第十九章 小藤弘とハロルド・チャンドラー
天翔学園高等部の理事長にして、大企業の最高責任者でもある小藤弘は取引先であるはずの国際テロリストのボスであるアルカナ・メディアナを裏切ろうとしていた。
(翔子……)
腹心の部下である数学教師の蒲生千紘を理事長室から追い出し、小藤は机の引き出しから、小さな額縁を取り出した。それには、笑顔あふれる天馬翔子の写真が入っていた。かつてかすみ達と死闘を繰り広げた翔子であるが、そんな事を微塵も感じさせない顔だった。
(お前の仇は何としても討つ。まず最初は、お前に直接死をもたらしたロイドだ)
小藤の目つきが鋭くなった。まさに獲物を狙う肉食獣のそれだ。
「奴だけは、私が直接この手で殺してやる」
小藤の身体の周りに
(奴も私が黒幕なのは気づいたはず。そろそろ仕掛けて来る)
小藤は窓に近づき、庭を眺めた。
(私はここにいるぞ、ロイド。早く来い)
小藤はロイドを挑発するように力を発してみせた。
小藤の挑発は、かすみも感じ取っていた。
(理事長がロイドを呼んでいる。罠なの?)
かすみはまだ階段の踊り場に隣のクラスのサイキックである片橋留美子と一緒にいた。
「かすみさん、何かあったの?」
「小藤理事長がロイドを挑発しているの。早く来いって」
「え?」
留美子はビクッとした。彼女も、ロイドの力は直接見ているので、彼がどれ程の力の持ち主なのか知っている。そのロイドを挑発している小藤の思考がわからないのだ。
「理事長はそれ程凄いサイキックだという事?」
留美子は声を低くして尋ねた。かすみは頷いて、
「ええ。ロイドもこの挑発には簡単に乗らないと思うわ。今は探り合いをしている状態ね」
その時、チャイムが鳴った。
「戻りましょう、留美子さん」
事も無げに言って階段を駆け上がるかすみを見て、留美子は目を見開いた。
(さすがね。私、もう授業どころじゃない……)
最愛の人である天翔学園大学に進学した手塚治子に連絡したくなった。
小藤が挑発した相手であるロイドは、学園近くの公園にいた。
(理事長が黒幕か。ショウコ・テンマと繋がりがあるようだな)
ロイドはその無感情な目を細めて高等部の建物を見上げた。
(何のつもりだ? この挑発にどんな意味があるのだ? あまりにも直情的で、罠の気配がない)
ロイドにはそれが不思議だった。
(もしかして、この男は、ショウコの?)
ある結論に至ったロイドは、かすみの家で殺された旧友のチャーリーの事を思い出した。
(あれがもし奴の仕業なら、いつでも俺を殺せるという事か?)
だが、そこで一つの疑問を抱いた。
(ならば何故、今まで攻撃を仕掛けて来なかったのだ?)
だが、それに対する解答には思い当たらなかった。
「ならば、会ってみるしかないのか」
ロイドは目を見開き、瞬間移動した。
「ダメ、ロイド!」
かすみは教室に戻りながら、ロイドが小藤のところに瞬間移動するのを感じて、思わず叫んでしまった。
「どうしたの、かすみちゃん?」
風間勇太が教室から出て来た。彼は先程かすみに膝の上に乗られて、未だにその興奮が覚めやらない。そのせいで彼女を見た途端、顔が火照ってしまった。かすみも勇太をバツが悪そうに見て苦笑いし、
「何でもないよ。教室に入ろう」
勇太の肩をポンと叩き、先に中に入った。勇太はキョトンとしたが、すぐに気を取り直し、教室に戻った。
(ロイド、理事長の罠なのがわからないの? そんなはずないよね。なら、どういうつもり?)
かすみは席に着き、考え込んだ。
留美子は、踊り場で治子に電話していた。
「言わなくてもわかるわ。ここまで小藤理事長の凄まじい念が届いているから」
治子は電話に出るなりそう言った。高等部から大学までは数キロメートルある。その距離をものともしない強さで、小藤の念が放出されているのだ。もし付近に自分の異能に気づいていない能力者がいたら、小藤の念で覚醒するかも知れないと治子は思った。
「とうとう正体を明らかにしたようね。それでも、彼の真意は見えないわ。私の
治子は悔しそうだ。それは留美子にもわかった。
「とにかく、今は様子を見ているしかないわ。ロイドさんがどういうつもりで理事長のところに行ったのかはね」
留美子はロイドが挑発に乗ってしまったのを知り、驚いた。
ロイドは理事長室に現れていた。小藤は眉一つ動かさずにロイドを見た。
「ようこそ、ハロルド・チャンドラー。我が愛しの天馬翔子の仇」
小藤はそう言った時も笑みを浮かべていた。ロイドは目を細めて、
「そういう事か。お前は死んだ女の仇討ちのために俺を挑発したのか?」
「そうだ。それから……」
小藤が言いかけると、ロイドがそれを遮るように、
「覚えている。もう十年以上前か。俺を操ろうとしたのも、お前だな?」
小藤の顔が一瞬だけ引きつったのをロイドは見逃さなかった。
「やはりな。お前の能力はショウコと同じく
ロイドの言葉に小藤は肩を竦めてニヤリとし、
「その通りだよ、ハロルド。素晴らしい。君は本当に
「くだらん」
ロイドは目を見開き、小藤の前にある理事長の机をサイコキネシスで半分に断ち割った。
「何のつもりだ?」
ロイドは小藤を睨んだ。小藤はそれでも笑みを絶やさず、
「君のその類い稀なる力を私に貸して欲しいのだよ」
「何のために?」
ロイドはガラス玉のような目を再び細めた。小藤はニッとして、
「私の力と君の力を合わせれば、この世に敵などいない。世界の全てを思うがままにできる」
ロイドは二つに割れた理事長の机をもう一度割った。小藤はそれをロイドの返事と受け止め、フッと笑った。
「なるほど。賛同してもらえないという事か」
ロイドは小藤を見て、
「当然だ。世界の全てを思うがままにできるとしても、お前とは組まない」
「わかり易い答えだ」
小藤はまた肩を竦めた。そして再びニヤリとし、
「亡き母マーガレットに似ている道明寺かすみとなら組むのかな?」
無感情なロイドの目に怒りの炎が宿った。
「貴様のような外道が母の名を口にするな。穢れる」
ロイドの感情の高ぶりを見て、小藤は愉快そうに笑った。
「君に弱点があるとすれば、まさにそこだね、ハロルド。君は亡き母に似ている道明寺かすみを命に代えても守りたいと思っている」
ロイドは知らぬ間に小藤のペースに
「口にするなと言っている!」
ロイドのサイコキネシスが小藤に襲いかかった。
「待っていたよ、この時を!」
小藤は高笑いをした。ロイドのサイコキネシスの波動は、小藤にぶつかったが、彼には何も起こらなかった。波動はまるで異次元に吸い込まれたかのように消失した。
「何!?」
ロイドは何は起こったのか理解できなかった。小藤は高笑いをやめてロイドを見た。
「私の能力は操縦だけではないよ、ロイド」
小藤が言った瞬間、ロイドに突如現れたサイコキネシスの波動が向かった。
「く!」
ロイドは素早く瞬間移動し、難を逃れた。
「ハロルド、考え直す時間を与えよう。いい返事を待っているよ」
小藤はまた高笑いをし、椅子に座ると、クルクルと回った。
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