サイキックJKかすみリターンズ
神村律子
序章 帰って来たムチムチ美少女
私立天翔学園高等部は、理事長の天馬翔子の病死で一時継続が危ぶまれたが、大企業の最高責任者である
「かっすみちゅわあん、おっはよう!」
高等部の校門をくぐるところで、相変わらずハイテンションな横山照光が言った。学ランの袖を肘まで捲り、ボタンを全部外している。その下に着ているのはワイシャツではなく、赤のTシャツなのは、二年の時と変わらない。もう衣更えをして一ヶ月が経つというのに学ランを着ているのはバカだからなのかも知れない。
「おはよう、横山君」
切れ長の目で薄い唇のかすみは長い黒髪のポニーテールを揺らして振り返った。桜色のブラウスにローズレッドのリボンを結び、太腿が剥き出しのローズレッドのチェック地の超ミニのプリーツスカートを履いている。
「俺さあ、かっすみちゃんとクラスが違っちゃって、もう悲しくて悲しくてさあ」
横山はそう言いながらも、視線はかすみのブラウスのボタンを弾き飛ばしそうな膨らみに向けたままだ。
「うん、私も横山君とクラスが違って悲しいよ」
かすみは微笑んでそう返した。横山は目を見開き、
「わあお! 何だよ、俺とかっすみちゃんて、相思相愛じゃん!」
「一度取り敢えず死ね!」
その横山の頭を鞄の角で殴りつけたのは、横山の幼馴染の五十嵐美由子だ。ショートカットがよく似合う進学は諦めて就職に絞った腕っぷしが強い女子だ。服装はかすみと同じだが、スカートはかすみのように短くない。脚が細すぎるのを気にしている美由子はミニスカートが嫌いなのだ。
「いってえな、バカ
横山は涙目で美由子を睨んで毒づいた。
「誰がゴリラだ、エロガッパ!」
今度は向こう脛への強烈な蹴りが炸裂し、横山は地面に倒れてしまった。
「大丈夫、横山君?」
驚いたかすみが近づこうとすると、
「だめだめ、道明寺さん、そいつ、貴女が近づいたら、パンツ見るつもりでわざと倒れたんだから」
美由子が引き止めた。チッと舌打ちする横山。かすみは目を見開き、
(もしかして、五十嵐さんて、
そんな事を考えてしまった。
「おはよう」
学ランの第一ボタンを外している角刈りの風間勇太は、銀杏並木が続く舗道で幼馴染の桜小路あやねと会ったので声をかけた。
「ふん!」
ところがあやねはプイと顔を背けると、先にスタスタと歩いていってしまう。おさげ髪をやめて、かすみほど長くはないが、ポニーテールにしたあやねは、以前にも増して他の男子に人気がある。勇太はそれが面白くないのだが、口に出して言う事はない。また、あやねも、勇太とかすみが同じクラスで、自分は美由子と横山と同じクラスなのが悲しいのを言えないでいる。似たもの同士である。
「何だよ、あいつ」
勇太は素っ気ない態度のあやねの後ろ姿を睨みつけた。そして、あやねに近づく男に気づいた。
(誰だ、あいつ?)
勇太は眉間に皺を寄せ、足早にあやねを追いかけた。
「お久しぶりです、桜小路あやねさん」
あやねは男の出現にギョッとし、思わず
(確か、森石章太郎さん、だったわね)
大柄で細身で丸刈りの三十代前半くらいの男は、微笑んでいたが、その表情は上辺だけだとあやねは思った。彼女は森石という男がどういう存在で、自分達が通学している天翔学園高等部とどんな関わりがあったのかはかすみから聞いていない。あやねにとって、森石は不気味な存在でしかなかった。
「な、何でしょうか?」
あやねは顔が引きつるのを感じながら、森石を見上げた。森石はあやねが怖がっているのに気づいたのか、
「そう警戒なさらずに。自分は決して怪しい者ではありませんから」
膝を折り曲げて、彼女の目の高さまで顔を下げた。
「無視するなよ、桜小路」
勇太はあやねを庇うように二人の間に割り込んだ。すると森石は肩を竦めて、
「おやおや、お邪魔だったようですね。では、またいずれ」
勇太ににっと笑ってみせてから、足早に立ち去ってしまった。
「大丈夫か、あやね?」
勇太は森石の姿が見えなくなったのを確認してから、あやねを見た。あやねは勇太が自分を心配してくれたのを感じ、胸がキュンとし、
「勇太……」
先ほどの自分の態度を恥じ、俯いた。勇太はあやねの手を掴むと、歩き出した。
「え?」
あやねはそんな事をされるとは思っていなかったので、びっくりして勇太を見た。
「もたもたしてると、またあいつが来そうだからさ。急ごうぜ」
勇太もあやねの手を握るという大胆な行動に出た自分に驚いていた。
