第六章 思わぬ伏兵

 何事もなく夜は更け、やがて朝が来た。道明寺かすみは昇る朝日を見てホッとし、天翔学園高等部に向かった。彼女は警視庁に戻った森石章太郎を襲った謎のサイキックがもう一度現れるのではないかと危惧し、森石に同行しようとしたが、

「何だ、みずほさんと俺の中を妬いてるのか?」

 とんでもない事を森石に言われたので、

「自惚れないで!」

 ムッとして応じた。アンチサイキックである森石は心配要らないが、みずほの事が気になったかすみは、彼女をトイレに誘い、話をした。

「森石さんは狙われていますから、一緒にいない方がいいです」

 かすみは自分が嫉妬から言っているのではない事をくどい程説明してからみずほに言ったのだが、

「大丈夫よ、道明寺さん。章太郎さんが守ってくれるから」

 頬を染めながらそう返されてしまい、もう何も言えなくなってしまった。みずほはかすみが嫉妬しているとは思っていないようだが、森石を危険な男性だと考え、自分の身を案じてくれていると思っている。かすみはみずほの心を覗いて、それ以上の説得をするのを諦めた。

(もう一度襲撃するつもりなら、もう来ているだろうし)

 楽観的過ぎると思ったが、森石の能力に懸けてみる事にしたのだ。

「え?」

 かすみは朝日の照り返しを受けて輝いている太陽光発電のパネルが載せられた家の屋根の上に季節外れのフロックコートを着た長身痩躯の白人男性が立っているのに気づいた。

「ロイド?」

 しばらく彼女の前から姿を消していたロイドが姿を見せたので、嬉しく思ったが、その反面、嫌な予感もした。

「カスミ、久しぶりだな」

 次の瞬間、ロイドはかすみの目の前に瞬間移動して来た。ロイドの場合、周囲の目を気にしないところがあるので、かすみの後ろを歩いていた生徒達やサラリーマン、OL達はギョッとしていた。

「ちょっと、ロイド」

 かすみはロイドの手を取って路地裏に入った。

「どうした?」

 ガラス玉のような感情を読み取れない目で、ロイドはかすみを見た。

「能力者でない人達には、貴方の現れ方は刺激が強過ぎるのよ」

 かすみは全く意に介していないロイドにいささか呆れ気味に告げた。

「そうか」

 ロイドは自分達を覗き込んでいる野次馬をチラッと一瞥してから応じた。野次馬達はロイドの視線に気づいて、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

「それで、何か用なの? まさか、私の顔が見たくなったなんて理由じゃないわよね?」

 かすみは悪戯っぽく笑って尋ねた。すると相変わらず無感情なロイドは、

「お前の前にサイキックが現れただろう?」

 かすみはギョッとした。まさかそんな事を言われるとは思わなかったからだ。ロイドはアンチサイキックではないが、かすみには彼の心の中を覗く事ができない。だから本当に驚いてしまった。

「奴は天翔学園にいる何者かに飼われている男だ」

 かすみは目を見開いた。

「知らなかったのか?」

 ロイドはかすみの反応を見て訊いた。かすみは肩を竦めて、

「何者かが、どんな能力か知らないけど、学園全体を覆うように力を張り巡らせていて、何もわからない状態なのよ」

「なるほど」

 ロイドも天翔学園高等部の内部を見通せなかった事を思い出し、頷いた。

「そのリアクション、貴方、学園を調べたのね?」

 かすみはグイッとロイドに顔を近づけた。すると一瞬だが、ロイドがギクッとして彼女から離れた。

「図星なのね? 一体何のために?」

 かすみは真顔だ。ロイドが何のつもりで学園を探っていたのかによって、自分の行動が大きく変わる事になるからだ。

「それをお前は知る必要はない。それより、敵は少なくとも、三人いる」

 ロイドは話をはぐらかせたいのか、背を向けて続けた。かすみは仕方なく追求をやめにし、

「三人?」

 ロイドはもう一度かすみを見て、

「一人はお前達の前に現れた白人の男。そしてもう一人は恐らくショウコ・テンマと繋がりがある黒幕、もう一人は全く正体が掴めないサイキックだ」

 かすみの背中を冷たい汗が流れ落ちた。

(ロイドの力でも何者なのかわからない存在が?)

