第五話 嵐の《ヴァーン》島で微笑んで -2-

 ヴァーン島は前にヒヨリが上陸した小島よりも何倍も大きく、故郷の飛芽島の半分ぐらいの広さだと感じた。小高い山に原生の森林が生い茂っており、西端の方には岸壁が見えた。


 ヨルムンガンド号は堂々と島の入り江へ進入する。

 海岸や砂浜に居た人たちが船の姿を見るや、「おーい、ヨルムンガンド号だ! ヴァイル様たちが帰ってきたぞー!」と大声で叫び、家屋が集まっている村へと駆けていった。


 すると、ぞろぞろと村中の人々が海岸へとやってきては、


「ヴァイル様、ご無事でなによりです」

「きゃあーおかえりなさい、ヴァイル様ーー! ガウディ様ーー!」


 港へと接岸したヨルムンガンド号から上陸してくるヴァイルたちを迎い入れた。


 百人以上が集まった老若男女からの歓迎をヴァイルたちが受け入れる傍ら、ヒヨリは戸惑いつつ見つめていた。


 てっきり、海賊の本拠地というからには人気の無い洞窟で、海賊なので島に住む民から疎まれているものとイメージしていたからだ。


 しかし、ヒヨリの先祖は海賊。故郷の飛芽島も海賊(正しくは水軍)の領有地であり、島民とは良い関係を築いていたという。


「ここも、そうゆうのかな」


 ヒヨリの中で自己完結していると、村人たちが見慣れない人物(ヒヨリやシュイット)に気付きだす。


 何者かと訊ねようとした時、村の方向から華麗にして荘厳な女性がやってくるが見えた。


 その女性は腰まである長い紫色の髪をなびかせ、他の村人と比べて上等な衣服をまとっていた。女性にしては背が高く、見目麗しい顔立ちは、男性ならず女性までも魅了していた。あと、肩には羽が生えた爬虫類のような生き物が乗っかっていたのが特徴だった。


 真っ直ぐヴァイルたちの方へと進んでくる。

 群衆たちは進行の邪魔にならないように自ずと退き、通り道を作った。


「今回の成果はどうだった?」


 女性はヴァイルと向かい合い、単刀直入にごう然と訊ねてきた。


「まずまず、と言いたい所だがそんなに思わしくないな。アーステイムはガンダリアと本格的にやろうとしているからなのか、報酬を渋っている節がある」


「なるほどね。それで、その渋られた報酬の代わりにアーステイム王国の王子様を差し出されたのかい?」


 目ざとくシュイットに気付いており、一国の王子である彼(シュイット)が、なぜこの場に居るか疑問に持つのは言うまでもない。


「ダーグバッド討伐の協力をセシルから頼まれた。それで討つまで預かることになった」


「ダーグバッドを!?」


 女性は眉をひそめ、右手を頭に置いては、軽く息を吐いた。


「なるほどね……そりゃまた、面倒事を頼まれたもんだね」


「こちらも頭を悩ませてはいるが、汚点(ダーグパッド)を片付ける良い機会だ」


「……まあ、そうだけどね」


 ヴァイルと女性が話しを続ける中、離れた場所に居るヒヨリはそっと隣のラトフに耳打ちをする。


「ねえねえ、あの女の人は何者なの?」


 海賊の頭目であるヴァイルに対して、上からの口ぶりに只者ではないと察してはいる。


「ああ。あの方は俺たちヴァーンの民の頭領であり、ヴァイル様の姉でもある、サリサ様だよ」


「え? 頭領? え? 姉?」


 ヴァイルに姉が居るというのは、当然初耳であった。

 そう知れば、サリサの凛々しい目つきがヴァイルに似ている気がした。


「ヨルムンガンド海賊団としては今はヴァイル様が長ではあるが、俺たちや、このヴァーン島や民の全体を治める長が、あのサリサ様なんだよ」


 頭目のヴァイル。

 頭領のサリサ。


 格付けの理由は解ったが、新たな疑問が生まれる。


 ヴァイルもだが、サリサの見た目は若く、二十代ぐらいだろう。若い年頃にも関わらず、組織のトップに立ち統べている。海賊だけの限られた集団・組織ならば、ヴァイルのような若い人物がリーダーになってもおかしくはない。


