第十三章 ロイドの思惑

 歯軋りしてロイドをめつけるチャーリーは、森石の拳銃の動きを警戒しながら、砕け散った女神像から離れた。

「ふざけやがって! どういうつもりだ、マザコン!?」

 チャーリーは普段の軽口を叩いている軽薄さをどこかに忘れて来たかのように激高していた。

「言ったはずだ。邪魔をしているのはお前の方だ、チャーリー」

 ロイドは変わらずガラス玉のような目でチャーリーを見ていた。

「結局てめえはあの小便くせえ小娘が好きなんだろ、ロイド? マザコンでロリコンかよ」

 チャーリーはロイドを挑発したいのか、今度はそんな事を言い放った。

「バカなのか、お前は?」 

 ところがロイドはそれにも全く反応しなかった。チャーリーは業を煮やしたのか、

「何でもいい! てめえら、まとめて砕け散りやがれ!」

 チャーリーは念動力サイコキネシスを発動させ、ベッドと床を破壊し、その力をロイドとその背後にいる森石、そして、更にその奥の浴室にいる中里満智子に向けて放った。

「下がっていろ」

 ロイドはチラッと森石を見て言った。森石は頷く事すらできずに後退あとずさった。それほどチャーリーの放った力は圧倒的に見えたのだ。

(俺には通じないだろうが、このままだと中里先生がやばい……)

 森石はロイドの心配はしていない。あの悪魔のような強さを誇った天馬翔子との戦いでロイドの強さを見ているからだ。ロイドなら何か手立てがあると思っていた。

「あばよ、ロイド。あの世でママと仲良くな」

 チャーリーは高笑いをしてロイドに中指を立ててみせた。

「死ぬのはお前だ、チャーリー」

 ロイドは眉一つ動かさずに言い、迫り来るサイコキネシスのうねりに右手を突き出した。それにはチャーリーも眉をひそめた。

「何のつもりだ?」

 すると次の瞬間、サイコキネシスのうねりが消失してしまった。

「……」

 チャーリーは呆気に取られた。何が起こったのか理解できないのだ。

「終わりだ、チャーリー」

 ロイドが謎の言葉を吐いた。チャーリーは呆然としたままでそれを聞いていたが、

「ぐわあ!」

 突如として自分の背後に出現したサイコキネシスのうねりに背中を引き裂かれた。

「ふざけやがってええ!」

 チャーリーは血塗ろになりながらも瞬間移動して逃亡した。サイコキネシスのうねりは発動者であるチャーリーがいなくなった事で完全に消滅した。

(もしかして、サイコキネシスを瞬間物体移動アポーツさせたのか?)

 森石の額から幾筋もの汗が流れ落ちた。

(味方でなければ、恐ろしい存在だな……)

 森石はどうにか作り笑顔になり、

「助かったよ、ロイド。礼を言う」

 するとロイドは森石を見て、

「俺は新たな力を試してみただけだ。それにチャーリーとはお前達より遥かに因縁がある。礼には及ばん」

 感情のない顔のままでそう告げると、フッと消えてしまった。

「うわ!」

 その時、浴室から中里の叫び声が聞こえた。

「どうしましたか、中里先生?」

 森石は中里が操られていた事に気づいていない。チャーリーがしくじったので、中里を操っていた蒲生千紘が力を引き払ったのだ。

「どういう事か、説明してもらおうか!」

 目を吊り上げた中里がバスローブを羽織って出て来た。森石は何の事かわからず、

「え? だって、貴女が誘ったんですよ、中里先生」

 キョトンとしてそう返すと、中里は顔を真っ赤にした。

(そう言えば、いつ森石さんと会って、どこをどう来てここにいるんだ?)

