第六話 妖精の女王《クローリアーナ》-1-
ヨルムンガンド号は向かい風を受け止めた帆が大きく膨らみ、水平線の彼方まで広がる海を順調に航行していた。
ヴァイルたちヨルムンガンド海賊一行はヴァーン島を五日前に出立して、妖精の国――アルフニルブ国へと目指していたのであった。
目的はアルフニルブ国に居る不可思議に詳しい人物と拝謁し、ヒヨリを元の世界(地球)に戻れる方法を訊く為。それとサリサのお使い(物資調達)も含まれる。
もちろん、ヒヨリも乗船していた。
安全を考慮してヴァーン島に残すという選択肢もあったが、サリサとの話し合いや、
『俺の側に居る限り、必ずお前を守ってやる』
と、本人(ヒヨリ)に直接言った手前、ヴァイル自身がヒヨリを護衛する為に同行させたのであった。
それにサリサから直接本人面談させた方が良いという勧めもあり、サリサから本人に直接渡せとヒヨリに手紙が入った小筒を渡された。
ついでにシュイットも同船していた。
ダーグバッドを討伐したが証拠(亡骸)を確保できなかったために、代わりとなるダーグバッドの海賊旗や船首像を入手しなければいけなくなったので、引き続きヨルムンガンド海賊のメンバーとして行動していた。
しかし、宝剣(カールスナウト)を取り戻したのでシュイットの表情は船酔いで青くなってはいるが割りと明るかった。
「ヴァイル様、見えてきましたよ。アルフニルブの大樹が」
操舵していたガウディが全員に聞こえるように叫んだ。
一同……特にヒヨリは前方を伺うと、目が点になってしまった。
「凄く大きな樹……」
沖合からでも、天にも届きそうなほど高く巨大な樹が見えたからだ。
これほどまでの巨大樹は、日本の縄文杉の何十倍……いや、何百倍の大きさだろうか。
アルフニルブ国もとよりミュー大陸の象徴(シンボル)として悠然とそびえ立つ巨大樹(ユグドラシル)。しかもただの巨大樹ではなく、アルフニルブ国を統治している君主の居城でもあるのだ。
妖精の国アルフニルブは、その名が示す通り妖精の女王“クローリアーナ”が統治している国であり、この国の住民は妖精(フェーリ)族が暮らしている。
神聖アーステイム王国とは別方向の異世界らしい規格外な光景に感動を飛び越えてヒヨリはあ然してしまう。
港へ向い、船つき場の空いたスペースにヨルムンガンド号を停泊させた。
上陸して周囲を見渡すと、アーステイム王国も大勢の人に溢れてはいたが、ここも負けず劣らずに幾万の人々がひしめいている。
やはり土地柄的に、妖精(フェーリ)と呼ばれる種族を多く見かける。
ちなみに妖精(フェーリ)族は、地球で言うところの背中に大きな羽が生えた蝶のような小人の他に、ドワーフやノーム、エルフのような者たちも含まれている。妖精の国に相応しい住人たちだ。
ロア、トーマを船番として船に残し、ヴァイルたち残りのメンバーは、上陸報告と妖精の女王クローリアーナとの謁見を申し込む為に港町に設けられた、アルフニルブ国官府の出張所のような場所へと向かった。
道中、アーステイム王国などで見られた建物などの人工物などは港周辺にしか建っていなく、街中は自然に溢れていた。
彩り豊かな花が咲き溢れ、木々には様々な果実がたわわに実っている。その木は妖精たちの住居にもなっており、枝ではエルフが腰を掛けて優雅に音楽を奏でいたり、幹にもたれ掛かっているノームが手掘りで木工細工をしていた。
「すっんごーイ!」
まさしくファンタジーな世界観に、ヒヨリのドキドキが止まらなかった。
道中にある露店に並べられている商品もアーステイム王国とは比べもならないほど山程陳列しており、品質も遥かに良かった。
様々な食材に目移ろいをするヒヨリは足を止めて眺めている所を、ヴァイルが声をかける。
「ヒヨリ、悪いが買い物は後にしてくれ」
「あ、ごめん。だけど、お店の品揃えも凄いね。果物も売っているし、まるでデパ地下の食品売り場みたい」
「でぱちか? なんだそれ?」
「私の国にある市場のことよ」
興味津々と商品を眺めていると、ガウディが説明を入れてくる。
「アルフニルブ国は、妖精の国とは別に豊穣の国とも楽園とも言われております。遥か昔、この地は荒廃した不毛な大地と聞きます。そんな地に妖精(フェーリ)たちが住み着き、これほどの自然を育てあげたそうです。これだけ豊かな国ですと、当然他国や無法海賊からの脅威……略奪や侵略も危惧されます。ですのでアーステイム王国を始め、諸国から義兵を派遣して、この国を守らせているんです」
通り路に妖精族以外にも人間や亜人も多くいるが、武装した者たちも目につく。
「アーステイム王国の……あっ、だからシュイットの顔を隠しているんだ」
ヒヨリは布で顔を覆っているシュイットの方を見る。上陸前にヴァイルたちがシュイットに施していたのであった。
ヴァイルが口添えをする。
「まあな。一応、シュイットが俺たち(ヨルムンガンド海賊)に同行しているのは内密だからな。船に残しても良かったが、この国のお偉いさんに会うから、シュイットが居た方が良いだろうと思ってな」
――そういえばアーステイム王国でも、真っ先にシュイットのお兄さんに逢いに行ってたから、そういう決まりなのかなと。
ヒヨリ個人的には、いち早く不可思議に詳しい人物に会って、地球に戻れる方法を聞きたかったが、ここは郷に従うべきだと察した。
荷持持ちをしているラトフが音も無くヴァイルの隣にやってきて耳打ちをする。
「ヴァイル様、さっきのは素っ気ないんじゃないのか」
「素っ気ない?」
「ヒヨリ様はもっと商品を見たがっていたんじゃないですかね。女性の買い物に付き合ってあげた方がヒヨリ様も喜んでくださったのでは?」
「……さっさと女王に会って話しを聞いた方が、ヒヨリの望むことだと思ったからだ」
ヴァイルの歩くスピードが増していき、ラトフはため息を漏らした。
(やれやれ、まだ女性の扱いは慣れてないご様子で……)
これまで女性との付き合い経験が無いヴァイルの初々しさに、ラトフはわざとらしく笑みを浮かべる。
そうこうして、一際大きな木に辿り着いた。
ここがアルフニルブ国の官府で、自然の木のままに中の空洞が執務を行う空間として利用されていた。
官吏らしき妖精の元に案内され、手続きを行う。
「えっと、女王様の謁見の申し込みですね。誰かの紹介状などはありますか?」
「ああ」とヴァイルは頷き、ヒヨリからサリサから渡された筒を受け取り、差し出した。
「ヴァーン国第一王女サリサ様からの玉簡だ」
「おお、サリサ様の……どれどれ。なるほど、本物のようですね。畏まりました、早急に城にお報せいたします」
官司が窓の方へと向うと一羽の鳥が入ってきて、備えられていた止まり木に着地した。官司は鳥に木の実な餌を与えて、木の葉を一枚嘴(くちばし)に咥えさせた。
「それじゃ頼むよ」と優しく声をかけると、鳥は頷き、外へと羽ばたいて出ていった。
「それではこちらをお持ちください。それを森の番兵にお見せください。巨大樹(ユグドラシル)へと、ご案内いたしますので」
官司から翠色の宝石(エメラルド)が手渡された。いわゆる通行手形のようなものだ。
すんなりと取り次ぎが終わり、一同は巨大樹(ユグドラシル)へと向かったのだった。
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