第二十六章 恐るべき力

 ロイドは不敵な笑みを浮かべたままの小藤を睨みつけ、ゆっくりと後退あとずさった。

(途轍もない能力だ。俺はここにいると奴の操り人形にされてしまう)

 そのロイドの危惧でさえ、小藤は読んでいた。

「今まで君の心の中を覗く事ができなかったが、今は我が事のようにわかるよ、ハロルド。人生で一番の敗北感を味わっているようだね」

 小藤は哀れむような目でロイドを見た。ロイドはそれでも無感情な顔をし、

「だからどうした? お前には多少は抗える事はわかったぞ、外道」

 それは真実だった。小藤の能力は異能者でない者には即座に効くが、能力者にはその能力に応じてタイムラグがあるのだ。

「さすがだよ、ハロルド。そこまで見抜いたのかね?」

 だが、小藤は余裕の笑みを絶やさずに言う。

「ロイド……」

 留美子と治子に支えられながら、かすみは立ち上がり、ロイドを見た。

「ああ!」

 かすみの予知能力が発動した。

「治子さん、留美子さん、ここから離れて!」

 かすみは絶叫にも近い声を出し、理事長室だった場所から廊下へと飛んだ。

「え?」

 手塚治子と片橋留美子には何の事だかわからなかったが、かすみに何か見えたのだとは理解できたので、彼女に続いて廊下へと転がり出た。

「ぐうう!」

 次の瞬間、小藤の力に操られたロイドが念動力サイコキネシスを発動し、かすみ達が立っていた床をえぐりとった。

「タイムラグがあるのは想定内だよ、ハロルド。それを差し引いても、君には勝ち目はない」

 小藤は高笑いをした。ロイドはギリッと歯軋りした。

(これ以上俺を利用させる訳にはいかない。退くしかないか)

 だが、かすみ達だけで太刀打ちできるとも思えず、ロイドはジレンマに陥った。

「ハロルド、君を逃がしはしないよ。すでに君は私の能力に縛られているのだ。どこにも行けない」

 小藤は目を見開いて告げた。ロイドの額を汗が伝わった。

(ロイドさんは小藤の操り人形になってしまったの? 何か打開策は?)

 治子が楕円形の黒縁眼鏡を右手の人差し指でクイと上げた。

(一つだけ確かめたい事がある)

 治子は留美子に近づき、耳打ちした。

「む?」

 小藤がそれを読み取ろうとしたが、治子が千里眼クレヤボヤンスの能力を使って壁を造り、阻んだ。

「おのれ!」

 小藤は治子と留美子の会話を読み取るのを諦め、またロイドに力を使い始めた。

「ぬうう!」

 ロイドが必死に抵抗しているのを見た治子が留美子に目配せした。留美子は頷き、理事長室跡に散乱している瓦礫をサイコキネシスで飛ばし、小藤に向かわせた。

「そんな不意打ちを食らうと思っているのかね?」

 小藤はまた異空間のようなところにそれらを吸い込ませてしまった。

「む?」

 今度はロイドが眉をひそめた。そして、治子を見た。治子は黙って頷いた。

(なるほど、そういう事か。やるな)

 ロイドがフッと笑ったのを見て、治子はビクッとした。

(ロイドさんが笑ったのを初めて見た)

 そして小藤を睨む。小藤はロイドを力で縛り、再びサイコキネシスを発動させた。

「ぬうう!」

 ロイドはその瞬間を見計らい、力の方向を変えた。そのせいでサイコキネシスの波動は校庭へと放たれ、すぐそばに植えられている樹木を根こそぎ吹き飛ばした。

「ほお。抵抗できる時間が少し長くなったようだね、ハロルド。では、こちらももう少し力のレベルを上げてみる事にしようか」

 小藤は愉快そうな顔で言った。ロイドの身体がまたしても小藤に縛られていく。

(治子さんはロイドに何を伝えたかったの?)

 その様子を見ていたかすみは疑問に思った。

(さっきの留美子さんの攻撃、そしてロイドの抵抗……。そこに何が?)

