第三話 捕らわれしの王子《シュイット》様 -1-

 快晴の空の下、波は穏やかで風も程よく吹いて快適に航行していく。


「ここが海賊の船じゃなければ、もう少しは気分が良いのだけど……」


 ヒヨリは木箱の上に座り、船内の様子を眺めた。


 海賊の船(ヨルムンガンド号)は、一風変わった構造となっていた。主船の大きさは屋形船ぐらいの大きさだろうか。

 エンジンといった機械の推進力は存在せず、帆に風を受けて進行する一昔前の木造船。


 詳しく言えば、地球の北欧ヴァイキングが乗っていたクナールやオーセベリ船に似ていたが、船の先端と両脇に帆を備えた小舟が付けられているのだ。

 小舟がフロートのような役目を果たしており、安定感が生まれる理にかなった構造となっていた。


 船員たちは各々の仕事を果たすために忙しく動きまわっている。


 その要因としては船員の数が、五人だけの小人数。

 この人数で海賊行為や船を運航しているのは、よほどの腕自慢が集まっていることだ。


 船員の構成は……船上を身軽な身体を活かして動きまわっている子供がいた。ヒヨリより背が低く、見た目も年下の幼さがある。

 名前はトーマ。

 子供ながら腰には数本の短剣を帯刀しており、彼も立派な海賊の一員なのだ。自分(ヒヨリ)より年下なので、トーマくんと呼んでいるが、無視されている。


 帆柱の先端で弓の弦を手入れしながら見張りをしているロアは、女性と見間違うほどに身体の線は細く、サラサラの髪を肩まで伸ばしている。


 船の舵を取っているのは、筋肉隆々の肉体なのにメガネをかけて賢そうな雰囲気を醸し出しているガウディ。先の小島で流木を持っていってくれた人だ。


 両腕に鎖、頭にはバンダナを巻いているラトフは、掠奪した荷物を検分していた。


 そして周りが働いている中、母船の中央に備え付けられているハンモックで優雅に寝転がっているのが、この海賊団の頭目であり船長・ヴァイル。


 顔立ちは悪くはない。むしろ、地球ではモデルとして活躍できるほどの外見と身長であったが、髪は潮風の所為でグチャグチャに荒れており、身だしなみに気を遣っておらず、着ている服も所々破れている。

 それは他の船員も同じなのだが、ヴァイルだけは特別な雰囲気を纏っているように感じた。


 この五人で海賊船・ヨルムンガンド号を操作しているのだ。


 ヴァイルとヒヨリの視線が合う。


「ん? なんだ、ヒヨリ。何か用か?」


「べ、別になんでもないわよ!」


「そうか。それで、俺の嫁になる気になったか?」


 ヒヨリの頬に少し熱を帯びてしまう。

 生まれて初めて男の人から告白……しかも、嫁になれと超直球に言われたのを思い出した。


 ヒヨリの返事は、当然――




   ***


「嫁になる訳ないじゃない。まだ私は十五歳だし、そもそも好きでも無い人……ましてや約束を守らない人なんかと結婚する気は全然ありませんから!」


 ヴァイルの告白に、キッパリと断った。


「海賊の嫁になるのなら、そのぐらいの気の強さはないとな」


 ヴァイルは一笑いすると、すぐさま真剣な表情を浮かべる。


「心配するな、約束は守る。主神アルファズルと九偉神の名に誓って、お前をニホンという国に連れてってやる。でだ、約束を果たしたら、お前は俺の嫁になれ」


「はっ?」


 ヴァイルの強引な物言いに癪にさわる。

 助けを求める自分の立場は弱いのだが、ここで素直に従うヒヨリではない。


「……分かったわ。ただし条件があるわよ」


「条件?」


「今から一年以内に私を日本に戻してくれたら、お礼に貴方の願い……その嫁になっても良いわよ」


「海賊の俺様に条件を付けるとは……ああ、分かったよ。その条件を飲んでやる。正式に嫁になるまで、そうだな。この船の料理人をやって貰おうか」


   ***




 告白された一夜の時を振り返ったヒヨリは眉をひそめる。


 もし一年以内に日本へ戻してくれたら、あの男……ヴァイルと結婚しなくてはならないと約束はしたが、ヒヨリにはずるい思惑があった。


 日本へ戻れば、日本の法律で結婚はうやむやとなって立ち消えるはずだと。


 だけど、ここは異世界……だと思われる。無事に日本へ戻れるかどうかも不明だ。もしかしたら、一生ここで生活しなければならないかもしれない。そうなれば否応なく……。


 ヒヨリは悪い考えを振り払うように大きく首を横へ振った。


 日本からここにやってきたのだから、逆に戻ることも出来るはず……と、ポジティブに考えるとした。


 突然奇っ怪な行動をするヒヨリへ「どうした?」とヴァイルが声をかけるも、「別になんでもないわよ!」と素っ気なく返したのだった。


 気を取り直して、ヒヨリはヴァイルに問いかける。


「……ねえ。私の国に連れて行ってくれるアテとかはあるの?」


「そうさな。とりあえず、ガンダリア帝国から奪い返した、この荷物をアーステイム王国に持っていた際にお前の国への情報収集でもするかな」


「あーすていむ王国?」


 ヴァイルたちの会話で何度も登場している国の名前だ。当然、ヒヨリの知識内にその国名を思い当たりはない。


「ご存知ないですか? アーステイオー四世が治める国……正式名は、神聖アーステイム王国という国です」


 代わりに答えたのはラトフだった。


「前にも話したけど、俺たちはアーステイム王国の庇護を受けている海賊。それで、ガンダリア帝国から取り返した荷物は、一旦アーステイム王国に渡さなければならないんだ。そこで取り返した荷物と見合った金銭と交換して貰えるんだ」


