシル様、お食事はいかがいたしましょうか?」
昼過ぎまで文官たちとの評議をしており、お茶しか飲んでいない。しかし、一時間後には軍議が始まるので、ゆっくりと食事する時間は無い。
「そうだな。簡単なもので良いから自室に持ってきてくれ」
セシルだけが自室に入ると、ゆっくりと音もせずに扉が閉じられた。
メイドによって室内は一部を除いて髪の毛の一本も落ちてないほど掃除されており、煌びやかな輝きを放っているようだった。
セシルは清潔が保られているキングサイズのベッドに腰を下ろし、一息をつく。朝から評議を行っており、ましてや父親の代人として執成をしていたので、えも言われぬ疲労感があった。
このままベッドに横たわり休息しようと思ったが、散らかっている一部……机の上には、書類が山のように積まれていた。セシルの言いつけを守り、メイドたちは指一本も触れてはいない場所だった。
「……とりあえず、目を通すだけでもしておくか」
机へ向かう為に立ち上がろうとした時だった――
「えらくお疲れのようだな」
部屋には自分しか居ないはずなのに、背後からの呼びかけにもセシルは動揺しなかった。
声で誰なのか察したからだ。
「相変わらず神出鬼没だな、ヴァイル」
「海賊なんでね、奇襲はお得意なんだよ」
窓の縁にヴァイルが腰をかけており、右手を挙げて挨拶をした。セシルが来るまでバルコニーにて身を潜めていたのだ。
「おまえのことだから、そろそろ来ると思っていたが。どうやってここまで?」
「ここの秘密通路は、ほとんど把握しているからな。そこから、お邪魔させて貰ったよ」
「正門から来れば良いものを」
「手続きとか待たされるのも面倒だし、こんな格好だからな。そもそも、王宮の華やかな場は好かんのさ」
「やれやれ、とんだ悪童だ。海賊も道理を守って欲しいものだ。ましてや私掠許可を与えているし、おまえも名のある“王家の血筋”を引いているのなら、なおさらだ」
「……国亡き身にとっては、もう関係無い話しだ」
ヴァイルの眉が僅かに吊り上るのをセシルは気付いた。いや、出自の話しをすると憤ると知っていたからだ。
「そうでもないさ。その血筋だからこそ、私とおまえはこうして話し合えるのだからな。それで何用だ?」
「解っているくせに、冷たいヤツだな。いや、だからか。シュイットのことだ。無法海賊を撃退するまで戻ってくるなとは、驚くほどに冷たい態度だな」
「元々、我が領海を荒らす無法海賊討伐の任で出発したのだからな。その任を果たすまでは、帰参は許すことは出来ない。自ら汚したアーステイム王国の名誉と威信を挽回するのは、王族としての義務だ」
「そうは言うが弟だろう。セシアラたちは何も言っていないのか?」
「シュイットが捕らわれたことは伏せてある。今も討伐中だと思っているだろう」
「ああ、通りで……」
セシルたちには姉妹がおり、セシアラとは姉のことである。周囲から慈愛の人と呼ばれるほど心優しく、もしシュイットが誘拐されたと知ったら、ひどく気が動転していたはずだ。教えなかったのは、そういう理由もきっと有ったのだろう。
「それに第一報でヴァイルたちヨルムンガンド海賊が救出に向かったと知ったから、安心することが出来たんだ。ヴァイルたちヨルムンガンド海賊じゃなければ、万の軍勢を引き連れて、救いに向かっているところだ」
「本当かよ?」
その問いに、セシルを優しい笑みで返した。
「……それでシュイットの扱いをどうするつもりだ?」
「そのことについて、直で話しておきたかった。いや、頼みたかった。シュイットをヨルムンガンド海賊で預かって、協力してくれないか」
ヴァイルはあからさまに嫌な表情で「なんで?」と言った。
「これまでのヨルムンガンド海賊の実績と信頼を考慮してだ。そして、私の唯一の友であるヴァイルだからこそ頼めるんだよ。現にダーグバッドからシュイットを救い出してくれたしな」
「運が良かっただけだ。それに海賊の掟を知っているか? 使えない奴(無能)は海に放り捨てる。いくらアーステイム王国の王子であろうと、その掟に従って貰うぞ?」
「ここで武功を挙げられないのなら、アーステイム王国の王族として勤まらない。ましてやガンダリアの脅威が日に増している中、貧弱な者はいらない。そういった者が軍を率いたところで全滅するのは目に見えている。海の藻屑になった方が良いさ」