 しかし、村などの大勢の人たちを統治するとなると、よほどの権威……理由が必要だ。


 その疑問にラトフが答えを述べる。


「サリサ様とヴァイル様は、ヴァーン国という国の王族なんだよ」


「……王族? えっ? 王族!? 王族ということは、ヴァイルって王子様ってこと?」


「そうゆうことになるね」


「えっーーーーーーーー!」


 ヒヨリが、この世界に来てから二番目の驚きだった。


「あれ? 言ってなかったかな」


 言葉が上手く出ず、コクコクと頷くヒヨリ。

 だけど、ヴァイルたちが王族ならば、またまた疑問が生まれる。


「あっ、こんな島暮らしなのに王族を謳っているのが変だと思ったでしょう。それについては詳しく話せば長くなるけど……ヴァイル様たちヴァーンの民の国は、ガンダリア帝国に滅ぼされたんだ。それで、生き残ったヴァーンの民がアーステイム王国の庇護を受け、この島を借りて暮らしているんだよ」


 ラトフは淡々と語ったが、衝撃的な内容だけにヒヨリは驚きを隠せず、口をあんぐりと開けたままになっていた。


 ヴァイルは滅ぼされた国の王族であり、元王子の身分。だから、アーステイム王国の王子であるシュイットと親しい……というより、同格な立場で話していた理由に合点がいった。


「で、シュイットの件は解ったが、あの黒髪の娘はなんなんだい?」


 サリサは、あ然としている見慣れない人物(ヒヨリ)の方に視線を移す。黒髪で、着ている服も上等なもので、何処かの貴人とも伺えた。


 ヴァイルの額に汗が浮かぶ。


「……あの娘は、漂流しているところを助けました。それで、俺の嫁に迎え入れる為に、ここに連れてきまし……っ!」


 一瞬だった。



――バッキィーン!



 重い衝撃音が響いた。


 サリサが殴りかかり――ヴァイルは咄嗟に左腕でガードをしたが、とてつもなく強い一撃。ヴァイルは後方にぶっ飛ばされたのだ。


「えっ!」


 飛ばされたヴァイルは、ヒヨリの横を通り過ぎていき、海へと落ちて、ドッボーンと海柱が立ち上がった。


 海に沈んだヴァイルの元へと向かいつつ、サリサが叫ぶ。


「ヴァイル! 何、ふざけたことを言っているのよ! 人攫いをするような子に育てた訳じゃないわよ!」


 ガウディが「サリサ様、落ち着いてください!」と静止するようにサリサの前へと立ちはだかるもサリサは歩みを止めないので、後退りしてしまう。


「ガウディ! あんたが付いていながら、なにヴァイルの不徳を見逃しているんだい。あんたたちも連帯責任だからね!」


「お話しを聞いてください。あのお嬢さんは、どうやら記憶を喪失しているらしく、故郷が何処なのか解らないのです。それでヴァイル様が彼女の故郷を探しているのです」


 サリサはヒヨリが居る付近に辿り着いており、ヴァイルと似ている目つきをヒヨリに向けた。

 女がてら男をぶっ飛ばしてしまえる腕力の持ち主(サリサ)から睨まれ、背中が凍りつくような威圧感に恐怖してしまう。


「本当なのかい?」


 当人(ヒヨリ)に訊ねた。


「……えっと、ほ、本当です!」


「脅されてとか、無理強いで連れてこられた訳じゃなくて?」


「は、はい。漂流していたところをヴァイルたちに助けて貰って、私の国を探して貰っています!」


「ふーん。だけど、嫁とかなんとか言ってけど、それは?」


「それは交換条件で、一年間以内に私の国を見つけてくれたのなら嫁になると、仕方なく……」


「ほー」


 サリサの身体がふるふると震え、表情に怒りが露わになっていく。


「ヴァイル! 無理強いしているじゃないか! 弱みを握って、なに要求しているんだい!」


 海中に沈んでいるヴァイルは腕組みをして構えており、ビリビリとサリサの怒声と怒気が伝わってくるのを感じた。


(やっぱり、こうなったか……。姉上は人の話しを聞かないから……)


 少しでもガウディたちが理由を説明をしてサリサが落ち着いてくれればと、息が続く限り潜っていようと心に決めて、嵐が過ぎるのを待ったのであった。

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