 彼女は酷く混乱していた。


 千紘は、ロイドが中里と自分を繋いでいる力に気づいたのを察知して、素早く中里から離れていた。

「予想通り、チャーリーはしくじったな」

 乱れた服を整え、ネクタイを締め直した小藤弘が言った。

「そのようですね」

 下着を着け、黒革のスカートを履きながら、千紘は応じた。ブラはまだ床に落ちたままだ。

「どうなさるのですか?」

 千紘はチャーリーの今後を思い、小藤に尋ねた。小藤は椅子に座り、

「どうもしないよ。奴と我々を結ぶものは何もない。勝手に死んでくれるのを待つまでさ」

 千紘はチャーリーが見放されたのを知った。そして同時に自分のこれからを想像して身震いした。

(失態が続けば、私も同じ運命か……)

 冷たい汗が背中を伝わった。小藤はそんな千紘の動揺を見透かしたのか、

「心配しなくてもいいよ、千紘。お前は優秀な私の部下だ」

 その言葉は更に千紘にプレッシャーをかけて来た。

「中里の代わりになる人形をすぐに探します」

 千紘はブラを拾って身に着けると、深々と頭を下げた。小藤はそれを見てフッと笑った。


 森石は中里を落ち着かせ、部屋に入っただけで何もしていない事を告げ、服を着るように言った。

「このまま何もなしですか?」

 意味深長な言葉を吐いた中里を森石はギクッとしてみた。心なしか、中里は残念そうに見えた。

(いや、それは俺の思い過ごしだ)

 森石は都合のいい解釈をやめようと頭を横に振った。

「ええ!?」

 浴室からまた中里の悲鳴のような声が聞こえた。どうやら、自分が着ていた服を見て驚いているようだ。

「先生、ご無事ですか?」

 そこへ道明寺かすみと手塚治子、そして片橋留美子が飛び込んで来た。

「森石さん、見損ないましたよ!」

 かすみはムッとした顔で森石を睨んだ。治子は軽蔑の眼差しを向けており、留美子に至っては敵意すら見せていた。

「その声は、道明寺か?」

 服を着終えた中里が浴室から出て来たのを見て、かすみ達は目を見開いた。

(うわっ、中里先生、凄い服!)

 かすみは中里の脚が綺麗なのに驚いた。治子は中里にピンヒールが似合っているのが意外のようだ。留美子はすでにショートしそうなくらい混乱している。

「あ……」

 出て来てしまってから、中里自身も自分の服のセクシーさを思い出し、浴室に戻ってしまった。

「先生の部屋から服を持って来ますね」

 かすみはそう言うと瞬間移動した。その途端、治子と留美子が森石を睨みつけた。

「な、何だよ? 俺は何もしてないぞ。そうですよね、中里先生?」

 森石が叫ぶ。すると、

「はい……」

 いつもの中里からは想像もつかないようなか細い声が応じた。治子も中里が何者かに操られていたのを読み取った。

(まただ。かすみさんの同級生に続いて、人が操られた。確か、それを確かめるために学園に行ったはずなのに……)

 操っていた者の事だけがまるで幕を下ろされたかのように見えない。治子には何が何だかわからなかった。千紘が黒幕だったのを看破した時、森石は治子達から離れていたため、それを聞かされていない。完全に振り出しに戻ったのを治子は悟った。その力は高等部の敷地に入った時に小藤にかけられたものだ。それすらも治子、かすみ、留美子は気づく事はできないのだ。


 しばらくしてかすみが中里の服を持って戻って来た。中里はいつもの服装に戻ると、森石に非礼を詫びた。

「どうやら、先生は何者かに操られていたようです。お気になさらず」

 ちょっとだけ中里を可愛いと思った森石は微笑んで応じた。中里は森石の言葉に頬を朱に染めた。

「ありがとうございます」

 かすみ達はホテルを出た。森石は警視庁に連絡をして、事の次第を無理なく言い繕い、ついでにホテルが売春紛いの事を手伝っていたのを治子に見破ってもらったお陰で、女神像やベッドを破壊した事を追求されずにすんだ。

「送りますよ」

 森石のその申し出を中里は嬉しそうに受けた。

(知らないからね、森石さん)

 かすみは呆れ顔でそれを見ていた。

「一つわかった事があるわ、かすみさん」

 治子が歩き出しながら言った。かすみは留美子と顔を見合わせてから、

「何ですか?」

 治子は真剣な表情で、

「敵は想像以上の力を持っているわ。貴女の同級生を操っていた人物が誰なのか、私達は知ったはずなのに、今では全く思い出せない。あの天馬理事長と同レベルか、それ以上の存在だと思うわ」

 かすみはその言葉に身が引き締まる思いがした。

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