第十章 接点

 街に灯りが灯り始めた頃、道明寺かすみは手塚治子、片橋留美子と共にカフェで森石章太郎を待っていた。

「どんな罠を仕掛けたの、かすみさん?」

 治子は注文したアップルティを一口飲んでか尋ねた。留美子もレモンティを飲みながらかすみを見る。かすみはアイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れながら、

「この前現れたサイキックの事をあやねさんに話しました。恐らく、敵はそれをどこかで聞いていたと思います」

 治子は見る見るうちに色が変わっていくアイスコーヒーを見つめて、

「こちらが思い違いをしていると思わせたという事?」

 かすみはストローを挿してスッと一口啜ってから、

「それもありますが、あのサイキックと学園内の敵がどう繋がっているのかも知りたいので」

「なるほど」

 治子は大きく頷いた。そして、

「おかしな事を訊くけど、かすみさんてカロリーを気にしたりするの?」

 続けてテーブルに運ばれたパンケーキにたっぷりと生クリームが載せられているのを見て言う。かすみはキョトンとして、

「全然気にしていませんよ。だからこんなにプヨプヨしてるんです」

 ニコッと笑って言われ、治子は留美子と顔を見合わせて苦笑いした。

「羨ましいわね。栄養が行くべき所に行っているのだから」

 治子はかすみのはち切れそうなブラウスの下の胸とそれに反比例するようにくびれている腰を見て溜息を吐いた。

「そうですね」

 留美子も同じように溜息を吐く。かすみは何となく二人の考えている事が力を使うまでもなくわかり、

「お二人共、スタイルいいじゃないですか。羨ましがられるような身体じゃないですよ、私」

 少し恥ずかしいのか、顔を赤らめた。

「おうおう、女子会かよ」

 そこへいきなり森石が登場したので、三人は思わずキャッと叫んでしまった。

「もう、そういう現れ方、やめてよ、森石さん!」

 かすみはナイフとフォークを置いて森石を睨んだ。森石は空いている治子とかすみの間の椅子に腰を下ろして、

「お前らが気づかなかっただけだろ。食い意地が張ってるからだよ」

 ニヤリとして言ったので、かすみはプウッとほっぺを膨らませた。

「食い意地張ってません! 真剣な話をしていたから、わからなかっただけよ」

 治子はアンチサイキックである森石の心の中を覗けないのがもどかしかったが、森石のかすみを見る表情に気づき、

「かすみさん、気をつけてね。森石さんは貴女の身体が目当てみたいよ」

 カマをかけるつもりで言ってみた。すると森石はビクッとして、

「お前、とうとう俺の心の中が覗けるようになったのか?」

 墓穴を掘ってしまったので、治子はびっくりしてしまった。かすみも仰天している。留美子は口をポカンと開け、森石を見ていた。

「あ……」

 森石は口を滑らせてしまった事に気づき、焦っていた。

「新堂先生に言いつけるわよ、全く」

 かすみの目が軽蔑色に染まっていくのを感じ、森石はますます焦ってしまった。そして、

「あはは、そんな訳ないだろ、治子君。実は覗けていないようだね、俺の心の中を」

 言い繕ってみたが、自分の信頼度がジェットコースター並みの急降下をしているのに気づき、項垂れた。

「覗くまでもなく、表情でわかりましたよ。森石さんがかすみさんを見る目は、嫌らしさ丸出しでしたから」

 かすみが森石の毒牙にかかる可能性は極めて低いだろうが、牽制しておく必要があると治子は判断したのだ。

(今すぐにかすみさんに何かするつもりはさすがにないだろうけど、用心するに越した事はないわ)

 治子はかすみを見て頷いた。かすみはクスッと笑って応じた。

「俺が悪かったから、もう許してくれよ」

 森石は項垂れたままで言った。

「では、ここは森石さんの奢りという事で!」

 かすみがニヤリとし、追加注文をした。その内容を聞いて、治子と留美子は唖然とした。

(やっぱり羨ましいわ、かすみさん)

