第六話 妖精の女王《クローリアーナ》-3-

「♪~」


 引き続きヒヨリは歌いながら森を進み行く。

 声を出しているからなのか、少しだけ気分が晴れていた。


 森の中を歩くのは中学一年生の時に行った林間学校のオリエンテーリング(ヒントを見つけてチェックポイントを巡ってゴールを目指す催し物)以来だなと思い出す。


――でも、その時はクラスメートと一緒だったし、チェックポイントは解りやすい場所に有ったから、そんなに迷うことも無かった訳で。


 迷いの森にチェックポイントは無く。そもそも人工物や道も無いの。だから勘で進んでいくしかなかった。

 それになかばヤケになっている面もあった。


――既にこの異世界に居るんだから、今さら迷いの森に独り彷徨うなんてオマケよ!


 と言いつつも、腰を落とし上体を前に丸く曲げる。

 強がってみせるも、やっぱり深い森で独りなのは耐え難いほどの恐怖で、もうすぐ涙が堪えきれなくなる。


「ヴァイル……みんな……。何処に居るのよ……ん? なんだろう、この良い香りは……」


 何処からともなく、みすみずしく豊穣で馥郁(ふくいく)たる匂いが香ってくる。


 香りは精神的に作用する。濃い木や土の泥臭い香りでは疲労度も何倍に感じられていたが、芳香を嗅いだ後だと疲労や重い気分が軽くなったような気がしてきた。


 蝶みたく匂いに導かれるがまま進んで行くと、開けた場所に出た。そこは多種多様の花々が一面に咲き広がった花園だった。


 世界中の宝石の散らばめたようで、瞳も心も奪われてしまう光景に暫し絶句してしまったのである。


 花々の奥の方で、一際大きい花を椅子のようにして腰を掛けている人物が見えた。

 助けを求めるべくヒヨリは駆け足で近寄る。


 その人物は――妖精だった。が、これまで見かけた妖精の姿や雰囲気とは別物だった。ノームよりも小柄の大きさで、ウェーブがかかった金色の長髪が風でなびく度に輝き、いつまでも眺めていたいと思わせる紺碧の瞳に、愛らしい顔立ち。特に妖精の特徴である羽は、高級シルクに熟練の職人が裁縫したような繊細な柄が浮かび上がっていた。


「さっきからおかしな歌を歌っていたのは、お主じゃな?」


 妖精もヒヨリにの姿に気付いており、先に話しかけてきた。


「え、あ……聞こえてましたか?」


「あれだけ大声で歌えばな。普段だったら、どんなに泣き叫んでも助けはせんが、初めて聞く歌だから気になり、ここに招き入れたが……」


 妖精は紺碧の瞳を細めて、ヒヨリを精察する。


「なるほど、お主……只者ではない、のは…当然なのかのう。この世界の者ではないからだな」


「えっ!? わ、分かります?」


「この世界の生きる者たちには何かしらの魔力を宿しているものだが、お主からはそれを感じない……。異質な存在。何者で、何用で、この地に訪れた?」


 一目で異世界の者だと識別された。下手に隠すより素直に答えた方が良いと判断して、ヒヨリはこれまでの経緯を説明した。もう何度も説明しているので要領良く伝えられた。


「それで、サリサさんからこのアルフニルブ国に、私の世界……地球に戻れる方法を知っているかもしれない人物がいるからと」


「サリサ? サリサというのは?」


「はい、ヴァーン国の王女様だったサリサさんです。ご存知ですか?」


「多少な……。うん? そのナイフは?」


 ヒヨリの腰にナイフがぶら下がっていた。皮の鞘に収められており、柄の部分には特徴的な模様ヴァーン国章の獅子の獣がデザインされていた。


 それはヴァーン島でダーグバッドの襲撃時に、護身用でサリサから渡されていたものだが、撃退後に、


『そのナイフはヒヨリにあげるわ。この世界、丸腰じゃ危険だしね!』


 と、サリサから貰い受けていたのであった。


「あ、これはサリサさんから頂いたものです」


「サリサから頂いた?」


 妖精は黙考する。彼女(ヒヨリ)の口ぶりや態度で嘘などを取り繕っていないと察する。


(あのナイフはヴァーン国の……それを譲ったのか、サリサ)


