第四話 神聖アーステイム王国で夕食を -5-

 陽は沈み、辺りが暗くなるにつれて露店は店じまいを始めて、大通りが閑散しだした。

 逆に宿場の窓から灯りと共に賑やかな声が漏れており、今日の出来事を肴に盛り上がっていた。


 アーステイム王国の城下町の外れにある宿屋と酒場が兼業している「海原亭」は、ヨルムンガンド海賊団が常宿としている場所だった。


 中年の夫婦と、大雑把ながらも明朗な看板娘(シャーリ)の三人で運営しており、王都にある宿屋にしては相場と比較して格安なこともあり、多くの旅人や駆け出し商人たちが利用していた。


 その分、土壁にヒビが入っており、年期が入ったテーブルや椅子はガタがきていたが、客たちは我慢して使っていた。


 ヴァイルは気兼ねなく入り口のバタ戸を押して入ると、酒場となっているスペースの奥でガウディたちヨルムンガンド海賊団が座しているのを見つけた。


「あ、ヴァイル様、いらっしゃい。お連れ様はあちらにいらっしゃいますよ」


 この海原亭の主人が声をかけた。


「ああ」と軽く挨拶をして、指定席となっている中央の空いている椅子へと座る前で、足を止めた。


 テーブルの上に料理が並べられていないことより、ヒヨリの姿が無かったことに心がざわついた。


「ヒヨリはどうした?」


「ヴァイル様の為に、厨房に居ますよ」


 ラトフが含み笑みで答え、親指で厨房の場所を指した。


「そ、そうか」


 ヒヨリが自分の元から去っていないと安息して、席に着く。


「それでセシル様と何と?」


「ああ、シュイットは暫くウチで預かることになった」


 一同は特に驚きもせず、率先してガウディが訊ねる。


「やっぱりですか。それでいつまで?」


「ダーグバッドの首を挙げるまでだ」


 その言葉に先ほどとは打って変わって一同はざわつき、渋い顔を浮かべた。


「ダーグバッドと!? これまたセシル様は面倒臭い要求を……」


「仕方ない。シュイットがあいつら(ダーグバッド)に捕まったのが悪い。まあ、そろそろ俺たちの手であいつらを片付けないと思っていところだし、ちょうど良い。てっことだ、覚悟は良いか?」


「シュイット様救出で、既に宣戦布告をしているようなものですよ。大丈夫です。今度こそヴァーン国の恥さらしを討たないとですね」


 ガウディたちの目つきは、今から戦闘を開始しても良いほどギラついていた。

 少数精鋭で、各々の戦闘力に信頼している。先の一戦でも戦っても良かったが、あの時は人質(シュイット)が居たから本格的な戦争ができなかった。


 今度、海上で遭遇した時は、遠慮無く叩くつもりだ。


「よし、シュイットの件はここまでだ。それでガウディ、報奨金の方は?」


 ガウディは三つの袋をテーブルに置いた。


「セール金貨305枚、ドロイア銀貨421枚、ヘク銅貨553枚でした」


「……また減ったみたいだな」


 ガンダリア帝国船の撃退数や取り返した略奪品の内容によって報奨金が変動する。ヴァイルたちはヒヨリと出会う前にも三隻の帝国船を襲撃しており、船を沈めたり積み荷を奪い返していた。


 危険な仕事なので見返りも大きいのだが、年々報奨金の額が下がっていたのであった。


 普通に露店で物を売ったり、貿易するよりは大きな収入ではあるが、ヴァイルたちにとって自分たち以外の食い扶持を稼がなければならなかった。


「ええ、ガンダリアとの警戒などの軍備の出費が大きく、こちらの報奨額が下げられているらしいのです」


「それは、しょうがないが……。こっちも暮らしがあるからな……」


「セシル様には、このことは?」


「その話しはしていない。たださえ、ウチの特異の出のお陰で他の私掠海賊たちから変なやっかみを付けられたくないし、特別扱いは出来ないだろうしな」


「先のシュイット様救出の件で、それ相応の褒美が頂けたのでは?」


「あー……まあ……。それは、ダーグバッドが片付いてからだな」


 対価としてヒヨリの故郷探しを依頼したとは、大っぴらには言えなかった。

 ラトフはヴァイルの曖昧な態度に、何を話してきたのか……「きっと、あのお嬢様(ヒヨリ)のことだろう」と察した。


「ところで、ヴァイル様。ヒヨリ様のことですが、あの方は只者ではありませんね。ちゃんとした教育を受けているようです。さらっと計算をして答えてみたり、あと、場を取り仕切り判断力と豪胆さ。俺が言うのもアレですが、海賊の嫁に相応しいですよ」


 露店での買い物での一件。この世界では異彩だった。


 学校といった教育機関はあるにはあるが、いわゆる大学というもので、貴族や裕福な者たちしか通えなかった。庶民は生活の中(親や知り合いに教えられる程度)から学ぶしかなく、全体的に教育レベルが低いのだ。学力は読み書きが出来る程度で、暗算といった計算が出来る者は限られていた。


「まあ、逆に読み書きは不慣れ……というよりまったく知らない様子でしたので、やっぱり記憶を喪失しているから……という理由では無い感じでしたけどね」


 この世界の文字は、アルファベットのような書体であるが、当然ヒヨリが読めるものではなかった。


「さあな。ヒヨリの出自に興味は無い。ただ、あいつが俺の側に居てくれるだけで良い」


「そうですか……」


 いきなり嫁に迎え入れようとしているのだ、今さらヒヨリが何者かはあまり関係ない。


「で、ヒヨリはまだなのか? 厨房で何をしているんだ?」


「決まっているでしょう。美味い飯を作っているんですよ。多分、そろそろ出来上がるかと」


 ラトフの視線に誘導されるように厨房へと繋がる入り口があるカウンターの方へと首を向けた。

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