 二人の偽らざる感想だった。


 痩身でブロンドの髪を真ん中から分け、肩まで伸ばし、無精髭を顎に生やした若い白人の男。通称チャーリーは、天翔学園高等部の理事長室で蒲生千紘と会っていた。

「カスミは俺が黒幕だと思っているのか?」

 黒革のソファにふんぞり返ったチャーリーは不敵な笑みを浮かべたままで言った。千紘は今は不在の主、小藤弘の机の回転椅子に沈み込んで、

「そのようよ、と言いたいところだけど、罠の臭いがプンプンするんだよね」

 千紘は椅子を半回転させて、窓ガラスに写り込んでいる自分の姿を見た。チャーリーはスッと立ち上がり、

「何にしても、今はカスミ達はあのアンチサイキックと一緒なんだろ? まとめて片づけて来るよ」

 言い終わらないうちに彼の姿が消えた。千紘はもう一度椅子を半回転させてチャーリーがいたソファを見つめ、

「早とちりだね、あんたは。それこそがあの女の罠かも知れないのにさ」

 千紘の読みは半分当たっていた。


「ご馳走様、森石さん。もうお腹いっぱい」

 満足そうに微笑むかすみと対照的に、治子と留美子は目を見開いている。かすみが平らげたパンケーキは二十皿。その上、ソフトクリームも三個頼み、完食しているのだ。

(羨ましいどころか、妬ましいくらいね)

 治子は苦笑いしてしまった。

「お前の場合、栄養はみんな胸と太腿にいっちまうのか?」

 森石が積み上げられた皿を見たままで言った。かすみは目を細めて、

「森石さん、新堂先生を呼びましょうか?」

 また森石はビクッとした。

(意外に尻に敷かれてるのかな、森石さん)

 かすみはそんな事を想像してしまった。

「へいへい、もう言いませんよ、かすみ様」

 森石が不貞腐れた顔で伝票が挿まれたクリップボードを持った時だった。

「かすみさん!」

 治子が立ち上がって叫び、カフェの入口に目を向けた。かすみもそちらに視線を移し、そこにチャーリーがいるのに気づいた。

(まさか!?)

 そのまさかだった。チャーリーはフッと笑うと、いきなり発火能力パイロキネシスを発動させた。

「まとめて燃えちまいな、クズ共」

 直径二メートル以上ある業火が現れ、かすみ達に向かって飛翔して来た。途中にあるものは人であろうとテーブルであろうと一瞬にして焼き尽くしながら。かすみは治子と連携し、千里眼クレヤボヤンスと予知能力を組み合わせ、チャーリーの放った業火を消失させた。辺りに立ち込める焼け焦げた臭いに顔をしかめながら、かすみと治子はチャーリーを睨んだ。かすみはチャーリーに、

「こんな事をして、何とも思わないの!?」

 阿鼻叫喚の地獄絵図と化した店内で、客も従業員も入り乱れて逃げ出していく。

「何とも思わないからできるんだよ。頭悪いのか、お前?」

 チャーリーはヘラヘラ笑いながら言った。かすみはギリッと歯軋りして、

「こんな事になるなんて想像できなかった事が悔やまれるけど、貴方の背後にいるのが誰かわかったのは収穫だったわ」

「何?」

 チャーリーは怪訝そうな顔をしてかすみを見た。治子はチャーリーを指差して、

「貴方の身体に残留思惟が漂っているわ。これは、蒲生千紘。高等部の数学の先生のものね」

 治子の言葉でチャーリーの顔に焦りの色が一気に浮かんだ。

「俺を嵌めやがったのか?」

 今度は彼が歯軋りをする番だった。そして、

「出直すぜ」

 そう言い残し、瞬間移動をした。客達を誘導していた森石が戻って来て、

「ここは俺に任せろ。お前達は裏口から出るんだ。消防と警察が来たら厄介だからな」

「ええ」

 かすみは治子と留美子と共にまだブスブスと燻り続けている店内を進む。障害物は留美子が念動力サイコキネシスで動かしたので、支障はなかった。三人は何もわからないまま死んでしまった無関係な客達に手を合わせて店を出た。


「あの間抜けが!」

 千紘はチャーリーのせいで自分の正体を見抜かれた事に激怒していた。

(折角、中里満智子を取り込んだのに!)

 怒りに任せてソファやら机やらを蹴飛ばして荒れていた千紘だったが、

「そうか。その手があったか」

 何かを思いついたのか、フッと笑った。

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