 確信を持って妖精は頷いた。


「……なるほど、お主はサリサの関係者だったか」


「そうです。あ! それでサリサさんから手紙も預かってまして」


 証拠を示すように玉簡を取り出して見せる。玉簡のデザインからヴァーン国のものだと認知し、妖精が手を差し出した。


「それをわらわにお貸しなさい」


「でも、これはこの国のお偉い人に渡さないといけないもので」


「案ずるな。こう見えても、わらわはこのアルフニルブ国のお偉いさんよ」


 その言葉もとより、妖精の気品溢れる姿が信用に足りるものだった。

 玉簡を手渡すと、妖精は手慣れた手つきで玉簡を開けて、手紙を読み始める。


「ほうほう、なるほどね……サリサ、また面白いことを……」


 声を漏らしつつ妖精は微笑みを浮かべる。短時間で一通り読み終えると、改めてヒヨリを見つめた。


「お主……ヒヨリというのだな」


「は、はい!」


 突然自分の名前を呼ばれたので、思わず高い声を出してしまった。きっとサリサの手紙に書かれていたのだろう。

 妖精が語りかけようとした時だった。


「ヒヨリ!」


 後方からも自分の名前で呼ばれて、心底ビクっと身体を震わせる。しかし、聞き覚えの声だった。振り返ると――ヴァイルたちが走って向かってきていた。


 導きの妖精…パペックが妖精や動物たちから、この花園に向かう人間の女性のを見たという情報を聞いて、ここに案内したのである。


「ヴァイル!」


 誰よりも速くヴァイルがヒヨリの元に到着する否や、


「大丈夫だったか、ヒヨリ!」


 身を案じてくれた。


「うん。運良く、ここに辿り着いたというか。それで、この妖精さんに会って……」


「妖精? アナタは!?」


 ヒヨリの背後に居る妖精を視認するやヴァイルのみならず、パペックも驚きの顔を浮かべ、高らかに叫ぶ。


「ええい、皆の者。控え、控えい! この御方をどなたと心得る。畏れ多くもアルフニルブ国の女王、クローリアーナ様であらせられるぞ!」


 只ならぬ気品が溢れる妖精……アルフニルブ国の女王・クローリアーナは片手を上げて応え、


「久しいな、ヴァイル。それにシュイットも」


 クローリアーナは気さくに声をかけた。


「お久しぶりでございます。クローリアーナ様」


 礼儀に則り、片膝をつき右腕を構えて挨拶をするヴァイルとシュイット。ガウディたちも同様の姿勢をしており、今さらながらヒヨリも慌てて見よう見真似で片膝をついた。


「楽にせい。あらましはサリサからの手紙で把握しておる。なるほどのう。異邦の者か。これまた面白く珍しいのう」


「それで如何でしょうか?」


 クローリアーナは「まあ、まて」とヴァイルを遮り、ヒヨリの方に視線を向ける。


「ヒヨリ、といったな。なにやら料理が得意らしいな。ならば、わらわに何か馳走して貰えないかのう?」


「へっ? 料理をですか?」


「サリサの手紙では是非とも堪能して欲しいと書かれておる。元の世界に戻れる方法については食事の後でよかろう」


「……もしかして、不可思議に詳しい人物って?」


「わらわのことだろう」


「えッッッーー!? そ、そうなんですか!」


 ヒヨリが想定していたのは学者とかの博識者。まさか女王だとは思ってもいなかったので、驚きもひとしおだ。


「さあ、早々に準備するが良い」


「えっと……」


 この国の女王様に料理を振る舞うという由々しき事態に気負ってしまうが、


――そんなこと言ったら、ヴァイルは海賊だったけど亡国(ヴァーン)の王族でサリサさんも。それにシュイットもアーステイム王国の王子様な訳で。


 既にやんごとない方たちに料理を馳走しており、何も特別な料理でなくても普通の料理でも喜んでくれたので肩の力が抜けた。


 道中で見つけた食材もあり、作りたい料理もおおよそ決めている。


「分かりました。暫しお待ち下さい!」


 得意げに答えたのだった。

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