終章 新たなる脅威の幕開け

 日が西に傾き、操られていた生徒達が首を傾げながら帰り始めた頃、森石章太郎が手配した数十名の捜査員と鑑識課員達が一斉に天翔学園高等部の現場検証を開始した。警視庁公安部により、現場は半径百メートル以内完全立ち入り禁止となっている。教職員達も校外に追い出した捜査員達は、立ち入り禁止のテープを張り巡らせた。理事長室跡にいたかすみを見つけるなり、

「道明寺、随分な事をしてくれたな!」

 森石は大股で近づき、声を荒らげた。ところがかすみはクスッと笑って、

「残念でした。それはロイドがしたのよ」

 森石はギョッとして、理事長室跡の中心にこちらに背を向けて立っているロイドを見た。

(こいつのせいで、俺は……)

 文句を言いたい森石だったが、振り向いたロイドの冷たくて鋭い目に尻込みして、言葉を呑み込んだ。

「森石さん、二股は良くないわ」

 手塚治子が勝ち誇ったような顔で眼鏡をクイッと上げて告げたので、森石はビクッとした。

「え? お前、とうとう俺の心を覗けるようになったのか?」

 狼狽える森石を見て、治子は片橋留美子と顔を見合わせてから、

「そうですって言いたいところだけど、そこまではいけていないですよ。千里眼クレヤボヤンスの能力がなくても、わかります」

「え?」

 森石はどういう事なのかわからなかったようだ。語るに落ちているのを理解していないようだとかすみは思った。治子は真顔になり、

「それより、アイルーダの事、何かわかりましたか?」

 話題を切り替えた。まだ不満が残っていた森石だったが、

「かつての仲間CIAに問い合わせてみたが、今のところ、目立った動きはない。天馬翔子がいた頃、日本近海に現れたアルカナ・メディアナの船もまだアフリカ近辺を航海中だ」

 治子にはそれも見えていたのだが、敢えて訊いてみたのだ。森石はアンチサイキックなので、彼の心を覗けないため、間接的に探ってみたのだが、それでも何も漏れて来ないので、治子は少しがっかりした。

「あの外道はサイキック部隊を持っている。ヨーロッパの友人がそいつらのせいで命を落とした」

 ロイドが急に会話に加わって来たので、森石はハッとして彼を見た。

「何だ? 俺に友人がいるとおかしいか?」

 ロイドはガラス玉のような目で森石を見る。森石は苦笑いして、

「あ、いや、そういう事じゃないんだ。メディアナには子飼いの能力者がいるのなら、何故最初からそいつらを使わなかったのかなと思ってさ」

 それはかすみも同じ考えだったので、

「そうね。何か理由があるの?」

 興味津々の目でロイドを見る。ロイドは背を向けて、

「日本はそれだけ外道にとって重要ではないという事だ。奴が目指しているのは、欧州の制圧だからな」

「伊達政宗かよ」

 森石が日本人にしかわからないような冗談を言った。するとロイドは森石を見て、

「つまらん駄洒落だ。もう少し知的なジョークを言えないのか?」

 森石はまさかロイドにわかると思わなかったので、目を見開いた。かすみも同じだ。

「俺はヨーロッパを探って来る」

 ロイドはそれだけ言うと、フッと瞬間移動した。森石は肩を竦めて、

「相変わらず、愛想がない奴だな」

 するとかすみが、

「以前よりは話をしてくれるようになったと思うよ」

 森石はかすみを見て、

「そうかあ? あまり変わらないと思うがな」

 治子はロイドも森石同様かそれ以上に心の中を覗かせないので、かすみの言い分が正しいかどうかはわからなかった。

「それから、奴の事でわかった事がある」

 森石はスーツの内ポケットから封筒を取り出すとその中から一枚の紙を出し、かすみに渡した。

「小藤弘は本名じゃなかった。別人の戸籍だった」

「え?」

 森石の言葉にかすみは渡された紙をジッと見た。それは本物の小藤弘の戸籍謄本だった。

「生年月日は奴の容姿と違和感がないが、出身は関西で、子供の頃の小藤を知る人に聴取したら、相当な肥満児だったらしい。中学生の時、両親を火事で失い、親戚の間を点々としていたらしいが、三十年くらい前に消息を絶っている。親族がいないので、捜索願も出されていない。勤務していた会社もなく、中学以降の学歴も不明だ」

