第二話 彼らこそが海賊《ヨルムンガンド》 -4-

 ヴァイルたちが野営している場所に、ヒヨリは戻ってくるとすぐに調理を開始した。


 先ほど体格の良い船員に持っていかれた流木は薪にされており、焚き火をしていたので、遠慮無く火を貰い受ける。


「さてと、水は少ないから無駄に出来ないから……」


 鍋に一杯の海水を汲んできており、それを火にかける。


 次に玉ねぎ、ジャガイモ、人参っぽい乾燥野菜の皮を取り、それを食べやすい大きさに切った。

 別の鍋には真水が満たされており、切った野菜を放り込んだ。そして、救命胴衣のポケットに入っていた“防水ジップロック”を手にした。


 料理を作るヒヨリを興味本位で覗く船員たち。一方、ヴァイルは苛立ちながら眺めていたので、ラトフが何気なく訊ねる。


「なに、そんなに機嫌悪そうな顔をしているのです、ヴァイル様?」


「……アイツが希少なぶどう酒(ウィナー)を料理に使うからと言って、持って行きやがったからだ」


「仕方ないですよ。船の食材は使って良いっていたのは船長(ヴァイル)命令なんですから。だけど、料理にぶどう酒(ウィナー)を使うとは……」


 船にある食材で作れるのは限られる。船員は順番に……といっても大体はラトフとガウディが作るぐらいだ。


 基本、船上では干し肉や乾燥野菜をそのまま食べるだけだが、陸地に上がって野営する場合は料理を作ったりもする。と言っても、汁物(スーパ)な簡単なものだ。


「ところで、ヴァイル様。なんで、あの娘のカケなんかに乗ったりしたんです? しかも、美味いと言わせろなんて……」


 同じ釜の飯を食べている船員が一番知っている。ヴァイルが食事に無関心なのを。


 これまで何を食べてもヴァイルの口から美味い不味いなどの感想を耳にしたことが無かった。

 ヴァイルにとって食事は、腹が減ったから仕方なく取る行動のようなもの。味を楽しんだりしない。



 そんなヴァイルに美味いと思わせるのは、無謀だと実感していた。



「……ただの気まぐれだ。しかし、いつまで待たせやがるんだ。しかも、料理が出来るまで、他のものを口にするなと命令してくるし」


 ヒヨリが料理を作る前に『お腹一杯だと冷静に評価できないから、何も食べないでくださいよ!』と、釘を差していた。



 “空腹は最大の調味料”



 美味しくなるために最大限活用しなければならない。

 しかし、空腹も大事だけど、料理自体美味しくなければ意味が無い。


 ぐつぐつと煮立つ鍋を注視するヒヨリ。


 固い干し肉を柔らかくする為に長時間煮こまなければならない。ついでにお酒で煮込めば、味が染みて旨味が増す。


 だが、在ったぶどう酒の分量はコップで三杯ぐらい。これだけで煮込んだとしても途中で蒸発してしまう。


 そこでヒヨリは“あるモノ”を使用した。それは防水のジップロックだ。


 ジップロックに干し肉とぶどう酒と少量の水に塩とコショウを入れて、沸いた海水の鍋の中に放り込んだ。

 こうすることで、ぶどう酒を蒸発させずに干し肉を柔らかくなるまで長時間煮込められる。


 あとの問題は、味付け。


 見る限り、船内に有った調味料と言えるは、塩やコショウといったものだけ。凝った味付けをしない……いや、それが存在しない世界なのだろう。


 塩味や辛味とは別の味付け……それは、先ほど拾った“赤い物体”で打破できる気がしていた。



   ***



 太陽が水平線に沈み、世界が暗幕で包まれたかのように暗くなり、ヴァイルの機嫌が頂点に達した頃に料理は完成した。


 ヒヨリは慎重に両手で持っていた木の器を、ヴァイルの前に置いた。


「これは……?」


 器の中には汁が注がれており、肉や野菜がゴロゴロと形を残して入っていた。


「うーん。なんちゃってビーフ? シチューというものかな」


「し、シチュー?」


 普段ヴァイルたちが口にしている汁物より色が濃く、とろみがかかっていた。


 野菜は別の鍋で煮込んでおり、完成直前に防水のジップロックで煮ていたものと合わせた。

 長時間煮込んでしまっては、肉は良いとしても野菜は形が崩れてしまう。別に煮ることで煮崩れを防いだのだ。


「ただの、汁物(スーパ)ではないな……」


 ヴァイルは木の匙(スプーン)を手に取ると、肉塊を掬い、口にした。


「っ!?」


 濃厚な味が口に広がる。ほどよい塩味や酸味、甘味が折り重なっていき、美味さを強く感じた。


 そして肉を噛む。

 長時間煮込んだので固い肉は柔らかく噛み切れ、噛めば噛むほど肉に秘められていた旨味が溢れだす。それが汁(スーパ)の味との相乗効果で、旨味の爆発が口の中で起こった。


 全部飲み込むと、ヴァイルはすかさず再び汁(スーパ)を掬い、口に運んでは食べる。手や口が止まらず、その行動速度は増して行き、あっという間にたいらげてしまった。


 ヴァイルは放心していた。まるで至福な一時を噛み締めるように。


 ヒヨリだけではなく、ラトフたち船員はポカーンと口を開けて呆然として見守った。


「…………はっ!」


 余韻が過ぎて我を取り戻すと、一同の視線に気付いたヴァイルの頬が薄っすらと赤くなり、隠すかのようにそっぽを向いた。


「ヴァイル様が、あんな風に食べるとは……。この料理は一体……」


 他の船員たちも別皿に取り分けていた余っているシチューを食すと、ヴァイルと同じように瞬く間に完食した。一番年が若い船員は皿を舐める有り様だ。


「……これは。娘さん、これはどうやって作ったのです? 肉の柔らかさも然ることながら、あの甘みは一体?」


 メガネをかけた男性・ガウディが思わず訊ねてきた。


 船の備品を管理している者として、残っていた食材で甘味や濃い味を出すものは無いと把握していた。だからこそ気になった。


「えっとですね、それは私が持っていた調味料なんですけど……」


 ヒヨリが手にしていたのは、トマトケチャップ、だった。


 渚で拾った“赤い物体”の正体だ。


 ケチャップの包装紙に記載されている商品名や製造元を見る限り、千代に頼まれて買ってきたものだと思った。


 このトマトケチャップが、あそこに漂着していたのは、おそらく船が転覆した時に買い物した品々もヒヨリと同じように海底にへと沈んでしまい、流れ着いたのだろう。拾えたのは運が良かった……というより、奇跡だったとしか言えない。


 そもそもトマトケチャップには、甘味や酸味、スパイスが含まれている。また旨味成分も含まれており、味噌汁の出汁にトマトケチャップを入れる方法もある。


 万人の舌に合う味は、万能調味料……いや、魔法の調味料といっても過言ではない。

 そのお陰で、乏しい材料でも海賊たちが今まで食したことがない料理ができたのだ。


「それで、どうでしたか私の料理のお味は?」


 一同はヴァイルの方を見る。

 文句も言わず一心不乱に残さず食べた姿は、美味しかった証明。

 ヴァイルは一笑し、ヒヨリを見た。


「……お前、名前は何だったかな?」


「わ、若林日和(ヒヨリ)ですけど」


「気に入ったよ。ヒヨリ、俺の嫁になれ」



「……はい?」



「聞こえなかったのか? 俺様の嫁になれと言ったんだ」


 突然かつ想定外の告白(プロポーズ)にヒヨリ、そして船員たちも身体が驚きを飛び越えて、身体が硬直してしまったのだった。


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