(あいつが誰なのか、訊くのが怖い)
雰囲気は怖いが、男前だった森石に別の意味で警戒心を抱いている勇太である。彼は、転校してきたかすみに心惹かれていたが、何度誘っても、どう声をかけても全然自分になびいてくれないかすみを諦めた時、あやねに気づいた。あやねは幼稚園に通っていた時、勇太に、
「お前、俺のお嫁さんになれ」
と言われたのを覚えているが、勇太は最近になってそれを思い出したのだ。
(俺、今まであやねに酷い事ばかりしてきた)
勇太なりに反省して、あやねを気遣うようになった。しかし、あやねは未だに勇太の心はかすみに向けられていると思い込んでいた。だからツンケンしていた。
(勇太はもしかして……)
森石に対する勇太の態度を見ると、彼が自分のために動いたのは理解できた。勇太はあやねがジッと自分を見つめているのに気づいて顔を赤らめて尋ねた。
「な、何だよ?」
「何でもないよ」
あやねは嬉しくなって、勇太の手をギュッと握り返した。勇太はそのせいで顔が更に赤くなった。周囲の視線も気になり、俯いてしまう。
「あらァ、朝から仲がよろしい事で」
おっとりとしたアニメ声優のような女性の声が聞こえた。勇太はギクッとし、あやねはキッとする。
「おはようございます、
勇太は顔を引きつらせながら、後ろから現れたその女性に挨拶した。ブラウンのショートカットで、白のブラウスと黒革のミニスカートに網タイツという挑発的な服装。どう見ても、教師には見えない。だが、彼女は紛れもなく天翔学園高等部の数学の教師である。
(出たな、エロ教師!)
あやねは心の中ではそう思いながら、
「おはようございます、
愛想よく挨拶した。蒲生千紘は、以前交通事故で死亡したとされる坂出充の後任として数学の授業を受け持っている。見た目はチャラチャラしているが、実力は相当なもので、東京六大学出身だ。
「勇太くうん、今日は居残りにならないようにしようね」
千紘はニコッとして小首を傾げてそう言うと、手を振りながら二人を追い越して歩いて行ってしまった。千紘は気に入った生徒をわざと居残らせ、自分の下僕にしているという噂があるので、勇太が目を付けられているのに気づいたあやねは警戒しているのだ。
(勇太以上に横山君が危ないって、美由子に聞いたけど)
女と見れば、取り敢えずお近づきになろうとする横山は、坂出の授業の時には眠っている事が多かったが、千紘の授業は真剣に受けているらしいのだ。
(魔女は一人で十分なのに)
あやねが言う魔女とは、保健の教師である中里満智子だ。身長が百七十センチを超え、腰まで伸びた黒髪を大雑把にポニーテールにしている豪快な女性で、切れ長の目に高い鼻、厚ぼったい唇の持ち主で、男子に人気がある。千紘とはジャンルが違うが、あやねから見れば、どちらも「エロ教師」である。
「勇太、千紘先生の言う通りよ。居残りにはならないようにね。あの先生、変な噂があるから」
あやねは勇太から手を放して告げた。勇太はドキドキする心臓を押さえ込もうと深呼吸し、
「ああ、知ってるよ。横山が危ないらしいな」
「ええ……」
二人は、意図的なのか、無意識なのか、腰を振るように歩く千紘の後ろ姿を見た。
一方、かすみと横山はかすみのクラスである三年一組の教室に着いていた。
「ええっと、横山君は隣のクラスだよね?」
何故かかすみと一緒に教室に入って来た横山は、
「まだいいじゃん、かっすみちゃーん。もう少し二人のひと時を楽しも……」
そこまで言った時、美由子が教科書の角で頭を殴ったので、うずくまった。
「失礼しました」
美由子は横山の襟首を掴み、引き摺るようにして教室を出て行った。苦笑いして見送ったかすみは、廊下に二年の時の担任だった新堂みずほが来ているのに気づいた。ストレートの黒髪を肩まで伸ばし、白のブラウスに紺のスカートスーツを着た、見るからに新人という装いは昨年と変わらない。若干垂れ気味の大きな目と小さめの鼻の顔も健在だ。
「新堂先生、どうしたんですか?」
心配そうな顔でかすみを見ているので、何かあると思って近づくと、
「章太郎さんから連絡があったの。今日、三人で会えないかって」
みずほは辺りを憚るように小声で言った。かすみはしばらく音沙汰がなかった森石が現れたので、嫌な予感がしてしまった。
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