 それがまさか数学教師の蒲生千紘だとは夢にも思わないかすみである。

「白人のサイキックは俺の昔の友人だ。チャーリーと名乗っている」

 かすみはチャーリーという名前と森石を襲撃したサイキックの男がどうにも重なり合わないと思った。

「そして、チャーリーはその謎のサイキックに取り込まれている」

 ロイドの言葉が引っかかったかすみは眉をひそめた。

「取り込まれているってどういう事?」

 ロイドはふたたび背を向けて、

「言葉通りだ。このままだとチャーリーはそいつに食われる」

「食われる?」

 かすみは首を傾げて鸚鵡返しに尋ねた。ロイドは背を向けたままで、

「どうやらそいつには他のサイキックの能力を奪う力があるようだ。つまり、死んだショウコと同じ能力を持っているという事だ」

 かすみはビクッとしてしまった。

(天馬翔子と同じ能力?)

 何人もの仲間が束になってかかってようやく倒した天馬翔子と同じ能力を持ったサイキックが学園にいるとなると、また凄まじい事が起こると思えたのだ。

「俺はあの外道の方を調べてみる。死ぬなよ、カスミ)

 ロイドはそれだけ言うと瞬間移動した。かすみは深く溜息を吐き、

「またあいつのせいなの……」

 力なく学園へと歩き始めた。


 かすみとクラスメートの風間勇太は、登校途中かすみを見かけなかったので、キョロキョロしていたが、

「おはよう、勇太」

 ご機嫌な桜小路あやねが現れたので、ビクッとして停止した。そして、素早く笑顔を作り、

「おはよう、あやね」

 あやねは勇太に名前で呼ばれると顔を赤らめた。

(風間勇太、絶対に許さん)

 それを周囲から観察している「あやね親衛隊」の連中は、視線で射殺さんばかりに勇太を睨んでいた。

「おはよう、あやね。あのバカ、見かけなかった?」

 そこへあやねの親友の五十嵐美由子が駆けて来た。あやねは美由子を見て、

「おはよう。バカって、もしかして横山君?」

「そうよ。バカと言えば、あのエロガッパの横山照光よ。ホントにバカの代名詞よね」

 酷い言われようであるが、仕方がないだろうと思う勇太である。

「見かけてないよ。勇太は?」

 あやねは勇太を見た。勇太は肩を竦めて、

「俺も今日は見てないよ。ていうか、あいつとは昨日の下校の時から顔を合わせていないよ」

「まさかあいつ、とうとう蒲生エロ先生にお持ち帰りされたのではないよね……」

 嫉妬と怒りと不安が入り交じったような複雑な表情で、美由子は呟いた。あやねは何を想像したのか、顔を真っ赤にして、

「いくら蒲生先生でも、教え子には何もしないのでは……」

 そう言いながらも、勇太の身を心配した事があるのを思い出した。

「まさかなあ」

 勇太も千紘の妙な噂は聞いていたが、あくまで噂だと思っているので、信じてはいない。

「だといいんだけど……」

 口ではあれこれ言いながら、本当は横山を心配している美由子の思いを感じて、あやねは彼女の肩を抱き寄せた。


 かすみはすでに校舎に入り、廊下を歩いていた。

「おっはよう、かっすみちゃあん」

 すると廊下の角から突然横山が姿を見せた。かすみは不意を突かれた形になり、思わず後退あとずさりした。

「お、おはよう、横山君」

 彼女は苦笑いして挨拶を返した。すると横山はニコニコして、

「ちょおっと、話があるんだけど、いい?」

 そう言って、無人の教室に入り、手招きした。かすみは一抹の不安を覚えながらも、

(まさかね……)

 横山の心を覗き、彼に悪意がないのを確認して頷き、教室に入った。すると、

「いただきまあす!」

 いきなり横山がかすみを机の上に押し倒し、のしかかって来た。

「ちょっと、横山君、何してるの、やめて」

 かすみは横山がふざけているのだと思って押し返そうとしたが、横山の力は尋常ではなく、全く動かない。

「かっすみちゃあん、もう俺、我慢できないんだよお。君のそのおっぱいと太腿、完全に誘っているんだよね?」

 鼻息を荒くしながら、横山はかすみに顔を近づけて囁いた。

(一体どういう事なの?)

 かすみには何がどうなっているのか、全くわからなかった。そして、二人が入った教室の扉の前に不敵に笑う千紘の姿があった。

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