第四話 神聖アーステイム王国で夕食を -2-
ヨルムンガンド号は軍船に先導されて神聖アースティム王国の領海に入った。
港湾に多数の船や建物が見えてきて、遠くに広がる光景に、ヒヨリは「うわっー!」と思わず声を上げてしまった。
都市の小高い丘に、本丸と三つの巨大な塔から成り立つ、気品がある壮大な西洋様式の白い宮殿が建てられていた。周りは堀で囲まれて隣の湖から水が流れ込んでおり、防衛と共に外観美が成り立っていた。
宮殿は国力と権威の威光を申し分なく照らしており、大国の君主が住まうに相応しい建物であった。
町並みも理路整然と立ち並び、都市の陸地方面の外周には十メートルほどの高い城壁に囲まれていた。
アーステイム王国は、城塞都市と港湾都市、そして王都の面を併せ持っていた。
ヒヨリは島民で、かつ遠出したとしても修学旅行で広島に行ったぐらい。ましてや、そこの城を見学したが……比較しては失礼だ。
異国情緒溢れる町並みから、異世界ではあるが、初めて外国に訪れた感動に酔いしれていた。初めて、この異世界に来て良かったかもと思えてしまったのは、内緒だ。
そんなヒヨリの様子に、ヴァイルたちは「まあ、そうだろうな」と気持ちを汲みとったのだった。
初めて王都を目撃した誰しもが腰を抜かすほど。訪れただけで一生の自慢話&土産話になるという。
より詳細に語るとしたら、アーステイム王国はアトラ大陸にあり、伝説の四英雄“セウディア”が建国したと言われ、現在その子孫である“アーステイオー四世”が統治している。シュイットの父親だ。
法によって秩序が保てられて、海上と陸上からの交易によって人々の生活に豊かさを享受しており、三大陸の中でもっとも巨大で繁栄している国である。
ヨルムンガンド号は港湾に入り、軍船が停泊しているエリアへと案内された。
イカリを海へと投げ降ろすと、ヴァイルを先頭にヒヨリたちも上陸した。
「うーーんっ!」
久しぶりの大地に足を踏み入れたヒヨリは、目一杯に背中を伸ばした。
いくら海賊の血を引いていて船に慣れているとはいえ、何日も乗船するという経験は無かったので、未だ身体が揺れている感覚があった。
一方ヴァイルたちは平然としていた。
「よし、ガウディは、いつものように官府に戦果を報告しに行ってくれ。ロアはその手伝いをしてくれ。トーマはいつもの通り宿場を手配してくれ。で、ラトフは諸々の買い出しを頼む」
名を呼ばれた者たちは「了解」と承知して、各自行動を取る。
ただ一人……手持無沙汰なヒヨリがヴァイルに「私はどうしたら良いの?」と視線で問いかけると、「ああ」と気付いてくれた。
「そうだな……ラトフ、ついでにヒヨリにアーステイムの街案内でもしてやれ。それと多少の無理でも叶えてやってくれ」
そう言うとヴァイルはヒヨリたちに背を向けて、去っていく。
「ちょっと、あなたはどうするの?」
「馴染みに会ってくる」
振り向かずに答えた。
「あっ! ちゃんと私の国を探してくれるんでしょうね!」
ヴァイルは片手を挙げただけで、スタスタと進んでいったのだった。
「なによ、あいつ。ちゃんと私の約束を守ってくれるんでしょうね」
しかめっ面のヒヨリに、ラトフが話しかけてくる。
「大丈夫ですよ。ヴァイル様はああ見えても義理堅いから、必ずヒヨリ様の国を見つけてくれますよ」
知らぬ世界で頼れる者がいない中、今はヴァイルたちを信頼するしかなかった。
「ところで、私を様付けで呼ばないでよ」
「いえいえ何を仰いますか。ヴァイル様の嫁御になる方に対して無礼な扱いはできませんよ」
恐縮そうに答えるも、ラトフは無邪気な笑顔を浮かべていた。
ラトフはヴァイルや他の船員と比べて、愛想よく非常に気さくな態度のため話しやすいタイプであった。また頭目のヴァイルに対して敬意を払ってはいるが、時々くだけた感じで話している。他の船員たちは、ヴァイルには基本敬語にも関わらずだ。
未だ素性が解らないヨルムンガンド海賊団員の中で、一番謎な人物であった。
「その前に、まだ私はあいつの嫁じゃないからね!」
「はいはい。それでは行きますよ、ヒヨリ様。まずは市場にでも参りましょうか」
「あ、ちょっと! ラトフ!」
ラトフの後を追いかける途中で、ふとヒヨリは足を止めて、沖合を見る。
そこにぽつーんとアーステイム王国の軍船が漂っていた。
「どうしましたか、ヒヨリ様」
「シュイット王子は、大丈夫なのかなって」
今回、上陸したメンバーの中にシュイットは居なかった。
申し付け通りにアーステイム王国への入国は許されなかった。本来、アーステイ王国の軍船すらも乗船を禁じられていたが、ヴァイルたちにとっては戦果報告や略奪品の受け渡し、物資調達をしなければならなかったので、ヨルムンガンド号を港に乗り入れる必要があった。
また今回の一件について、シュイットを入国禁止を命じた張本人……セシルに意見を聞きたかった。
それまでシュイットをスーイに預けたのだった。そのような理由で、軍船は沖合に漂泊しているのであった。
「それについてもヴァイル様がセシル王子に訊ねるでしょう」
「そういえば、シュイット王子はこの国の王族で身分が高い方なのよね。そんな人とあいつが親睦があるみたいだけど、どうして?」
「ヴァイル様も、ああ見えてお偉い方なのでね」
いち海賊と王族が親しい関係に、より疑問が募ってしまう。
しかし、地球の方でも騎士(ナイト)の称号を与えられた海賊が存在し、歴史的に国と海賊は少なからず繋がりはあるものだ。現に若林家の先祖も当時の大名に召しかかられた。
「ここでも、そういうのがあり得るのかな」
と、ヒヨリは納得しつつラトフの後を追ったのであった。
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