第二十一章 巨大な罠

 敵のボスである小藤弘のあからさまな挑発にかすみ達は戸惑っていた。

(一体何を企んでいるの?)

 かすみは授業を受けながら考えた。しかし、わからない。

(かすみちゃん、どうしたんだろう?)

 同じクラスの風間勇太は、かすみが深刻な顔をしているので気になっていた。

(やっぱり、蒲生先生が関係しているんだろうか?)

 勇太は、数学教師の蒲生千紘が見せた落下物の逆再生を思い出していた。只、あれが確かに現実の事なのか、勇太には自信がなかった。だが、かすみの能力を知っている彼には、見間違いで片づけられない何かがあるような気がしていた。

(何?)

 かすみは予知能力が勝手に発動するのを感じた。彼女は未来を知りたくないので、意識的に予知能力を閉ざしている。必要な場合、その力を応用して敵を探ったり、敵の心を覗く手段として使う事はあった。しかし、純粋に予知能力を使った事はここ数年、ましてや、天翔学園高等部に転校してからは一度もない。

(どうしたっていうの?)

 予知能力が無意識で発動するのは、命の危険を察知した時である。それは能力を使いこなせていない頃も同じだった。かすみは見えて来た未来に仰天した。高等部の生徒全員がパニックに陥り、尚且つかすみを敵意に満ちた目で睨み、襲いかかって来たのだ。

(まさか、小藤が能力を使ってそうするという事?)

 彼女の予知能力は外れた事がない。予想ではなく、未来を見ているからだ。

(どうしてパニックに陥っているのかはわからない)

 予知能力の欠点は、完全に未来が見える訳ではない事だった。

(時刻は午前十時だったから、あともう少しだ。何が起こるの?)

 かすみが眉をひそめた時だった。壁に備えつけられたスピーカから緊急事態の時に流れる音が響き渡った。生徒は勿論、授業をしていた教師達もギョッとしてスピーカを見た。かすみも見た。

「高等部の生徒の皆さん。理事長の小藤です。皆さんにお知らせがあります」

 小藤の声が聞こえて来たので、かすみはハッとした。

(これがそうなの?)

 彼女は思わず身構えた。小藤の声は続けた。

「この校舎はもうすぐ崩壊します。速やかに校庭に避難してください」

 小藤の言葉で教室内が騒然とした。女子達の中には泣き出す者までいた。

(能力なの?)

 かすみはスピーカに見入り、小藤の心を探ろうとしたが、霧がかかったように見えない。

(またこれ?)

 振り出しに戻ったのかと思ったが、

「特に三年一組の皆さんは早く避難するように。校舎を崩壊させる張本人は、あなた達のクラスメートである道明寺かすみだからです」

 全員の視線がかすみに集中した。授業をしていた教師までがかすみを見た。かすみはギョッとして席を立った。それに応じて他の生徒達も席を立つ。

(これが予知能力で見えた未来なの?)

 かすみは次第に教室の空気が険悪になっていくのを感じた。

(小藤が誘導している……。いや、洗脳しているの? 一体どうやって?)

 生徒達は席を立ち、ゆっくりとかすみに詰め寄って来る。かすみは後ろから掴みかかろうとした男子生徒を払いのけ、後ろのドアから教室を飛び出した。

「かすみちゃん!」

 生徒達を押しのけて、勇太が叫んだ。

「勇太君?」

 勇太は小藤の洗脳にかかっていないようだ。かすみはホッとして勇太に近づこうとしたが、二組の生徒達も廊下に出て来て、かすみに迫って来たので、それもできなくなった。きびすを返すと、前のドアから教師が先頭になって生徒達が飛び出して来て、すっかり取り囲まれてしまった。