「相変わらず弟(シュイット)には冷たいというか厳しいというか」
「私たちの身の上から考えたら、普通だよ。それはヴァイルのところだって……」
「“あいつ”の話しはしないでくれるかな」
「それはすまない。それで、シュイットを引き受けてくれるのかな?」
ヴァイルは腕を組み、頭を下げて考え込む。
セシルは無駄な頼みをしない。ほぼ可能であることでしか動かない。それは王族としての英才教育の賜物(思考)だろうか。
それに、一介の海賊に自分の弟を任せるというのは、それほどの信頼があってこそ。普段、他の私掠許可の海賊たちよりも多少の融通をして貰っている面もある。
面倒と信頼を天秤にかけた結果――
「解ったよ。シュイットを預かってやる。で、帰国の条件としては、無法海賊のダーグバッドの首を獲れば良いんだな?」
「ああ」と頷くとセシル。
「その代わりに、それ相応の褒美を要求するぜ」
「当然の権利だ。そういえばシュイット救出の礼の方がまだだったな。まずは、その礼を……」
「それだったら要望がある」
「どうした、何か望むものがあるのか?」
「ああ、ニホンという国を探して欲しい。もっと細かく言えば、そのニホンという国に在るというヒメ島という場所だがな」
「ニホン? 初めて聞く地名だな。何処にあるのだ?」
「それが解らないから、探して貰いたいんだ。未開の場所かも知れないし、もしかしたら、この世界ではない場所かも知れないがな」
「どういうことだ?」
「俺が助けた人物が、そこの出の者らしいんだ」
「何処か解らない場所からやってきたというのか? それで、わざわざ、その場所に探し連れていくと?」
そもそもヴァイルが人助けをするにしても、親身になって探すタイプではない。なにか裏があると察する。
「そのニホンって場所に連れていけば、俺の嫁になる約束をしたからな」
いつも冷静な態度のセシルが、口をあんぐりしてしまった。その驚く顔に珍しいものが見れたと、ヴァイルはつい笑ってしまった。
「なんだ、その顔は?」
「いや、それは私が訊ねたい。嫁とは?」
「言葉の通りだよ。俺が助けたヤツがニホンという場所に戻りたがっている。それで交換条件として、ニホンに連れて行けば俺の嫁になると約束をしたんだよ」
「そ、そうなのか……」
ヴァイルは21歳、セシルが22歳。と、この世界では既に結婚してもおかしくない年齢ではある。
現に、セシルには諸国から縁談の話しが数えきれないほど届いていた。しかし、神聖アーステイム王国の立場上、次期王様であるセシルの伴侶を安易に決められるものではなかった。ましてや当の本人(セシル)に、その気は無いし、ヴァイルの方も同じだと思っていた。
(女や欲に執着せず無縁と思っていた、あのヴァイルが女性の為に行動しているというのが驚きだ)
「ヴァイル。その人は、よほどの人物なのだな?」
「ああ。生まれて初めて絶対に手放したくないと思ったほどだ」
「そうか……それなら、一度はお会いしたいな」
「気が向いたらな」
二人の間を割って入るように“コンコン”と扉からノック音が鳴った。
「セシル様、お食事をお持ちいたしました」
と、扉の奥から従者が言った。
「ああ。ちょっと待ってくれ」
いくら知り合いのヴァイルと言え、正式の手続きをせずに城内に入った侵入者である。姿を見られると騒ぎになるので、ヴァイルに一旦身を隠せと言おうとしたが、ヴァイルはそそくさと自分が来た入り口…窓の縁に足をかけていた。
「言いたいことも言ったし、用は片付いたから帰るぜ」
「あ、ヴァイル」
「シュイットのことは解っているよ。だから、俺の要求もしかと飲めよ」
「ああ、解っているよ。ヴァイル、今度はちゃんと正門から入ってくるんだな」
「海賊に王宮は居心地が悪いんだよ。じゃあな」
そう言い残して、ヴァイルは近くに生えている木の枝へと飛び移り、軽快な動きで降りていった。
セシルは窓の景色を見つつ、
「元王族の者が、何を言っているのだか」
空に言葉を投げかけた。
嵐が去ったような静けさの間もなく、『コンコンっ』とノック音が鳴り、再び従者が呼びかけてきたので、セシルはやっと部屋に招き入れたのであった。
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