第十七章 勇太焦る
風間勇太は、クラス担任でもある蒲生千紘が落とした教科書を逆再生のように戻したのを見て、その後のホームルームの伝達事項を全く聞いていなかった。
「勇太くうん、何をぼんやりしているのお? 道明寺さんの事が気になるのお?」
千紘が微笑んで訊く。勇太はその言葉にハッと我に返った。
「いえ、そんな事はありません!」
慌てて否定したが、それが余計にクラス中の疑惑をかきたててしまったようだ。
「何だよ、風間、お前、 桜小路さん一筋じゃないのかよ?」
嫌味混じりに言ったのは、勇太の幼馴染みの桜小路あやねの親衛隊の一人だ。勇太に対するあやねの評価が下がるのを期待しているようだ。
「あらあ、そうなんだあ。勇太君は桜小路さんが好きなのお?」
千紘は小首を傾げて尋ねた。クラスの中に結構な数いる千紘ファンが狂喜した。
「いや、その、ええと……」
耳まで熱くなるのを感じ、勇太は動揺した。すると千紘はクスッと笑って、
「あらあら、次の授業に遅れちゃうわ。じゃあねえ、勇太くうん」
そう言うと、腰を振りながら廊下を去って行く。
「風間、てめえ、あやねさんやかすみさんだけじゃなくて、千紘先生まで!」
千紘ファンの一人である男子生徒は勇太に掴みかかりそうだ。
「違うよ」
勇太はその男子の殺気を感じ、席を立って廊下に飛び出した。
「おう、勇太、かっすみちゃあんはまだ来ないの?」
歩く能天気と呼ばれた横山照光ですら、かすみがいない事に何かを感じて真顔だ。
「ああ。どうしたんだろうな。蒲生先生は何も言ってなかったから、学校に連絡はしてあるのかも知れないな」
「そうなの?」
横山は意外そうに目を見開いた。するとそこへ、あやねと親友の五十嵐美由子も来た。二人共不安そうだ。
「かすみさん、何かあったのかな?」
あやねが勇太を見て言った。その様子を遠巻きに一組と 三組の男子の大半が見守っている。
「かすみちゃんも気になるんだけど、もっと気になる事があってさ」
勇太は千紘の事を思い出して話しかけた。
「何、もっと気になる事って?」
あやねより横山が大きく反応した。
「勇太にとって、かっすみちゃあんより気になる事ってあるのか?」
非常に誤解を招く言い方をされ、嫌な汗が出る勇太である。途端にあやねの機嫌が悪くなる。
「何!?」
あやねは横山を押し退けて勇太に詰め寄った。
(でも、見間違いかも知れないし、この話はかすみちゃんにしたいんだよな)
勇太はあやねや美由子、そしてついでに横山を巻き込みたくないと考えた。
「あ、いや、大した事じゃないんだ。後で話すよ」
そうでも言わないとあやねが引き下がりそうにない顔をしていたので、咄嗟の判断で誤摩化した。
「わかった。後でね」
あやねは念を押して踵を返すと、美由子と共に教室に戻って行った。
「焦らすなよお、勇太あ。俺にだけは教えろよお」
横山が食い下がって来た。
(一度危ない目に遭ってるお前にこそ言えないよ)
勇太は話を逸らそうとして、
「お前、最近、蒲生先生と話し方が似て来てるぞ」
すると横山は、
「なるほどお。千紘ちゃんの事だな?」
ある意味鋭い指摘をした。勇太はギクッとしてしまったが、
「な、何の事だよ。バカじゃないの、お前?」
引きつり笑いをして、教室に入ってしまった。
「おいおい、そこまで話して、惚けるなよお、勇太あ。確かに、千紘ちゃんのお尻はかっすみちゃあんより魅力的だよねえ」
横山は一組の教室に顔を突っ込んで、しつこく勇太に話しかける。しかし、勇太はそれを無視した。
「勇太あ、無視するなよお」
それでも帰らない横山だったが、
「このバカ、いい加減にしろ!」
後ろから美由子が三角定規の角で頭を突いた。
「いでで!」
(助かったよ、五十嵐さん)
勇太は心の中で美由子に感謝した。
警視庁公安部の一角の森石章太郎の専用の部屋で、かすみは事件の一部始終を語った。いつもヘラヘラしているイメージの森石が真顔になったので、かすみは緊張した。
「そいつから、自分達の正体を辿られないように始末したって訳か」
森石は腕組みをし、考え込んだ。
「敵がどうやって彼を殺したのか、そして、どうやって彼が私の家にいるのを知ったのかも謎ね」
かすみは自分の家が探知されないように特殊な波動を出す金属を邸のあちこちに設置している。それをものともせず、チャーリーの居場所を特定し、あっさり殺してしまった存在に戦慄しているのだ。
「私はともかく、あのロイドが気づかないなんて考えられないよ。敵の能力が気になるの」
かすみも顎に手を当てて考え込んだ。
「超能力の中には、相手が地球上のどこにいようとも探り出せるものがあるらしい。敵にその能力を持つ者がいるとすると、離れているから安心という訳にはいかないな」
森石は考え込んでいたかと思ったらいつの間にかかすみの脚を舐めるように見ていた。口から
「エッチ!」
かすみは慌てて立ち上がり、
「誤解だよ。目の前にお前の脚があったんだ、見た訳じゃないよ」
苦しい言い訳だとかすみは思った。
「新堂先生に言いつけるぞ!」
反省の色がない森石をかすみは脅かした。すると
「よ、よせよ。みずほさんは結構おっかないんだぞ」
森石の目は小動物のようだった。
(新堂先生、見かけによらず、強いのかも)
かすみはクスッと笑った。そして、
「私のクラスに風間勇太君という比較的関わりの深い男子がいるの。その子が今度は危ないと思うんだけど」
「風間勇太な。なるほど、お前があの学園に転校する前日に会ったムッツリスケベだな」
森石は手許にあったファイルをめくって言った。かすみは呆れ顔になって、
「勇太君も、森石さんにそんな事を言われたくないと思う」
「ひでえな。何だよ、付き合いが長い俺は『森石さん』で、そいつは『勇太くうん』か?」
少しだけ嫉妬混じりで森石が不満そうに言うと、
「別に勇太君とは何でもないし。それに私は『勇太くうん』なんて呼ばないよ」
そこまで言いかけて、かすみはハッとした。
「うん? どうした?」
かすみの顔が険しくなったので、森石も真顔になった。
「思い出した。横山君の背後にいたのは、蒲生先生だった!」
天翔学園高等部の理事長である小藤弘に封じられた記憶が甦ったのだ。
「蒲生? ああ、高等部の数学の教師だな。あの中里先生と魔女の名を二分しているとか」
森石はファイルをめくったが、千紘のプロフィールには詳しい事は何も記載されていなかった。
「どういう事だ?」
千紘がその
その頃、小藤は理事長室で一人でチェスをしていた。
「
「さて、どうする、千紘?」
小藤は全てを見通すかのように呟いた。
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