 かすみは治子、留美子と顔を見合わせた。

(小藤の過去が一瞬垣間見えたけど、彼は子供の頃、栄養失調だったわ。その小藤弘とは別人ね)

 治子はクレヤボヤンスで覗いた小藤弘の過去を思い出した。

(あれは紛れもなくあの男の少年時代だったのね)

 泥水をすすり、ゴミ箱に捨てられた弁当箱をあさる毎日。あまりの悲惨さに治子は小藤の罠だと思った程だった。

「昔の小藤は痩せ細っていた。ほんの一瞬見えただけだったけど、健康優良児には見えなかったです」

 治子は自分が見た小藤の過去を森石やかすみに語った。

「彼はずっと社会を憎み、他人を憎んで生きて来たんです。そして、ある日、異能に目覚めました」

 まるで映画のように小藤の少年時代が見えて来る。小藤が死に、見えなかったものが怒濤の如く押し寄せて来る感じがいて、治子は不思議だった。

「という事は、この学園の理事長だった男は誰なのかわからないって事ね?」

 かすみは森石を見た。

「その戸籍の小藤弘が財界の大物で、この学園の理事長だったかどうかはこの際どうでもいい。今、考えるべきは、アルカナ・メディアナの事だ」

 森石はかすみから紙を取り上げて封筒と共に強引に内ポケットにねじ込んだ。

「今すぐサイキック部隊が日本に来るかはわからないが、窓口だったはずの天馬翔子が死に、それを引き継いだ小藤が死んだのだから、手をこまねいているはずもない」

 森石の言葉にかすみも治子も留美子も身が引き締まる思いがした。

「ここにいると、皆に迷惑をかけちゃうね」

 かすみがぼそりと呟いた。森石は、

「そうだな。メディアナの狙いはお前だからな。ここを巻き込みたくないなら、離れた方がいい」

 そして、かすみを見ると、

「俺のところに来い。かくまうくらいはできるぞ」

 するとかすみは呆れ顔になって、

「森石さん、顔が嫌らしいわよ」

「え?」

 森石は自分ではクールに決めたつもりだったのだが、顔には本性が出ていたらしい。治子と留美子も軽蔑の眼差しで見ていた。

「かすみさん、それは違うと思うわ」

 治子は黒縁眼鏡をクイッと上げて言った。

「え?」

 かすみは治子を見た。留美子も治子を見た。森石は自分の邪魔をするつもりに思えたのか、治子を睨んだ。

「貴女がここを去っても、貴女と関わってしまった人達は狙われるわ。人質にできるから」

 治子の言葉にかすみは衝撃を受けた。

「あ……」

 考えていない事だった。かすみは自分の都合だけで動こうとしていた事に気づいた。

「そうですね。私がここを離れたとしても、私を知る人達は確実に狙われますよね」

 かすみは深刻な顔になった。ところが治子は、

「そんな顔しないで。解決する方法はあるんだから」

 かすみはキョトンとして治子を見た。留美子も首を傾げている。

「勿体ぶらずに早く言えよ」

 森石だけが苛ついていた。治子は森石を見てクスッと笑い、

「かすみさんはこのままの生活サイクルを続ける。それだけでいいわ。そうすれば、私や留美子も連携できるし、ロイドさんも来てくれるでしょ?」

「ああ、そうですね……」

 かすみは治子に救われた気がした。自分一人で抱え込み、解決しようとしなくていいのだ。今は仲間がいる。かすみは気持ちが落ち着くのを実感した。

「まあ、それが一番だな。もうしばらく、お前のそのぶっとい脚と重そうな胸を見たいからな」

 森石がニヤリとして言ったので、かすみは、

「セクハラよ、森石さん。新堂先生に言いつけちゃうから」

 森石はギクッとした顔をし、

「わわ、それはやめてくれよお、道明寺ィ」

 かすみは微笑んだ。


 戦いは一段落したが、まだ終わった訳ではないのである。

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サイキックJKかすみリターンズ 神村律子 @rittannbakkonn

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