第五章 小藤弘の野望
二人のサイキックの睨み合いは僅か数秒で終わり、再び激突が開始された。チャーリーはロイドの
(どこからだ?)
チャーリーは更に強い炎で全身を包み、ロイドの奇襲に備える。
(何をぶつけて来ても、一瞬で焼き尽くしてやる)
さっきまでのにやけた顔は封印されている。チャーリーはロイドの実力を見誤っていた事を自覚したのだ。
「何!?」
気がついた時はもう遅かった。ロイドはチャーリーの足元に
「ぐわあ!」
いくら炎を身に纏っていたとしても、鉄アレイのような塊を一瞬で焼き尽くす事はできない。そこまで炎を強くすれば、自ら発する炎は自分を燃やさないとしても、体温の上昇と水分の蒸発までは防ぐ事はできないのだ。
「くそ……」
もんどり打って倒れたチャーリーは口から血が混じった
「どうした、チャーリー、俺を殺すんじゃなかったのか?」
ロイドはガラス玉のような目のままで言った。
「うるせえよ、マザコンヤロウが!」
チャーリーはブロンドの長髪を逆立てて悪態をついた。だが、ロイドは全く動じていない。
「お前も、自分の実力を正確に見極められれば、もう少しだけ強くなれるだろう」
ロイドは能面のような顔のままでチャーリーを哀れんでみせた。それがチャーリーの自尊心を酷く傷つけたようだ。彼は口の周りをTシャツの裾で拭い、
「偉そうにほざくな、ロイド! てめえなんざ、本気になれば、粉微塵にできるんだよ!」
更に口汚い言葉でロイドを罵る。ロイドはチャーリーの血の付いた鉄アレイを床に投げ捨て、
「ならばそうしてもらおう」
目を細めてチャーリーを見た。チャーリーは口の中の固まりかけた血を吐き出すと、
「望み通りにしてやるよ!」
炎を消し、サイコキネシスの攻撃に切り替えて来た。ロイドの目が更に細くなった。
(おかしい……。こいつは昔はもっと強かったはず……。会わない間に何があったんだ?)
ロイドはチャーリーが力を浪費しているのがわかった。
「む?」
そして、チャーリーの背後に何者かがいるのを感じた。
(今のが奴の飼い主か? いや、違う……)
ロイドは道明寺かすみが通学している天翔学園高等部にチャーリーの飼い主がいると推測しているが、今彼の背後に見えたのはその人物ではなかった。
(操られているのか?)
ロイドは更に背後にいる人物を
「何を見ている、ロイド!」
チャーリーが力を発動して来たので、瞬間移動した。チャーリーの力はそのまま体育館の床を抉り、演壇を吹き飛ばした。
「力の配分を誤ると、自滅するぞ」
背後に現れたロイドが言うと、
「うるせえ! てめえにあれこれ指図される覚えはねえ!」
チャーリーはもう一度ロイド目がけて力を発動した。その影響で床が裂け、壁が軋み、天井の板が落下した。ロイドは再び瞬間移動した。
「お前は誰に取り込まれているんだ、チャーリー? 外道の仲間か? それとも……」
ロイドはチャーリーの背後を取り、尋ねた。チャーリーは血走った目を見開いて振り返り、
「関係ねえだろ!? 俺には俺の生き方があるんだよ!」
更に力を発動しようとしたが、不発に終わった。チャーリーは驚きのあまり、そのまま停止してしまった。
「わかっていなかったようだな、チャーリー。お前は、お前の飼い主以外の人間に何かをされているんだ。それが誰なのかは問わない。そのままだとお前は……」
ロイドがそこまで言いかけると、
「今日はここまでだ、ロイド」
チャーリーはフッと瞬間移動してしまった。ロイドは乱れたフロックコートの襟を直し、
「そのままではそいつに殺されるぞ、チャーリー」
目を細めた。
かすみ達は、森石章太郎に料亭で高級料理を御馳走され、久しぶりに気の休まる時間を過ごしていた。
「さっき、カフェで攻撃して来た人、森石さんの知り合いなの?」