「かすみちゃん!」

 勇太は目も虚ろなクラスメート達の間をすり抜けてかすみに近づこうとしていたが、

「風間勇太は道明寺かすみの仲間だ。彼を捕まえなさい」

 小藤の声が命じた。するとさっきまで勇太に見向きもしていなかった生徒達が彼に一斉に掴みかかった。

「うわ!」

 勇太はたちまち洗脳された者達に取り押さえられてしまった。

「勇太君!」

 かすみは掴みかかってくる生徒達を押しのけながら叫んだが、もはや身動きが取れなくなって来た。ふと廊下の先を見ると、全ての教室から生徒達が出て来て、一組へと向かっているのが見えた。そればかりではない。階段を駆け上がって、二年生や一年生、果ては各教室にいた教師達までもが三階に上がって来ていた。

「勇太君、逆らわないで大人しくしていて! 必ず助けるから!」

 かすみは瞬間移動して校舎から外に出た。ところが、校庭にも多くの生徒達が出ており、かすみに気づいて集まり始めた。

「留美子さん!」

 彼女は野球のグラウンドの隅で取り囲まれている片橋留美子を見つけ、走った。留美子は自身の能力である念動力サイコキネシスを最低限発動させて、掴みかかる生徒達を弾き飛ばしていた。

「かすみさん!」

 留美子は道を空けるように生徒達を弾き飛ばし、かすみの方へと駆け出した。

「何なの、一体?」

 留美子はサイコキネシスを一定の範囲内にバリアのように発動させ、一種の結界を作り、自分とかすみの防壁にした。かすみは、防壁に弾き飛ばされながらも執拗に二人に迫ろうとしている生徒達を見ながら、

「小藤が仕掛けて来たのよ。放送は聞こえなかった?」

 留美子は気味悪そうに生徒達を見て、

「ええ、何も聞こえなかったわ。突然、一緒にいた子達が掴みかかって来たから、驚いて……」

 かすみは留美子の話を聞き、切っ掛けは放送ではないと知った。

(高等部の敷地内にこの結界と同じようなモノを作って、その中にいる人間を自由に操れるのかしら? もしそうだとしたら、凄まじい能力だわ)

 かすみの額を幾筋もの汗が流れた。

『かすみさん、大丈夫?』

 異変を察知した天翔学園大学にいる手塚治子がテレパシーで話しかけて来た。

『ええ、大丈夫です。留美子さんも無事ですよ』

 かすみは周囲を見渡して応じた。

「治子さんですか?」

 留美子が嬉しそうに尋ねた。かすみは頷いて、

「とにかく、この敷地から出ましょう。ここは小藤のテリトリーなのよ。太刀打ちできないわ」

 留美子は結界を移動させて校門を目指した。かすみは瞬間移動で敷地の外に出て、留美子を待った。

(やっぱりそうだったのね。外に出たら、何にも感じなくなった)

 小藤の支配はあくまで敷地内だとわかった。

「逃げられないよ、道明寺かすみ、片橋留美子」

 すると、それを千紘が待ち受けていた。かすみ達が知っている千紘とは似ても似つかない顔と声だ。

「蒲生先生……」

 かすみと留美子は千紘が発している闘気のようなものを感じ、身構えた。

「あんた達のせいで、私は立場が危ういんだ。死んでもらうよ」

 千紘が自分の能力である精神測定サイコメトリーを発動した。

「く……」

 思考能力におもりを乗せられたかのように考える事が苦痛になる。

『かすみさん、逃げて! 貴女だけならともかく、留美子がいては不利よ!』

 治子の声が叫んだ。かすみは苦笑いして、

『大丈夫です、治子さん。ちょっと試したい事があるので』

 かすみは留美子がまだ堪えているのを確認してから、気力を振り絞って千紘を見た。

「いつまで堪えられるかな?」

 千紘はニヤリとした。

「はあ!」

 かすみは瞬間移動能力の応用を使った。

「何!?」

 その途端、千紘の姿が消えた。留美子はそれを見て仰天した。

「今の何、かすみさん?」

 かすみは苦痛から解放されて微笑み、

瞬間物体移動アポーツを蒲生先生に使ってみたの。うまくいったみたいでよかった」

 それを聞き、留美子は顔を引きつらせた。


 その千紘は高等部の校舎の屋上にいた。

「な、何だ?」

 彼女には何が起こったのかすぐには理解できなかった。

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