 話しを聞く限りでは、大義名分の元に活動している海賊とも言えるが、戦闘行為で人を傷つけている光景を目撃している。無法者に心を許せる訳にはいかなかった。


「それじゃ、そのアーステイム王国にはいつ頃着くの?」


「そうだな……この風なら、早くて四日ぐらいかな」


 あと四日間も、見ず知らずの海賊たちと船内で過ごさないといけないのには憂鬱めいてしまう。


 暇つぶしと気分を紛らわすために、今日の献立を考えることにした。


 嫁にはならないが、この船でのヒヨリの役割は料理人に与えられたので、役目を全うしなければならない責任感はある。


「とは言っても、材料とかが乏しいから、凝ったものは作れないんだけど……」


 先の小島で料理した時に判明した食材は干し肉や乾燥野菜。

 船には火が炊ける簡易キッチンが備えられていたが、男所帯の空間では煤やゴミが溜まっており、掃除などの整備がされていなかった。抵抗がありつつも、作れるとしたら水煮のスープ程度。

 しかし、魔法の調味料のトマトケチャップで味付けしているので大好評だったが……。


「ただ煮ただけじゃ、料理とは言えないわよ……」


 自分の存在価値に疑心になりかけているヒヨリを横目に、ラトフはヴァイルに小声で話し合う。


「しかし、素性のしれないお嬢さんを嫁に迎えるなんて、相変わらず無茶するね」


「素性を知れないのは、お前もそうだろう。今頃、一人、二人増えたどころで気にすることはない」


「流石は、我が頭目だ」


 敬意と皮肉を込めたラトフの台詞に、ヴァイルは愛想笑いで返した――その時だった。


――カンカンと、高い金属音が響き渡った。


「北西の方向に、不審船だ! 全員、配置に付け!」


 見張りをしていたロアが警鐘を鳴らし、大声叫んだ。


 さっきまで笑っていたラトフは瞬時に真顔となり、代わりにと両腕に巻いていた鎖を緩める。他の船員たちも、各々の武器を手に取り、ロアが指し示した場所を見ていた。


「ラトフ、俺の女(ヒヨリ)を守れよ」とヴァイルの命令に、ラトフは言われるまでもなく、ヒヨリの側に立ち臨戦状態の構えを取っていた。


 ヴァイルは側に置いていた愛用の手斧を持つと、船首へと向かいながら帆柱の先端に居るロアに声をかける。


「ロア、不審船の様子はどうだ?」


「普通じゃないですね。何か襲われたみたいで、船のあちらこちらが破壊されています」


「襲われた? 何処の船か分かるか?」


「……あの船の型は、アーステイム王国の船、だと思います」


 遠く離れて漂う船は、ヨルムンガンド号より二回りぐらい大きな船で、甲板には大砲が備え付けられている軍船のようだ。見た目的には地球のガレオン船に似ていた。


 ヴァイルたちは慎重に不審船に近づいていき、徐々に船体の様子が明確に伺えるようになった。


 帆が破れて、帆柱は折れており、船体も所々が破損していた。沈没していないのが不思議なほどの状態だった。


 船首に付けられている大剣と大盾、そして双翼の像(フィギュアヘッド)から、ようやく船がアーステイム王国が所有している軍船ユルルングル号だと判った。


 軍船が破損している理由は何かに襲われた後だと推測するも、何かの罠かも考えられた。


 注意深く様子を見ていると、ユルルングル号の船上に傷だらけになっている船員たちを発見した。格好からアーステイム王国の兵士だと見受けられる。


 ヴァイルはトーマとガウディに手を振って乗り込めと合図をして、ロアとラトフは引き続き辺りを警戒した。


 ヨルムンガンド号がユルルングル号に接舷するや否や、渡し橋をかける必要も無くガウディとトーマは跳躍して船に乗り込んだ。


 ガウディはさっそく傷だらけになっている兵士の元へ駆け寄った。


「我が名は、ヨルムンガンド海賊団のガウディ。貴公たちは神聖アーステイム王国の方々と見受けられるが、如何に?」


「お、おお……。貴方がたは……。私は、神聖アーステイム王国の第三兵士団、ルド・マーベスト・シャードと申します。ヨルムンガンド海賊団の名は聞き及んでおります」


 男は息も絶え絶えながら、右腕を胸の前に構えて答えた。アーステイム王国兵士団の礼儀作法である。


「一体何があったのだ?」


「我々は、ガンダリア帝国に与する無法海賊の討伐に出立したのですが、情けなくも騙し討ちに遭い……」


 男は黙ると、突如身体を震わせて涙を流し始めた。


 ガウディは只事ではないと感じ取り、すぐさまトーマにヴァイルたちをユルルングル号に呼び寄せたのだった。

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