かすみがお茶を一口飲んでから尋ねた。食事は摂らずに酒とつまみだけですませた森石は肩を竦めて、
「あんな乱暴な奴、知り合いにいないよ。今度の黒幕に飼われているサイキックだと思う」
その言葉に一般人代表のような新堂みずほがビクッとする。彼女は不安そうに森石を見た。森石はその視線に気づくと、
「みずほさんは心配しなくて大丈夫ですよ。敵が用があるのは俺と、かすみですから」
「そんな無責任な事、言わないでください、森石さん。あいつの顔を見てしまった以上、新堂先生も私も留美子も、無関係と言う訳にはいかないと思いますよ」
楕円形の黒縁眼鏡をクイッと挙げて、手塚治子が口を挟んだ。隣に座っている片橋留美子は治子をジッと見つめている。森石は苦笑いして、
「確かにそうかもな」
そう言ってからみずほに視線を戻し、
「みずほさんにはまたあの部屋に避難してもらいましょうか」
みずほは何をどう勘違いしたのか、顔を真っ赤にしてしまった。そして、
「森石さん、生徒達がいるところでそんな事、おっしゃらないでください」
このボケには心の中が覗けるかすみも治子もキョトンとしてしまった。そう言われて面食らったのは森石だった。
「え、あ、いや、みずほさん、何言ってるんですか? 俺が言ったのは、警視庁の地下室の事ですよ」
かすみは森石が慌てているのを見てクスッと笑ったが、
(中里満智子先生にはますます言えないなあ)
森石に密かに思いを寄せている保健教師の中里を哀れんだ。かすみよりみずほの心の中が見えた治子は顔を赤らめている。
(新堂先生、あんな子供みたいな感じなのにやる時はやるんだ……)
森石とみずほがすでに大人の関係なのを覗いてしまったので、治子は自分の能力であるクレヤボヤンスを閉じた。
「え、あ、そうなんですか? 嫌だ、私ったら……」
みずほは更に顔を赤くして両手で覆ってしまった。何がどうなっているのかわからない留美子は、かすみと治子を交互に見た。
「森石さんは警視庁を辞めたんじゃなかったっけ?」
かすみがニヤッとして尋ねた。森石はかすみを見てムッとし、
「辞めたけど、懇願されて戻ったんだよ。サイキックの事に関しては、俺以上に知識がある奴は日本の警察機構には存在しないからな」
「大きく出たわね」
治子は呆れ顔で呟いた。森石は治子の皮肉に肩を竦めて、
「俺は君達を信頼しているんだ。力になってくれよ」
かすみが何か言おうとすると、
「言われるまでもないわ。私と留美子は、天馬翔子に連なる者達は決して許さない。どこまでも追い詰めて、滅ぼしてみせるわ」
治子の口調は静かだったが、かすみとみずほを凍りつかせるには十分過ぎた。森石は治子の決意を知っても、只ニヤついているだけだったが。
天翔学園高等部の理事長室で、理事長の小藤弘は大きな椅子に沈み込んでいた。
(ロイドは早くもチャーリーの背後に取り憑いている者に気づいてしまったか。まあ、いい。いずれにしても、奴は殺すのだからな)
小藤はかすみのスナップ写真を持っていた。明らかに盗撮されたのを気づいているかすみの表情を見て、小藤はフッと笑った。
(翔子、お前の遺志は私がしっかりと引き継ぐ。そして、お前を死に至らしめた者達は一人残らず殺す)
小藤は漆黒の机の一番上の引き出しを開き、そこから小さな額縁を取り出した。その中には笑顔の天馬翔子の写真が入っていた。その顔は彼女の残虐な性格を感じさせるものは欠片もなかった。
(世界にはまた混乱してもらう。そうでなければ、我々のビッグビジネスは成り立たないからね)
小藤は写真の翔子にキスをすると、引き出しに戻した。
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