第二十章 戦闘開始

 遂に正体を現した小藤弘理事長に敢えて戦いを挑んだロイドは、思わぬ反撃を受け、辛くも逃げ延びた。

(奴もまた、瞬間物体移動アポーツ能力を持つのか)

 ロイドは、サイコキネシスを瞬時に移動させた小藤の能力に驚愕していた。

(しかも奴は、俺と違って力を溜める必要がなかった)

 それも脅威だった。溜めが必要ないとなると、いくらでも連続して移動をできるという事になるからだ。いつもは無感情のロイドが、眉間に皺を寄せ、額に汗を浮かばせていた。


 かすみは、ロイドが危ういところだったのを感じていた。

(小藤理事長は形振なりふり構わないようね)

 かすみは今まで押さえ込まれていた力が正常値に戻ったのを感じ、小藤の決断を知った。

(これからは容赦なく仕掛けて来るという事ね?)

 そう思うと、身体が震えた。そんなかすみの異変に風間勇太が気づいた。

(どうしたんだ、かすみちゃん? 震えてる。熱でもあるのかな?)

 勇太は先程かすみに膝の上に乗られたのを思い出した。クラスの男達に次々に質問を浴びせられたが、

「マジックだよ」

 そう言って惚けた。男達も、自分達の見た事に絶対の自信がある訳ではないので、引き下がるしかなかった。勇太はホッとした。そして、戻って来たかすみがあまりにも深刻な顔をしていたので、勇太はもちろんの事、他の男達も何も訊けなかった。

(蒲生先生はどうしているのかな?)

 同級生の横山照光や、保健教師の中里満智子を操った数学教師の蒲生千紘は今どうしているのか、かすみは気になって探ってみた。

「え?」

 千紘はいつもと変わりなく、授業をしていた。只、彼女の心は平静ではない。恐怖が埋め尽くしていた。

(理事長に何かを言われたようね)

 小藤が千紘に何を言ったのかまでは、かすみも覗けなかった。かすみの能力に気づいた千紘が意識を閉じたからだ。

(治子さんの話だと、蒲生先生の能力は精神測定サイコメトリー。意識の操作に関して言えば、蒲生先生の方が私より数段上だ)

 かすみはそれ以上の詮索を諦めた。

(でも、何故理事長は何もしないの? 挑発しているの?)

 ロイドの時のようにかすみや隣のクラスのサイキックである片橋留美子が行動を起こすのを誘っているのだろうか? 

(どうしてそんな回りくどい事をするの?)

 それがどうにもわからない。


 一方、天翔学園大学に進学した手塚治子は講義を受けながら、その千里眼クレヤボヤンスを使い、小藤の事を探っていた。小藤は国際テロリストのアルカナ・メディアナを裏切ろうとしている。そして、あわよくば、メディアナの率いているサイキック軍団をそのまま自分のものにしようとしているのもわかった。

(そこまで見させてくれる代償は何かしら?)

 治子は小藤の強かさも感じ取ったので、警戒心を緩めなかった。

(アルカナ・メディアナのところにいると言われている能力者達は、私が知らない力を持っている者もいるらしいのに、小藤理事長はどういうつもりなの? それほど自信があるという事?)

 教授がつまらないジョークを言ったらしく、ホール全体に彼を軽蔑するような意識が溢れているのを感じ、うんざりする。

(小藤の能力の一つが操縦マニピュレーションなのはわかったけど、もう一つは何? ロイドさんをたじろがせた力は、アポーツの応用だけど、理事長自身が言った『私の能力は操縦だけではないよ』は、一体どんな能力の事を言ったの?)

 治子は楕円形の黒縁眼鏡を右手の人差し指でクイと挙げた。


 小藤は理事長室で椅子に身を沈めてくつろいでいた。

(好きなだけ探るがいい。いくら探ってみたところで、君達と私の力の差を埋める情報など見つかりはしないのだからね)

 小藤は自信に満ち溢れていた。

(手塚治子、代償など求めたりしないよ。これはハンデだ。あまりに力の差があり過ぎると、面白味がない。それに私は一人で君達を迎え討つ。千紘などもう当てにはしていない)

 小藤はニヤリとした。治子とかすみがどう反応するかが楽しみだった。

(メディアナの飼い犬など、どうとでもなる。連中は所詮金で買われた信念も忠誠心もない兵隊だ。我が能力の強大さを知れば、心の底から服従を誓う)

 小藤は次々に自分の考えを治子とかすみに披露した。


 小藤が当てにしていないと考えている千紘は、その事を知った時、黒板に板書していたのだが、思わずチョークを折ってしまった。

「わあお、千紘先生、力入り過ぎィ」

 千紘はちょうど三組にいたので、横山が嬉しそうに突っ込んだ。千紘は心が折れてしまいそうだったが、

「横山くうん、そんな事言うと、今日は居残りにするよお」

 アニメ声のおっとり口調で横山をたしなめた。

(ボス、私を見捨てるという事ですか?)

 千紘は泣きそうになった。それに気づいた横山が、

「ああ、先生、俺が居残りだと涙が出る程嬉しいんですか?」

 尚もバカな事を言い出す。

「あのバカ!」

 横山に気がありながらも、未だにそれを伝えられない五十嵐美由子は彼のおちゃらけに苛ついていた。

「ううん、そうだよお。なんてね」

 千紘は精一杯の虚構を演じ、微笑んでみせたが、心の中は激しく揺れ動いていた。

「何だよお、千紘先生。純情なボクをからかわないでよお」

 底抜けなバカの横山であった。美由子は項垂れてしまった。


 かすみは小藤の行動に驚いていた。

(完全に遊ばれているわね、治子さんも私も)

 それにしても、そこまでの自信がある小藤が、何故受け身でいるのか、かすみはそこが気になった。

(何かある。今までだって、いくらでも私達を始末できたのに、どうしてそうしなかったのかも疑問ね)

 かすみは小藤理事長が着任した時の事から思い出してみた。

(天馬翔子?)

 ロイドが小藤と言葉を交わしていた時、何度かその名が挙がっていた。そして、小藤理事長が就任の挨拶をした時、

「亡き天馬前理事長の遺志を継ぎ」

 そう言っていたのを思い出した。

(ロイドを挑発したのは、本当に天馬理事長の仇討ちのためだったの?)

 かすみは最初、それは嘘だと思った。だが、どうやらそうではないらしいのがわかって来た。

(森石さんを執拗に狙わせたのも、天馬理事長の仇だからなのね)

 次第に合点がゆく。

(だとすれば、私も、留美子さんも、そして治子さんも、小藤理事長の標的だという事か)

 かすみがそこまで思い描いた時、

『その通りだよ、道明寺かすみ。さあ、戦いの幕を上げようか』

 小藤の声が脳に直接響いて来た。かすみは思わず目を見開いた。


 小藤の声は、留美子や治子ばかりでなく、ロイドにも届いていた。

「何を企んでいるのだ?」

 ロイドに眉間にはまだ皺が寄ったままだった。

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