第十四章 仕切り直し
道明寺かすみは、大学に進学した手塚治子、そして隣のクラスの片橋留美子と一緒に帰路に着いた。
「敵の目的が何なのかは定かではないけど、これでしばらくは行動できないでしょ。あの傍若無人な白人はロイドさんに大怪我を負わされたようだし」
治子が言うと、かすみは頷き、
「そうですね。警戒するとすれば、後は桜小路あやねさんと風間勇太君、そして、五十嵐美由子さんですね」
「そうね」
三人はかすみに大きく関わっている生徒達だ。
「その中でも、風間君は一番危ないと思うわ。かすみさんとの関わりが濃いみたいだから」
治子はかすみが気絶した勇太に人工呼吸をした事を見抜いていた。かすみはそれに気づいたが、彼女にしてみれば、あくまであれは人命救助なので、勇太との感情のやり取りがあった訳ではないと思っている。
「風間君が可哀想」
治子はかすみの反応が薄いので、勇太を哀れんだ。
「は?」
意味がわからないかすみはキョトンとした。治子は肩を竦めて、
「とにかく、今日はこのまま帰って、明日に備えましょう」
「はい」
かすみは途中で治子達と別れた。
「はあ……」
かすみには帰るべき家はあるが、待っている家族はいない。両親は彼女の異能の力を知ると、育児を放棄し、かすみは幼い頃から施設で暮らして来た。中学を卒業した時、両親が交通事故で死んだのを知らされた。二人が何をしていたのか知らなかったかすみは、莫大な遺産を相続した。相続税も高かったが、それでも女の子一人が暮らして行くには十分過ぎる財産が残った。
かすみは同じ施設出身の弁護士に財産の管理を依頼し、そこから月々の生活費等を受け取っている。元金が大きいので、ちょっとした運用でかすみの生活費は十分賄えるのだ。
(あまり家には帰りたくないけど、仕方ないか)
両親に冷たい目で見られ、部屋の閉じ込められて暮らしていた頃を思い出すため、彼女は極力家には帰らない。インターネット喫茶やコンビニで時間を潰す事も多い。だが、どうしても未成年だという大きな足枷があるため、頻繁に同じ場所に出入りしていると、警察官が来たりするため、厳しいのだ。だから、転々と場所を替えざるを得なかった。
(それにしても……)
かすみは天翔学園高等部に行き、何をしに来たのか全く思い出せなかった事を考えてみた。
(以前も、天馬翔子を追いつめた時、同じように全部忘れさせられていた。またそういう能力を持った異能者が敵にいるという事なの?)
ふと顔を上げると、我が家の前にいた。豪邸である。何部屋あるのか、未だに把握していない。ちょっと能力を使えばすぐにわかる事なのだが、かすみは家の中を細部まで知るのが怖かった。両親は交通事故で死んだので、二人の遺品は全てそのままだ。能力を使うと、見たくないものまで見えてしまうから、使いたくないのである。
「あれ?」
誰もいないはずの邸の中に明かりが灯っている。
「どういう事?」
かすみは神経を研ぎ澄ませ、門扉を押し開けると、玄関には行かず、裏口へと回り込んだ。
(どの部屋にいるの?)
両親の遺品を覗いてしまわないように気をつけながら、かすみは侵入者の居場所を探った。そして、ホッとした。
「何だ……」
いささか拍子抜した。彼女は裏口のドアの鍵を解除し、中に入った。
「遅かったな、カスミ」
出迎えてくれたのは、ロイドだった。彼は相変わらず無表情で、ガラス玉のような目をしていた。
「驚かさないでよ、ロイド。一体何の用? 一応、女の子の一人暮らしなんだから、勝手に入らないでよね」
かすみは口ではそう言っているが、初めての訪問者にウキウキしていた。
「家に帰った時、明かりが点いているとホッとするだろう?」
ロイドはそんな事を言う時でも、全く感情の動きが見られなかった。かすみは彼の無感情さに溜息を吐き、
「はいはい。お気遣いありがとうございます」
「礼には及ばん」
ロイドは目を細めた。かすみはロイドを押しのけてキッチンへと歩を進めた。
「何か飲む?」
「勝手に飲んだ。この家にはどうして紅茶がないんだ?」
ロイドの応答にかすみは目を見開いて振り返った。
「ちょっと、勝手に冷蔵庫とか開けたの? やめてよね」
口を尖らせて言うと、ロイドは、
「冷蔵庫に何か見られたくないものでも入っているのか?」
「そんなものは入っていないけど、ロイドだって、私が勝手に家の冷蔵庫を開けたりしたら嫌でしょ?」
かすみはやや呆れ気味に尋ねてみた。しかしロイドは、
「全然気にならない。むしろそんな事を気にする必要性は皆無だ」
かすみは肩を竦めて、
「わかったわよ。それより、私の家に無断で入り込んだ理由を教えてよ。まさか私を襲うつもりだったの?」
「それなら出迎えずに隠れて待ち伏せする」
ロイドは本気なのか冗談なのかわからないトーンで応じた。かすみはイラッとした。
「じゃあ、どうして?」
ロイドはまた目を細めて、
「チャーリーの行方がわからないからだ」
「チャーリーって、何度かお目にかかっている男ね?」
かすみはキッチンの椅子に腰をかけて脚を組んだ。ロイドは反対側の椅子に座り、
「そうだ。奴は追いつめられている。奴の後ろにいる敵も、奴を見放したようだ」
「後ろにいる敵? 貴方にはそれが誰かわかっているの?」
かすみは身を乗り出した、しかしロイドは首を横に振り、
「いや。あの学園の敷地には得体の知れない
かすみは残念そうな顔になり、椅子に戻った。
「貴方にも見えないんだ。これは相当な敵ね」
「用心する事だ」
ロイドは立ち上がった。かすみはわざとらしく目を見開いて、
「帰っちゃうの?」
「いて欲しいのなら残るぞ」
ロイドはガラス玉の目をかすみに向けた。
「いて欲しいけど、お風呂は覗かないでね」
かすみが悪戯っぽく笑って告げると、
「頼まれても覗かない」
ロイドは憤然として言った。
その頃、ロイドに大怪我を負わされたチャーリーは、自分のアパートではなく、天翔学園高等部の敷地にいた。
「頼むよ、チヒロ。助けてくれ」
背中から大量の血を流しているチャーリーは芝生の上に這いつくばり、蒲生千紘を見上げた。しかし、白のブラウスと黒革のミニスカートに網タイツといういつもの出立ちに戻った千紘はチャーリーを冷たい目で見下ろし、
「無理ね。ボスはもうあんたを見限った。だから、力を分ける事はできない」
チャーリーは荒くなった息の下でギリッと歯嚙みし、
「そうかい。だったら、俺にも考えがあるぜ」
不敵な笑みを浮かべると、瞬間移動してしまった。
「バカな男だ」
千紘はそう呟くと、踵を返して校舎に入った。
(何をするつもりか知らないけど、ボスに見放されたあんたに待っているのは死のみだよ)
千紘にはチャーリーに対する哀れみは一欠片もなかった。そんな二人のやり取りを理事長室で全て把握していた小藤弘はニヤリとした。
(道明寺かすみはテロリストに渡すには惜しい存在になりつつある。どうしたものかな?)
小藤は途方もない事をしようとしていた。
「何しに来た?」
ロイドは玄関の扉を開いて招かれざる訪問者に訊いた。
「耳よりな話があるんだよ」
そう言って笑みを浮かべたのは、苦しそうに息をしているチャーリーだった。
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