第六話 妖精の女王《クローリアーナ》-2-

 巨大樹(ユグドラシル)の周囲に深い森が広がっていた。


 この森を通らなければ、女王の居城でもある巨大樹(ユグドラシル)に辿りつけないので、女王の森と名付けられているが、別名“迷いの森”とも呼ばれている。


 森には不思議な力が働いており、妖精の導きがなければ永延と彷徨ってしまい森から抜け出せなくなってしまうのである。


 ヴァイルたち一行は森の入り口に着き、森の番兵に通行手形である翠色の宝石(エメラルド)を見せると、何処からともなく一人の妖精がやってきた。


「という訳ですから、私から逸(はぐ)れないでくださいね!」


 妖精(名前はパペックという)から先ほどの注意事項を述べられて、ヴァイルたちはいざ森へと一歩踏み出したのであった。


 森は手つかずの自然のままに、草木が乱雑に生い茂っており、薄い霧が漂っているのもあり遠くの先がよく見えない。木漏れ陽が差し込んではいるが、枝木が密集したところでは完全に光が遮られている。光と影のコントラストが錯覚を与え、方向感覚を狂わされるようだった。


「確かに迷ったら、完全にアウトだね」


 ヒヨリは注意深く妖精の案内に従い移動していると、ふとラトフが足を止める。


「お、これは」


「どうしたの、ラトフ?」


「ブータンブスロープという食べられる山菜です。塩ゆでにして食べるものですが、ほのかな苦味が良い感じなんですよ」


 そこにはフキノトウのような植物が生えており、ラトフが摘み取る。


「他にも色んな山菜や野草が生えてますね。マールトにコーゴミも。お、あれはセープゥブ!」


 ある木の幹に沢山のキノコが生えていた。

 セープゥブは食用キノコの中でも貴重で、芳醇な香りに肉厚の笠、とても味が良いのだ。ラトフは喜々として摘み取った。ちなみにセープゥブは椎茸のような形をしている。


「流石は妖精の国の森だ、平然と生えているなんて!」


 ただの植物にしか見えない山菜を選別していくラトフに感心してしまう。


「へー。詳しいのね、ラトフ」


「まあ幼い時に、こういう森で食料調達の為に採取していましたから」


「なるほどね、どうりで」


 その手の知識が無いと、山菜か草かどうかを識別するのは難しいものだ。


「そうだヒヨリ様。この山菜でなんか料理を作ってくれませんか?」


「そうね。最近、そういった山菜や野菜とか食べられなかったし、良いかもね」


 ヒヨリとラトフは発見した山菜やキノコを摘み取っているのを、ヴァイルが気付いて声をかける。


「おいおい、なにやってるだ?」


「うん、ちょっと山菜を摘んでいたの」


「山菜を? まあ良いから速く来い。逸れたら迷うぞ」


「はいはい、すぐにちょっとまって……あっ!」


 セープゥブが一個、ヒヨリの手から溢れ落ちてしまい、脇道に転がっていく。

 咄嗟の判断だった。

 ヒヨリは、それを拾おうと追いかけて脇道に逸れてしまった。すぐに拾い上げて、ヴァイルたちの方を向くと――


「あれ?」


 皆の姿が無かったのだった。

 周囲を見渡す。大小様々な木や草ばかり。


「ヴァ、ヴァイルー! みんなー!」


 大声で叫びも、虚しく響くだけ。ヴァイルたちからの声は返ってこなかった。


「嘘……ちょっと目を離しただけなのに……」


 再び大声で呼びかけるも返答はない。


「ちょっと待って……みんな何処に行ったのよ……」


 近くに居たはずなのにヴァイルたちが居なくなっている。奇っ怪な現象に、ここが迷いの森だと強く実感したのである。


「嘘じゃないと思ったけど、本当だったんだ……ど、どうしよう……」


 きっと今頃、自分が居なくなったのをヴァイルたちは気付いて探してくれているはず。だが、いきなり独りになった不安感と無力感に困惑せずにはいられない。また不気味で不思議な森で、じっとして待っていられる度胸は無い。


 茂みから―ガサッ―と物音がした。


 反射的に身構えるものの、どうやら鳥が羽ばたいていったようだ。


 もし鳥ではなく、凶暴な獣が居てもおかしくない世界である。


――た、たしか、野生の動物は本来臆病だから、出来るかぎり音を立てた方が良いって、茂さんが言っていたよね。


 なのでヒヨリは不安感を払拭するように、そして自分の所在を知らせる為にと、


「♪~(著作権遵守の為、歌詞省略)」


 ハイヤ~でお馴染みの冬の歌を大声で歌ったのであった。

 歌いつつ途中で拾った木の棒を振り回しては警戒しつつ、森の奥へと進んでいたった。


   ***


「ヒヨリが居なくなった……だと?」


 ヴァイルは肝をつぶした声を漏らし、あのラトフが反省の色に染まった表情を浮かべていた。


「すまない。ヒヨリ様が落ちたキノコを拾うために道から逸れたと思ったら、一瞬で姿を見失ってしまった」


 妖精の導きがなければ……つまり、道を外れてしまっても彷徨ってしまうのである。迷いの森の真価に畏れを表してしまう。


「あらま。お連れさんが迷子になってしまったのですか」


 導き手の妖精……パペックが困惑する二人の間に割って入ってきた。


「ど、どうにかならないのか?」


 実は行進中に彷徨うのは珍しくは無かった。

 招かざる客が彷徨ってしまったのなら無視するが、ヴァイルたちは正式な他国の使者。その連れの人が不明になったのならば一大事だ。


「そうですね。この森を迷いの森に変えておりますのは、我が女王様の御業のよるものですから。ちょっと他の妖精たちに聞いてみます。皆様がたは、ここを一歩も動かないでくださいね。皆様も彷徨ってしまいますので。では!」


 パペックは蝶のような羽を広げて、天高く舞い上がっていった。

 ここは勝手知ったる妖精に任せるべきだが、辛抱できずにヴァイルも探しに行こうとする。


「お止めください、ヴァイル様。下手に動いてしまいたら迷われてしまいます。そうならば、ヒヨリ様の救助に影響が出ますよ。ここは待つのが得策です」」


 ガウディに静止されて、荒々しく木の幹にもたれかかるヴァイルだった。苛立ちと焦燥感が顔に出ている。


 迷いの森に彷徨った者たちで、運良く森の入り口に辿り着いていた例はある。運が悪けば、この木々の栄養になるだけだ。

 必ず守ると明言しておきながら、何も出来ずにいる自分の不甲斐なさに苛立ちが募っていく。


「……ラトフ、元は貴様が山菜や茸なんかを見つけるから」


 目についたラトフを睨みつつ、文句が溢れる。


「いやいや、そんなこと言われましても……とはいえ、すみません。昔を思い出して、ついはしゃいでしまいました。それにヒヨリ様ならば、野菜苦手なヴァイル様のために美味しい料理を作って貰えると思いまして。でも、そんなに心配しなくても大丈夫なんじゃないですかね。あの娘(ヒヨリ)さんは何かの御加護がある気がしますし」


 ラトフの気休めの言葉はヴァイルを逆撫でさせて逆効果だった。

 ヴァイルの不機嫌を感じ取ったラトフは少しでも離れようと、


「ちょっくら自分は木にでも登って探してみます!」


 近くにあった木を猿のようにスルスルと登って行った。

 ヴァイルは苛立ちを鎮めるために瞑想をするが、ヒヨリの姿が次々に思い浮かんでしまい、より焦燥感に苛まれてしまう。

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