第一話 異世界《ミッドガルニア》は突然に -2-

「じゃーん! どうよ、これ!」


 雨の中、波止場まで連れていかれて、茂がこれ見よがしに差し出した右手の先に、一隻の真新しい小型漁船があった。船首には『日摘丸』とデカデカと船名が書かれている。


「……もしかして、これって」


「そう、俺の船。やっとオーバーホールも終わって、漁船登録も完了してね。で、処女航海でここまで試し乗りしてきた訳だよ。長かったな、ここまでくるのは……」


 茂は自分の船をまじまじと見つめては、その瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。


 茂が移住した理由は漁師になりたかったからだ。そこへ、定住支援制度と漁業研修制度を利用して、飛芽島にやってきたのである。


 漁業研修先はヒヨリの親戚の家だったこともあり、その縁で家族ぐるみの付き合いをしていた。


 暫くは親戚の元で研修を頑張り、つい最近、合格(独立)が許された。そして自分の船を入手したのである。


「うわー、新しい船って良いですね。おじさんの船は年季が入っていて所々が汚れているから、より良く見える」


 ヒヨリも幼い頃から漁船に馴染みがあり、それと“古く深い血”を受け継いでいるからなのか、新しい船に心が踊ってしまう。


「はは。あれもあれで味わいがあるじゃん。いつか俺の船も、あんな風に渋みを出したいよ」


「もう漁に出るんですか?」


「ああ。来週にトヨさんと一緒に沖合に行く予定だし、準備は万端だよ。という訳で、ヒヨリちゃん。これに乗ってみないかい?」


「え? 良いんですか?」


「ああ。連絡船もいつ出るか分からないだろう。ものはついでだから、これで送ってあげるよ」


 ヒヨリは沖の方を見る。海が荒れているとはいえ、それほどの高波では無い。揺れは激しいかも知れないが、昨今の船ならば、そう簡単には転覆はしないだろう。


 経験が浅い茂の操舵技術に少し不安はあったが、三年間研修をして文字通り荒波に飲まれたのだ。多少なりの信頼はある。それに出航されるまで待つのは退屈だし、早く帰れる。良い点が上まった。


「それじゃ、お言葉に甘えて、乗せてください」


「あいよ。遠慮無く乗ってくれ!」


 二人は真新しい船に乗り込み、出航の準備を始める。

 茂は慣れない手つきで縄を巻き取りつつ、船尾を見ては障害物が無いか安全確認をしていく。


「ヒヨリちゃん、ほら」


 と言って、茂はオレンジ色を基調した救命胴衣を手渡してきた。ヒヨリはすぐに身に付ける。救命も新品だからなのか、鼻につく科学的な匂いがした。


「茂さん、私も手伝いましょうか?」


「大丈夫、大丈夫。ヒヨリちゃんは初めてのお客さんだから、船内でゆったり待っててくれよ」


 茂は波止場の壁を力強く押して、船から岸を離した。そして操舵室へと行きエンジンをかけると船が動き出し、ゆっくり離岸していく。


「日摘丸、出航!」


 茂は意気揚々に高々と声をあげて、二人を乗せた船は荒れる海原へと出たのである。

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