 治子は小藤に手の内を見破らせないためにロイドにすらその真意を伝えていない。だが、ロイドは治子の考えを理解したらしかった。

(下手にあれこれ推測しない方がいいわね)

 かすみは小藤にこちらの考えを見抜かれるのを警戒し、治子の作戦に懸ける事にした。

「治子君、君が何に気づいたのかはわからないが、無駄だと思うよ。力の差は歴然としているのだからね」

 小藤は目を細めて治子を見た。哀れんでいるようなその目に治子は怒りが込み上げて来た。

(どこまで傲慢で不遜なの、この男は!?)

 かすみは小藤の自信の源を考えた。

(遠くからの攻撃は全部消されてしまう。近くに行けば、奴の操り人形……。そこに欠点はないの?)

 すると今度は小藤はかすみを見た。

「いくら私の事を探ってみたところで、君には何もできないよ、かすみ君。翔子に勝てたのは、たまたまだ。決して君の力が彼女に勝っていたからではない!」

 突然、かすみは小藤の怒りの波動を感じ、驚いてしまった。

(この人は、本当に天馬翔子を愛していたの? この感情の激流は何!?)

 小藤は心の底からかすみを憎んでいた。それがわかり、かすみは身体が震えた。人の憎悪の感情がそこまでになるのかと思うと、小藤の能力以上に恐ろしかった。

「人間の皮を被った悪魔のような女を愛していたのか? さすが外道だな。実にお似合いのカップルだよ」

 ロイドが力にあらがいながら挑発した。

「黙れ、マザコンめ! お前のような性格破綻者に何がわかるか!」

 小藤は怒りの波動をロイドに向けた。ロイドもその凄まじさに目を見開いた。

(この男の愛は本物なのか? ショウコ・テンマを偽りなく愛していたというのか?)

 小藤の怒りの波動と共に力がロイドを完全に縛った。小藤はニヤリとして、

「今度はさっきのような訳にはいかない。確実に目標に当ててもらうよ、ハロルド」

 ロイドの抵抗はそこまでとなり、その力の行く先はかすみに定まった。

「死にたまえ、かすみ君。あの世で翔子に土下座するのだ!」

 小藤は血走った眼を見開き、唾を飛ばして叫んだ。ロイドからサイコキネシスが放たれ、かすみに向かった。かすみはすぐに瞬間移動してそれをかわした。行き場を失った波動は廊下の一部を吹き飛ばした。ところが、かすみが現れたところにも次の攻撃が向かっていた。

「それも見えていたわ、元理事長」

 かすみはそう言って微笑むと、もう一度瞬間移動をした。またしても行き場を失った力は壁を破壊し、その向こうにあったロッカーや机を粉微塵にした。

「すばしこい奴め!」

 小藤は歯軋りしてもう一度ロイドを縛った。そして、

「ならば、お前達から始末する!」

 攻撃目標を治子と留美子に変更した。ロイドから波動が放たれ、治子達に襲いかかった。

「それも承知しているわ」

 かすみは治子の隣に現れ、予知能力を発動した。治子の千里眼と合流したその力は、ロイドのサイコキネシスを消してしまった。

「おのれえ!」

 小藤は激高していた。先程までの慇懃無礼な態度と打って変わり、残忍な感情を剥き出しにしていた。

「そんなに感情を高ぶらせたら、俺の心の内が読めなくなるぞ、外道?」

 ロイドはいつもの無表情に戻り、小藤を挑発した。小藤は必死になって自分の感情を押さえ込もうとしているが、そう簡単に消せない程その怒りの炎は強くなっていた。

「黙れ! 貴様等如きがどれ程寄せ集まろうとも、この俺様には勝てはしないのだ!」

 小藤の仮面が剥がれた。彼の表の顔である大企業の最高責任者としての矜持は完全に捨ててしまったようだった。

「大した自信だな。だが、もうそれも砂上の楼閣だとわかる」

 ロイドは更に挑発した。小藤の怒りを増幅させるつもりのようだ。

(ロイドの考えている事が、少しだけわかったような気がする……)

 かすみにも、最終決着が近い事がわかった。

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